2010/03/23

365日分の1日

桜もぼつぼつと咲き始めた弥生の月のなかば、小田原宿にほどちかい温泉街である熱海の街の片隅に児玉家親子の姿がみてとれた。。。。(池波正太郎著 剣客商売風に)

この3連休を利用して実家の熱海に行ってきました。土曜日のお昼にいきましたが、「さびれた温泉街ー熱海」のイメージは毎春ごとに良くなっているような気配で、たくさんの人で駅前はにぎわっていましたよ。といっても梅の時期はとうに過ぎ、熱海桜は早くも散っております故、暖かい気候に地場の新鮮な魚と温泉で間もなくやってくる春を先取りしようってな感じでしょうか。

今回僕達家族にとっては、初挑戦がありました。

それは、「妻のいない夜」。

国際秘書検定の勉強を始めた妻が土曜日講習を受けにいったこともあり、熱海には僕と花奈の2人でいきました。体調不良の時は、さんざん病院だの散歩だの買い物だのを2人でやっているので、数時間の移動などは妻のオッペイが無くても超余裕です。この余裕を更に成長させるべく、妻は勉強後熱海に移動することなしで、1夜だけの完全オフを実現させようという試みをしました。これは、おそらく夜泣きとオッペイとオムティー交換が続く日々からの「365日分の1日」という素晴らしい挑戦だったと思います。

・・・妻側からだとそういう感じ。

んでもって、僕と花奈にとっては「初めての2人だけの夜」。花奈の祖母もサポートしてくれるといってくれますが、コチラとしてはなるべく迷惑をかけたくないという思いと娘と2人でどこまでやれるか?というチャレンジ精神も加速させました。

夜9時半。温泉を楽しんだ娘を寝かせます。これは余裕。

夜中1時半。娘の激しい夜泣きで戦いの火蓋が切って落とされました。サイレンの様に低音から高音になる鳴き声。祖母もサポートしてくれましたが、ここから完全覚醒をした花奈は、家の中を走り回り、かっぱえびせんをそこら中にまき散らし、鼻水を「いなかっぺ大将!」ばりに両鼻穴からだしながら、投げキッスをしまくります。


2時 そんなにオッパイが欲しいのなら「ほら!」と花奈の祖母が自分のを吸わせようと挑戦。花奈もまんざらではなさそうでしたが、吸ってすぐ「なにこれ?!」といわんばかりに「ぺッ!」と吐き出しました。(笑)

2時半。オムツを替えて、ミルクを投入。眠そうにしながらも「母親はまだなのか?」と言わんばかりに僕をみて、布団の付近で暴れます。この時すでに、居間に布団を移して祖母には寝てもらって、娘と2人で格闘。

夜中3時。 ちょっと弱ってきた花奈が甘えてきました。いいねー。この調子。この調子。

3時半。随分静かになったなと思って細目で様子をみたら。。。。娘がぱっちり眼で、僕との距離5cmでこちらをガン見していました。ここで目を開けたらヤバい!寝たフリをすること数10分。気がつけば、朝6時過ぎに泣き出すまでしっかりと寝てくれました。

こうして長い夜を乗り越えた2人。こちらは相当に寝不足ですが、これこそ妻の365日なのだと思うと、「お母さんって本当に大変だな」と思うばかり。精神安定剤であるオッペイがない1日は花奈にとっても未体験ゾーンだったのでしょう。翌日、午後に妻がくるまで2人ともフニャフニャしておりました。

でも、こうやって色々なシチュエーションを体験することで、家族が成長していくのだなと思います。そのうち、一緒に寝たくても「えーお父さんとー?」とか言われてしまうので、今のうちだけの楽しみであります。

2010/03/18

ミルミルマジック

最近テレビをみていると「ミルミル」の宣伝を目にします。

そう、僕が愛して止まない至極のドリンク「ミルミル」。以前書きましたが、と書いても以前の日記を読まれる事も無いのでここでかいておきますと、このミルミルは、とあるタイミングで「ビフィーネM」というネーミングとなって世の中に普及しておりました。

ヤクルトのお姉さんからそれを知って、昨年から妻の母乳と娘の排便太郎を良くするために購入するようになりました。が、1セットだったのがいつのまにか2セット購入するようになり、そうやってかつては「ミルミル飲みてー」と言っていたころから、いつでも冷蔵庫にあり、時には賞味期限が過ぎた状態で梅干しの横で寝ている状態になると、、、

当然、飽きる。

これ人間の性ですね。このブログでの読者へのわかりやすい説明でいうと、キン肉マン消しゴム(通称キンケシ)コンプリートでキン肉マンファン卒業。みたいな。

ところが不思議ねー。人は見てくれが変わると、再度興味をもつ。今まで青いパッケージだった「ビフィーネM」から小学校の時に飲んだ ”なかなか手に入らないドリンク「ミルミル」のパッケージ”に戻ると、そこには「飲んでみたい」と思う自分がいるのであります。

実際味も違うのでまさに「うましの国からやってきたうまもの」であり、飲むと小学校の頃にのんだ満足感がふんわりと出てきます。飽きたくないから、大切に飲んで行こうとおもう今日であります。

ー花奈通信ー
ハナマンは今週から元気に保育園にいっております。最近は、お散歩もするし、ウィンクもするようになりました。という事で体調不良前のシーでの写真をアップ。ボツボツが気にいったらしく、しばらくこのボツボツを行ったり来たりしていました。

2010/03/09

花奈といく確定申告

先週土曜日は、僕の父の法事でお墓参りのあと家族が我が家に集合し、翌日は、今後何かあったときのサポートをお願いすべく、僕の小学 校時代の家庭教師であり、数十年我が家と親交のある方に保育園までの道のりと我が家の場所を紹介しました。そして、昨日月曜日午前に、花奈の診療のために病院にいきその足で確定申告に行ってきました。

花奈は風邪というあいまいな病気から気管支炎という明確な病気になり、先週半ばに保育園に行った以降、昨日も今日も我が家で熱を出しております。とかくと、相当に寝込んでいる雰囲気一杯ですが、熱さえ無ければ人一倍元気に家の中を荒し回っているのです。熱さえなければ、保育園で楽しめるのに。

いまたくさん病気をしておけば今後が楽になるとはいえ、集中し過ぎて花奈もかわいそう。これで肺炎にでもなったら更に大変だからと、先週お世話になった病児保育をしてくれる病院を再度検討しておりました。

と、昨日夕方携帯に日曜日にきてくださった先生から電話が。
「花奈ちゃんどう? 今家の下にいるのよー。」
どうやら日曜日に来て以降、花奈が心配で心配でしょうがなかったようで、お見舞いにきてくださいました。短時間預かったときの予行演習にと抱っこ紐で花奈を抱っこしていましたが、まだ慣れない花奈は背中で号泣していました。ま、すぐ慣れるでしょう。帰りがけには投げキッスもしていたし。

そして夜一本の電話が、実家から入りました。
「花奈の具合は? 水曜日、木曜日と病院に預けるくらいなら私がいくから!」と母からの電話。89歳の祖母も「花奈ちゃんのためなら、家で元気にがんばるわよ!」と母がいなくても大丈夫だと応援してくれました。

この前にも書いたけど、家族以外の施設のサポートというのは物凄く有難い。でも、家族のサポートがうけられるのであればこれほど有難い事はありません。

今週を乗り切れば、さすがに花奈も花の咲く季節になるだけに元気になるでしょう。そうしたら、4月に向けてがんばんべー!

TOTOBIGの25億は惜しくもハズレましたが、今週木曜日のLOTO6ではガッツり当てて西小山に兄貴と未来の家族も住める土地と家を2つ買おうと思います。今週は、前半の番号に集中するという夢をみたので。。。。当たる気がする。(当たる気がするのは毎週だけど)

2010/03/04

病児の保育所

娘の体調が治ればすぐ風邪をひき、治ればすぐ咳を出すという状況がかれこれ2ヶ月も続いています。

子供をもつ親御さんなら理解できることでしょうが、保育園にいくと色々な菌があっちこっちの子供からもちこまれ、また自分の娘が持ち込むことで感染しまくりなのであります。

今週から僕も新しく某会社様から新規事業立ち上げのプロジェクトを手伝うことになり、週に何度かは先方のオフィスに在中することになりました。(一方で別の仕事も探して、kotodamaya.comもやりながらでありあますが)。妻は外資系の企業の社長秘書であり、僕もお客様があり、祖父母は長野と熱海という遠方にいる状況でありますから、ある程度は僕が娘の看病をできるのですが、週全部という訳にはいかなくなってきました。本音を言えば、僕が責任をもって面倒をみてあげたいのだけど。

しかし、熱が37.5分以上ある幼児は保育園では預かってもらえません。とはいえ、この二ヶ月で結構看病だのノロウイルスだので有給を消化している妻に迷惑をかけることもできない。というよりも、これから起こりうる緊急の事態に対して妻の有給は保険として残しておかなければなりません。体調が治ってきた幼児なら、「病後保育」という形で、娘のいっている保育園でも面倒はみてくれるのだが。

いろいろ調べた結果「病児保育」という病中の子供でも インフルエンザやRSなどの悪い状況でない限り医師の診断で預かってくれるという病院と保育所を兼務する場所の存在をしりました。

一昨日、そちらにうかがい、医師の診断をうけ「木曜日は6:00まで預かりましょう」ということになりました。今日の今日で「預かってください」という事に対応はできないようですが、「どうしても明日は両親ともに看病が難しい」という共働きの親にとっては、本当に有難いサポートであります。

僕の仕事は、何時間そのオフィスにいることが重要なのではなく、どのような面白いアイディアを具現化できるかが評価の対象となる仕事なので、本日はこれからオフィスにお邪魔する事で了解を得て、先程病院に「スーツで娘を抱っこして、ママチャリで爆走」というスタイルで預けてきました。

家族3人だけでは乗り越えられない壁もあります。多くの人々のサポートで生活が出来ていることを再認識。核家族化だなんだといわれますが、祖父母が近くにいない共働きの家族っちゅーのはこれほどまでに大変なものなのかとも思います。

花奈チャーーン!まっててねーーー。夜はお母さんが爆走するからね!!!!

でも、車や人の飛び出しにはくれぐれも注意しましょう!

2010/03/03

チリの大地震の影響で・・・

毎年開催されている「ソフトテニスチャレンジ」という日本を代表するソフトテニスプレーヤー達が子供達と試合をしたり、講習会をしたりするするイベントのために仙台に行ってきました。

イベント開催日当日、ホテルをチェックアウトする前に手にした 新聞にチリM8.8の大地震という記事が一面に掲載されており、前日に海の向こうで起こった大惨事を知ることになります。

前日午後から夜まで試合会場となる塩釜にある市体育館にて下準備して当日も早朝から、皆で9時の開場に向けて念入りに準備をしました。この日集まったのは約1000名の小学生・中学生・高校生。地元では見ることの出来ない、世界レベルの選手達のプレーに胸をときめかせています。

スタジアムDJとしてオープニングの映像に向けて、僕のアナウンスが会場内に響きわたります。感動の映像が流れて、選手が入場して、プロデューサーの小峯秋二さんからメッセージ送られ、選手達からサインボールが投げ込まれて、とすべて円滑に進んでいました。

午前中はガチンコ勝負、午後からは講習会とキッズの選手へのチャレンジなどで構成されるプログラムですが、午前中の試合終了後に会場内にプロデューサーより残念なお知らせが。

「昨日のチリ沖の大地震の影響で、ここ塩釜の沿岸部に避難勧告がでております。ご家族の安否なども不安視される中、午前の二試合を終了したこの段階で当イベントを中止せざるを得なくなりました」

場内には、「えー!!!」という驚きの声が響きました。が、僕が驚いたのはそのすぐ後のこと。「えー」の数秒後には、観客の子供達から「素晴らしい試合を見せてくれてありがとう!」という思いのこもった拍手が場内に響き渡ったのであります。感動で涙がでました。
選手達は、スタッフとともに帰路につく子供達を退場口にてお見送り。これも、選手から「皆を見送ろう!」という自発的なアクションでありました。

30分後、本当ならイベントが絶頂期をむかえる体育館はその時間には既にもぬけの殻となりました。しかし、一歩外にでて目のあたりにしたのは、避難勧告によりこの体育館に大きな荷物を抱えて避難してきたおじいちゃん・おばあちゃん達。駐車場にもたくさんの車が集まってきていました。そして、TVでは、記憶に新しいかと思いますが、岩手から宮城にかけての「大津波警報」と日本地図。

これが現実か。 これが現実です。

現に、かつてこの地方は、1960年のチリで発生した地震の影響で大きな津波の被害を被っている場所なのですから。

イベントとしては残念ではありますが、「人命第一」まして子供の命を預かるイベントですから、当然のジャッジであり、早急な判断はすばらしかったと思います。スタッフ皆、いつかまたここで子供達に見せてあげたいという思いを胸に、予定していた帰宅時間よりも4時間ばかりはやく帰路につきました。

来年は、どこでやるのでしょうか? 個人的には、塩釜の子供達に「帰ってきました!」と言いたい。