2009/05/12

信州で味噌つくり

8日から妻の実家に滞在し、味噌づくりを手伝わさせてもらいました。2年前にやったときは、昨年つくったものを再度味噌切り機械にかけただけで全体の5%くらいの作業量でしたが、今回は20%くらいやってきました。残りの80%には、ここには書けない程、膨大な量の豆を洗ったり、こうじをほぐしたりという大変な作業なのであります。(僕はやっていませんが)

当日は、朝5時から大釜で大豆を煮始めます。(この頃まだ小生は就寝中)それから朝10時頃まで薪をくべてコトコトと煮ます。指でつぶしてクチャっと潰れるくらいまでになったら、その豆を味噌切り機という専用のマシンで肉をミンチにするような感じですりつぶします。
熱々のため若干冷し平たくしたら、そこに大量のこうじ(麹)とお塩をかぶせ、一気に混ぜ合わせます。大豆と煮汁の分量や塩の分量の配分などは大変難しく、これで出来上がりは随分と変わってくるようです。

混ぜ合わせるのも、冷ましたといっても中は劇熱。結構大変な作業でした。混ぜ終えるといよいよ、樽に塊を投げ込みの作業に入ります。これで、一通りの作業は完成ですが、同じ行程をその日にもう一度繰り返し、樽目一杯の味噌を作りました。(写真左は義母)

因に、豆を煮ている時間を利用して、あいている味噌切り機では前年作った分を再度機械で細かくする作業が行われました。(今回は早朝に妻がやってくれたので、僕の出番はなし)

味噌は日本人の多くの食卓で欠かせないものですが、それがどうやってつくられているのかは今回までよくわかっておりませんでした。みそ汁の中に浮いているのが、大豆の豆かもしれないですが、麹かもしれません。とにもかくにも、コンクリートジャングル東京で育った僕にとっては縄文の里「茅野」で見るもの聞く事の多くが新鮮でした。
今回作ったのものは、2年後に出来上がります。楽しみだなー。信州一、信州一、おみおつけ!♪

2 件のコメント:

匿名 さんのコメント...

おー!!本格的だね。

信州のどこよ?俺は木曽で育ちましたよ。母の実家が最寄の駅は藪原・・・知らんか。


安藤

Kodaman さんのコメント...

妻の実家は、茅野です。最寄りの駅も最近新しく美術館みたいに綺麗な茅野駅。むかしはどこの家でもよく見られた味噌づくりも最近は少なくなってきたようです。実際、大変だからね。