2008/10/25

拝啓、命の恩人様

このブログのデザインを変えました。前の奴が正直使いづらかったから。地味だし。フリーのテンプレートで各パーツをちょっといじり、このBloggerというサービス自体が色々機能を拡張したくれたので、それを反映させてみたり。またまた、面白くなってきた。

言っておきますが、今日の日記は長いです。
人とのご縁という点では、ありえないだろうという巡り会いもあるものです。

先日、Mr.Konchiから突然電話が。ー「おい!さやかにあったぞ!」

一瞬わからなかったけど、それがすぐに僕の命の恩人の「さやかさん」だと気づく。
現在は「あやのさん」として活動しているとのことなので、これ以降は「あやのさん」と表記します。

ちょっと、ここからはディープな話なんだけどーー1999年の事ーーー
かつて、僕が会社の事やらアメフトでの後遺症やらで自律神経失調症になった時の事。精神的にはどん底にあって、毎日殴られているような激しい頭痛に襲われ、家族には噛み付くし、会社に行こうにも体が動かない。もう辛くて辛くて「これは死んでしまった方が楽なんじゃなかろうか」という思いが、夜一人でいるときに頭をよぎる。そんな時にMr.Konchiより一本電話が入る。「久々に、あやのにあったよ。」と。

「あやの」は、大学の同期。3浪で入ってきた事を笑い飛ばし、いつも明るい人。その彼女が、卒業から数年経ってヒーリングとアロマテラピーの修行をして、英国から一時帰国していたのである。彼女に其の時の僕の状況をKonchiが知らせた事で、わざわざ家に来て僕の話をじっくりと聞いてくれて、調合してくれたオイルで治療をしてくれた。施術のために肩に手が触れた時に、通常の熱さではなくものすごく熱く感じたのだが、マッサージ歴が長い僕にとって「熱さ」は後にも先にも彼女だけである。短期帰国にも関わらずに時間を割いてくれた彼女とは、メアドの交換を忘れその後連絡が途絶えてしまった。でも、治療を受けた僕のその後はというと、体を治す事、自分と向かいあっていく事に取り組み、呼吸法が悪いという分析結果から太極拳を始め、見事に会社・アメフトに復帰、新規事業の立ち上げ屋としての経験を積んでいけたのである。

彼女がいなかったら、もしかしたら僕は生きていただろうか?・・・・ そんな思いがよぎる。

実は、このブログには初めて書く事だけれど、今年9月末で勤めていた会社を退職した。これは、社長と僕のビジョン、方向性が違ってきてしまったからであった。細かい事はさておき、半年間で辞めるという決断をくだす自分への自責の念は非常に強く、辞めるとなってからは株や役員という立場、株主、お客様への迷惑という色々な部分で、ハードな局面は多々あった。当然、子供や家族の事も考えないと。そんな時は、かつての苦しみを越えた自分と「あやの」の存在が出てきていて、「死ぬ程の大事じゃないし、何とか乗り越えてみせるぞ!」と思える自分が今はいるのである。

とまぁ、実は現在何度目かの「人生の分岐点」に立っている僕でありますが、ちょっと前に「そういえば、あやの」は何をやっているかなー?と思っていた矢先に、またまた「あやの一時帰国」とのニュースが!

それも、Konchiがたまたま打ち合わせでカフェにいたら、あやのもカフェで偶然別の打ち合わせ中。狭くて大きい東京の街の数万とあるカフェの中で、何故に二人は同じカフェで同じ時間にいるのだろうか?

でもって、電話がきたのでMr.Ohnoのスタジオで合流して、Konchiも交えて4人で情熱のトークタイム。
ここからは、

実に9年ぶりの再会である。僕がどのように回復していったか、そして治療を施してもらった事への感謝の思いをいわずにはいられないけど、相手も英国での9年間何をしてきたかという話題もあるし、1時間くらいしか時間がないから、4人が会話をかぶせまくる。彼女は、この9年でホメオパシー、針灸、ヒーリングにアロマセラピーにその他諸々の資格や免許をとり経験を積み、英国のグリーンカードを得て仕事をしているとの事。今の彼女は一言でいうと「ナチュロパス」というのだそうだ。すごい。

パワーアップした彼女からは、またまたエネルギーをもらったし、短時間ではあるけどいろいろな会話をすることができた。十次式に、産土神社に、とあるバーのおばさんの話などなど。

人生の節目節目に登場する「あやの」さん。僕の命の恩人です。

・・・・でも、今こうやって日記に書いてまとめていると、「あやの」もそうだけど、その二人を見事につなげるMr.Konchiも命の恩人ではという結論がでてくるが、これは彼と僕の関係上、当面ほっとく事にします。気づいたけど、気づいていません。忘れます。はい、忘れました。  以上長い日記でした。

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