2009/03/21

わかっちゃいるのに

わかっちゃいるのに辞められないー あそーれ スーイスイスーダララッタ(スーダラ節)

と!

またWEBで新しい機能を追加したら、およそ500件ものデータの位置情報がすべてなくなりました。こんなこともあるさーと1から入れ直しています。まあ位置情報のデータはすべてあるのでいい感じー。

たまには思いのたけを書き連ねてみようと思います。

個人で仕事をしていると大会社にいた時のバックボーンが如何に素晴らしかったかを感じる事があります。先日とある事で、とある圧力がかかった際の事、内容はこの際どうでもいいですが押しつぶされそうになりました。チームとしてうごくならば対抗もできたかもしませんが、その時はチームなどということもなくただ蟻のようにブチっとつぶされるような感覚であります。でも、体一つで飛び出して行けばそんな事もあります。これからという時だけに、腹が立つこともありますが、それでいいんじゃない?人間だもの。人生春夏秋冬。夏もあれば冬もあるってことで、正直どうでもいいですね。

自分の外にある情報にアンテナをはりながら、それら外部の動きに惑わされないということは、簡単そうで難しいものです。でも、そんなとき言語も通じない、誰もしらない、どうなるかわからないというか明日泊まる所も決まっていない。そんな中に何度も「自ら飛び出していった行動力とその裏にある巨大な不安の中でなにものにも変えられない様々な経験を得る事が出来た」という事は炎の源になります。つまり火事場のクソ力にあたるのでしょう。

地位だの名声だのなんだのかんだのという自分のまわりにある鎧みたいな物をすべて脱いでしまうと、素の人間は「・」くらいなものでしょうか?肉体的に素っ裸になるのとは違う、この「・」で活動をしてみると、今までとは違った世界が見えてきて、結構気持ちのいいもんです。時折、人間のすごく素敵な部分と見たくないドロドロの部分が垣間見えてしまいますけど。いいことを挙げれば「・」と「・」で会話する楽しみというやつでしょうか?こんなことは、そうそうあるもんじゃありませんけどね。でも、赤ちゃんと親ってまさにこういう関係かも。

文章とは起承転結で書くほうがいいと習いましたけど、今回の日記は転もなければ結もありません。なんだか、昨日腰と首にがっつり鍼をうってもらったのでぼーっと気持ち良くなっていて、深夜に書き連ねてみました。しいていうならば、自分自身流されずに本質は何かを追求して行こうという感じ。

さてと、明日は先輩お母さんのところに家族でおでかけ。色々と勉強してこよっと。300件のデータ復旧完了。これが1000件じゃなくて良かった。ホッ。

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