2008/10/30

何はともあれ基礎代謝

IBM BigBlueの元チームメートで「かつ」という後輩がいる。この左側のlinkの「カツが勝つまで」が彼のブログだ。ハワイに行くぞと決めた翌日から二人でハワイに行ったり、米国のアリーナフットボールでプレイしたりとかなり凄い奴なのだが、何年か前に「脳髄液減少症」であることが発覚して以降、現役からは遠のいている。最近は徐々に回復してきているようで、大阪で起業したのだそうだ。細かい事は今度東京に来た時にきいてみよう。

「トレーニング=かつ」という頭があるので、先日から始めたダイエットの方法について少し教えを乞うた。

これ以降は、筋肉と正面から向かい合っているアスリートの皆さんには「釈迦に説法」でしょうが、元アスリートの僕には目から鱗でした。(笑)

基礎代謝が大事だ。色々調べたが細かいし、わかりづらいので「かつ」からとの会話でわかり易く説明。

か:「つとむくん。運動でダイエットするなら、基礎代謝を活発にすることで効果はグーーーンと上がるぞ。」

僕:「基礎代謝ってなんだ?」

か:「話すと長いから省くが、お相撲さんは代謝を落として太らせるだろ?」

僕:「だな。」

か:「一日二回がっつり食事をすると代謝は悪くなる。だから太る。」

僕:「つまり、、、やせるなら逆をやれと」

か:「だな。ていうかさ、あなた元フットボール選手でしょ?(笑)」

僕:「すいません。筋トレは未知の世界なので。まぁつまり、細かく食事すればいいのか?」

か:「そう!朝食を必ず摂取して、昼と夜は腹七分位。んでもって間食でなんか栄養を摂取だ。」

僕:「それはつまり、最近でいうところのSoyjoyだな。」

か:「まぁ、Soyjoyだな。それでいい。」

僕:「それだけ、いつもいつも食べていたら太るじゃん。」

か:「いや、こうやって常に少量でも栄養を摂取し続ける事で、体は常時熱をもつんだよ。これが、代謝がいいってことよ。」

僕:「そうか、熱をもちやすくすれば、運動した時に脂肪燃焼も効果的にいけちゃうってことになる訳か?」

か:「そうだ。」

僕:「へぇー、やってみるよ。ところで、最近までアイス喰いまくっているのよね。これが太った原因かと。」

か:「あーわかる。俺も甘いの嫌いだったのに、最近よく食べちゃうんだよ。」

僕:「やばいぞ。あれクリティカルヒットだ。時にハーゲンダッツのメープルクッキー。あれは美味すぎる」

か:「あー。名前だけで美味いのわかるわ。Soyjoyにしなさい。」

とまあ、アホな会話が延々とつづくのでこの辺でやめるけど、彼にいわれた通りに実行したら、御陰様で腹が凹んできました。一応現在2.5kg減なのでもうちょっとですね。ーーーやはり食事療法だけでなく、運動も適度にしないとね。お陰で精神衛生もとっても良いです。

2008/10/27

緊張の初「人前式司会」

今年はうるう年だから、2月に1日多かったから、10月26日は昨年結婚式を挙げた10月27日から365日たった事になる。そう、1周年です。(入籍は7月7日ですが)

その10月26日に僕は、友人のMs.Ayakoのお兄様の結婚式の司会をやらせてもらいました。自分が祝われて本当に嬉しかったから、二人にも本当の思い出にしてもらいたいと自然と力も入ってしまいます。

結婚披露宴はかれこれ10回くらい今までやったでしょうか。(披露宴司会のプロではないので、このくらいでも多い方でしょうか)毎回司会ながら涙がでてきますが、今回は、なっなんと、人前式の司会という初めての経験もさせてもらいました。

3万人のイベントでも、ハードなミーティングであまり緊張しない僕なので今回もまあいいテンションでいけるとおもっていたのですが、表参道テラスでの人前式場で最初の挨拶をする際はすごかった。

神聖なる場所で、二人をお祝いすべく目を輝かせた80人が一斉に見る。

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!すっげえ。」

二回噛みました。すいません。

でも、式も披露宴も社内結婚ということもあって、皆さん顔なじみだったのか笑いあり、涙ありのとても活気のあるものでした。

こうやって、人の幸せに対してちょっとでもお手伝いが出来た事に大変感謝するとともに、ライフワークとしての司会の仕事はずっとやっていきたいなと思うのでありました。

本日10月27日は1日遅いけど1周年。妻と二人で二人最後の贅沢晩餐をとりにいってきます。
ローストビーフがいいかなー。

2008/10/25

拝啓、命の恩人様

このブログのデザインを変えました。前の奴が正直使いづらかったから。地味だし。フリーのテンプレートで各パーツをちょっといじり、このBloggerというサービス自体が色々機能を拡張したくれたので、それを反映させてみたり。またまた、面白くなってきた。

言っておきますが、今日の日記は長いです。
人とのご縁という点では、ありえないだろうという巡り会いもあるものです。

先日、Mr.Konchiから突然電話が。ー「おい!さやかにあったぞ!」

一瞬わからなかったけど、それがすぐに僕の命の恩人の「さやかさん」だと気づく。
現在は「あやのさん」として活動しているとのことなので、これ以降は「あやのさん」と表記します。

ちょっと、ここからはディープな話なんだけどーー1999年の事ーーー
かつて、僕が会社の事やらアメフトでの後遺症やらで自律神経失調症になった時の事。精神的にはどん底にあって、毎日殴られているような激しい頭痛に襲われ、家族には噛み付くし、会社に行こうにも体が動かない。もう辛くて辛くて「これは死んでしまった方が楽なんじゃなかろうか」という思いが、夜一人でいるときに頭をよぎる。そんな時にMr.Konchiより一本電話が入る。「久々に、あやのにあったよ。」と。

「あやの」は、大学の同期。3浪で入ってきた事を笑い飛ばし、いつも明るい人。その彼女が、卒業から数年経ってヒーリングとアロマテラピーの修行をして、英国から一時帰国していたのである。彼女に其の時の僕の状況をKonchiが知らせた事で、わざわざ家に来て僕の話をじっくりと聞いてくれて、調合してくれたオイルで治療をしてくれた。施術のために肩に手が触れた時に、通常の熱さではなくものすごく熱く感じたのだが、マッサージ歴が長い僕にとって「熱さ」は後にも先にも彼女だけである。短期帰国にも関わらずに時間を割いてくれた彼女とは、メアドの交換を忘れその後連絡が途絶えてしまった。でも、治療を受けた僕のその後はというと、体を治す事、自分と向かいあっていく事に取り組み、呼吸法が悪いという分析結果から太極拳を始め、見事に会社・アメフトに復帰、新規事業の立ち上げ屋としての経験を積んでいけたのである。

彼女がいなかったら、もしかしたら僕は生きていただろうか?・・・・ そんな思いがよぎる。

実は、このブログには初めて書く事だけれど、今年9月末で勤めていた会社を退職した。これは、社長と僕のビジョン、方向性が違ってきてしまったからであった。細かい事はさておき、半年間で辞めるという決断をくだす自分への自責の念は非常に強く、辞めるとなってからは株や役員という立場、株主、お客様への迷惑という色々な部分で、ハードな局面は多々あった。当然、子供や家族の事も考えないと。そんな時は、かつての苦しみを越えた自分と「あやの」の存在が出てきていて、「死ぬ程の大事じゃないし、何とか乗り越えてみせるぞ!」と思える自分が今はいるのである。

とまぁ、実は現在何度目かの「人生の分岐点」に立っている僕でありますが、ちょっと前に「そういえば、あやの」は何をやっているかなー?と思っていた矢先に、またまた「あやの一時帰国」とのニュースが!

それも、Konchiがたまたま打ち合わせでカフェにいたら、あやのもカフェで偶然別の打ち合わせ中。狭くて大きい東京の街の数万とあるカフェの中で、何故に二人は同じカフェで同じ時間にいるのだろうか?

でもって、電話がきたのでMr.Ohnoのスタジオで合流して、Konchiも交えて4人で情熱のトークタイム。
ここからは、

実に9年ぶりの再会である。僕がどのように回復していったか、そして治療を施してもらった事への感謝の思いをいわずにはいられないけど、相手も英国での9年間何をしてきたかという話題もあるし、1時間くらいしか時間がないから、4人が会話をかぶせまくる。彼女は、この9年でホメオパシー、針灸、ヒーリングにアロマセラピーにその他諸々の資格や免許をとり経験を積み、英国のグリーンカードを得て仕事をしているとの事。今の彼女は一言でいうと「ナチュロパス」というのだそうだ。すごい。

パワーアップした彼女からは、またまたエネルギーをもらったし、短時間ではあるけどいろいろな会話をすることができた。十次式に、産土神社に、とあるバーのおばさんの話などなど。

人生の節目節目に登場する「あやの」さん。僕の命の恩人です。

・・・・でも、今こうやって日記に書いてまとめていると、「あやの」もそうだけど、その二人を見事につなげるMr.Konchiも命の恩人ではという結論がでてくるが、これは彼と僕の関係上、当面ほっとく事にします。気づいたけど、気づいていません。忘れます。はい、忘れました。  以上長い日記でした。

2008/10/22

葡萄が最強

最近バナナが大売れだというのは、メディアがあおるから更に凄い事になっているようだ。んなこたーメディアで煽らなくたって、近所のスーパーにいけば、今まで少し黒くなって安売りされていたバナナコーナーが拡大版で入り口に陣取り「売り切れ」続出なので一目瞭然だ。

こういう「人が右むきゃ、みんな右向く」的なのを街で見るたびに、「アホか?!」と思ってしまうのは僕だけでしょうか? だって、バナナは昔から栄養価が高くて、朝ご飯にバナナと牛乳なんて定番だったでしょ?
不思議です。こういうの。

バナナが悪い訳じゃないけどね。

さて、そんなバナナ君はおいておいて、この夏から秋にかけて児玉家の流行が「葡萄」。どこの集まりにいくにも、持って行くものは葡萄。ぴんきりですがね。

スーパーには一房300円位からありますね。巨峰にピオーネ、甲斐なんとかにマスカット。ちょいと、赤みがかった細長いのもありますね。どれも大体は、満足のいく味です。バナナと同じく外れはあまりなし。

でもね、奥さん。餅は餅屋です。近所の果物屋の葡萄をみてください。すっごいのよ。すっごい大きくてプッリプリしてるんですね。特にピオーネ。お値段は一房1200円とかあるけど、家の近所では、たまに夜18時くらいに半額セールあったりします。一房5-600円になって、大きさは一つ直径3cmのマンモス級。味はバッファロー級。感動はチョー・ヨンピルの歌声級。(深い)

周りの葡萄が大きいから目立たないけど、そこで房の小さいものを買っても、家に帰ったらバンバンビガロですからね。これで更に驚きが加わる。なんだかいい事尽くめの葡萄だが、今年、僕はこれまでの生涯で食べた葡萄の数の二倍くらい食べている気がする。

バナナ VS 葡萄。 種が無いのにどうやって増やすのかが不思議なので種無し巨峰の圧勝。

2008/10/19

1周年を祝う集い

昨年の10月27日の嵐の日の結婚式からおよそ1年。僕達が式を挙げた東京大神宮(旧日比谷大神宮)では、1周年を祝う集いという事で10月に式をした皆さんを招いての祈祷とディナーが執り行われた。

僕達がこの場所を選んだ1つの理由が「料理のおいしさ」だったので、当日あまり口に出来なかったその料理を今回食べる事ができるということで以前から楽しみにしていたイベントである。

大神宮につくと目に入るのは縁結びの神様だけに、多くの参拝客。週末ともなると行列ができる程。また、その横の会場では結婚披露宴が行われている。そして、そのイベントに集まっているのであろうカップルがちらほら。中には、赤ちゃんを抱いている家族も。あれから1年という月日が流れたのかと改めて感じる瞬間である。

40組ほどあつまっているであろうか。皆で祈祷をした後は、写真撮影をしてディナー会場へ。そこは、僕達が披露宴を開いた会場であった。おいしい夕食とこの催しに感謝しながら、席は同じ日に式を挙げたカップルが集められているので会話でもしたいな思うも、なんだか皆さん夫婦二人で語らっていて話しかけ難い感じ。年齢層も若干高めだし、ここはこちらも夫婦で語らおうとしますか。

次に来るのは、お宮参りですか。なんだか結婚式を機会に家族と縁のある神社ができてとっても嬉しい気分です。これで、産土(うぶすな)神社がわかるともっと楽しいかな。

帰り際に、結婚披露宴の時のキャプテンと会話ができました。当日も今日も細かい気配りでキビキビ動いているキャプテンに感動していたので、改めてお礼ができて良かった良かった。しかし、ここの料理はうまいな。

妻のお腹ではすくすく育っています。後2ヶ月ちょいです。女の子で名前も決めました。

2008/10/16

プリンター奮闘記

個人でいろいろと仕事をする機会が増えると、当然プレゼン資料や請求書の発行等も必要になる。今までは、回数が少ないからネットカフェに行き、プリントアウトをしていたのだが、その目的だけでいくとなると、15分しかいないのに、1時間分500円をとられ、プリントアウト代をとられと中々コスト高である。

以上の理由により、家庭内で稟議にかけプリンター購入が決定。でも、有線だと狭い家がクモの巣状態になるため今回は無線LAN仕様を選択、つまり物理的につなげなくてもらくらくプリントアウトってやつですな。Canonのなんとか620っつーやつにしました。

二台のマックから無線でプリントアウトというまるでオフィス環境のようなものを実現させるために頑張るのでありますが、3時間たってもどうにもつながらない。説明書も意味不明。そんなこんなしているうちに、無線LANの機械(ルーター)の設定をちょこちょこっと変えてしまいました。


ボタンをポチ。ー「あっ!やべ。今何か変更したような気が・・・・」 

その瞬間、二つのパソコンとも突然ネットに繋がらなくなり、プリンターどころの騒ぎじゃなくなってしまった。「おい!てめえ なに勝手にネットつながらなくしてんじゃ!」と怒ってみても、そこは機械ですから「沈黙」。というよりも悪いのはわたくし。プリンター設定よりも、夕方のナレーションの収録にいく時間。。。 行きの電車ではイライラ。帰り際は、ラーメン屋に携帯を忘れるわ、とりに戻るために綺麗なモデルさん達と一緒に山手線に乗る事ができる素敵なタイミングを逃すわ、悪い事続き。 

この現状を打破せねばと、仕事終わりにビックカメラによって無線LANの機械を購入。お値段10000円。最新の機械のお陰で、ものの1時間程で我が家に無線LAN&プリント環境が整いましたが、そのための追加の10000円は高い勉強代となってしまいました。

しかし、家族二人で、お気に入りの写真をプリントアウトしたけど、最近は自宅でも結構高い品質のプリントができるようになりましたね!気分はウキウキからイライラへ、そして今はワクワクです。

そういえば・・・日本語を勉強している外国人留学生との会話で、上にあるような擬音語を学ぶのが凄い難しいようです。川はサラサラながれる。とか、人がガヤガヤしている。といったようなこと。余談でした。

2008/10/14

司会は僕の天職かも。

10月10日。この日僕は、某上場企業さんの社員総会の司会をやらせて頂きました。

キックオフパーティーという名前で、年間MVPや論文の受賞などいろいろな賞の発表がなされるこのイベントでは、途中に部門や入社年でグループ分けされた人々による出し物などが行われそれはそれは盛大でありました。集まった社員の方々は合計600ー700人程度。管理部門の方々が、この特別な一日のために準備してきたものですから失敗は許されない。だからこそ、こちらもやっぱり情熱をぶつけなければと気合いが入ります。

司会進行は、決して自分だけが仕切れたと思っていてもダメで、多くの方の協力無くしてはイベント成功はなしえません。その意味では、今回は大規模ながら本当に色々な仕掛けとスタッフの方々の綿密な計画、そしてホテルの音響さんの最高のタイミングでの音出しなどで、笑いあり、踊りあり、涙ありのとても素晴らしいイベントになりました。

何よりも、集まった社員の人々の生き生きとした目の輝きが忘れられません。いい会社に巡り会えた喜びというのでしょうか、本当に素敵だなと思いました。中々、出会えませんよね。

それなりに緊張しますが、自分の声をマイク越しに聞いた瞬間に、スイッチが切り替わります。この感覚をどう表現すればいいのでしょうか?ある種、試合に近い感覚でもありますね。天職かなとも思います。

体重がここ数ヶ月で3キロ太りました。幸せ太りか、ストレス太りか。いや、ハーゲンダッツのアイスの食い過ぎでしょう。とにもかくにも、1ヶ月で4キロ落として54キロまで戻そうと思います。アメフトの時は、合宿で後輩に食わされ最初の5日間で5キロ太り、過酷な練習のため残りの5日で6キロ落ち40キロ代に減った事があります。49キロでアメフトやってはいけませんって! 運動してやせます!

2008/10/08

乳母車とベビーカー

乳母車!おお日本語です。ベビーカー!おおコチラも日本語です。つまり和製英語であります。海外じゃ通じねー。ということで、最近見かけるこのベビーカーに関して思う事をつれずれなるままに。。。

今年末には、計画では我が家にもう一人家族が増えるわけで、最近では街行く乳母車がよく目にとまります。マクラーレンブームも合わさってか、電車で、百貨店で、通りで本当に最近増えているような気になるのは、僕だけなのでしょうか。

そして、「乳児ではなく、幼児でもなく、大きくなった子供が乳母車にのって、すやすや寝ている」という光景を目にします。乳母車売り場の人に聞いても、最近は大きくなっても利用する人が増えていると言っていましたが、手を離した隙にいなくなったりするよりも、乳母車に乗せておいた方が楽だから、また、荷物も乳母車に乗せられるからというメリットを思いっきり享受しているようです。

百貨店の子供グッズ売り場なんて、子供よりも乳母車が多いんじゃないか位すごい事になっています。ディズニーランドにいくと、乳母車駐車場は縦列駐車で、さながら、「ベビーカーフェア」です。なんとなく、釈然としない気持ちになるのは、これまた僕だけなんでしょうか?

乳母車を折り畳まないで電車に乗れるようになったのはいつごろかなのか?ラッシュアワーでもがっつり頭から突っ込んでくる人がいちゃったりします。あれどうなんでしょうね?

妻から、乳母車に関してはネットで高齢の人と現在のお母さんの間で大激論が繰り広げられているのだとか。よくある「私の若い頃は。。。。」VS 「今の環境では。。。。」という激論のようで、現代のお母さんに軍配があがったようです。(年配の人達が、こりゃ、いってもダメだわと思ったんでしょうけどね)

実際子育てを始めたら、乳母車の活用方法にびっくりするのかもしれませんが、大きくなっても乳母車に乗っている子供は、僕的には「粋じゃない」と思うので、そうさせないようにしようと。折角、足があるんだから歩けばいいんだ。疲れてぐずったら、おいてかれて笑われて「ダダこねても、叫んで脅しても、この親には通じねえ」と感じるのが成長なんじゃないかーと、児玉家の教育について改めて考えています。

余談ですが、帰宅ラッシュに電車のドア付近に乳母車をおいて、自分は横に座って手編みをしているお母さんを見かけました。でも周りの人のものすごいプレッシャーを感じたのか、決して目線を上にしませんでした。こういう場合も含めて、自分ならどうするか?と考える反面教師がいっぱいいるんだと思えばいいか。

2008/10/06

スカーレットピンパーネル!

[ザ・スカーレットピンパーネル]というブロードウェイでもヨーロッパでも絶賛されている脚本の舞台があります。日本ではこの脚本にもとづき初めて公演をしたのが、あの宝塚です。

以前仕事の関係でインタビューをさせてもらい、またライター陣がこの舞台をみて大絶賛していた事もあり、週末に生まれて初めて宝塚を観賞してきました。宝塚といえば、日比谷シャンテ前に花道が出来るほど女性のファンが多く、劇場も女性だらけで舞台は華やかな衣装をまとったショーがメインというイメージが先行します。僕のイメージも80%位はそんな感じでした。

11時の開演のため10:30に劇場に到着。すると、あたりは女性女性女性。でも、男性も結構いますね。劇場の中は、香水の臭いプンプンでは?と中に入ると、多くの人がお弁当を食べていますね。劇場内も華やかで素敵でした。そして、開演。

歌も踊りも、すんばらすぃ。男役の人が女性に扮する場面の動きなんか、まさに男性が女っぽく動く時の動きそのまんまですし、なんだか今までの宝塚に対する固定観念が180度ひっくり帰った衝撃でござーます。観客の多くは、リピーターでマナーをとっても大切にする方々と感じました。舞台中の拍手のタイミングとか、絶妙だし。舞台での、彼女達の演技もさすが宝塚!時に笑いもあったりと、最初すこし構えていた僕ですが、いつしか思いっきり楽しんでいました。横目で妻をみると、僕よりも楽しんでいた感じ。お腹の赤ちゃんも上演中ボコボコ動いていたようです。

観劇したことで、ジャパンホッパーのライター陣が伝えたかったものが何かを知る事ができました。
彼らは、
「観ずにして色々というのではなく、まずは観てもらいたい!」
「世界で1つの女性だけの劇団であり、日本の文化だ。」と言っていました。僕もそう思います。いやまじで、世界でたった1つの劇団なんですよ!凄いと思いませんか?僕は思います。又観にいきたい位です。

んでもって、観劇後はお隣の帝国ホテルで「ステーキサンド」をGET。財布には厳しいけど、夜は家で冷や麦にしたので、まあいいでしょ。豪華な気持ちになる日曜日でござんした。

2008/10/04

散策は新鮮でございます!

夢に宮沢りえが出てきた。もうちょっとで電話番号聞けたのに。かつて、外国人のそれはそれはお美しい方が夢に出てきて電話番号を書いたものをもらったのだが、おおお!と思ったら夢から覚めてしまい、一所懸命その番号を思い出そうとした事がある。・・・・・・・・アホだね。

そんな、どうでもいい僕の話はおいておいて、先日ある方の紹介で「一人鎖国」を打ち出し、海外旅行は行かずに常に国内のあちらこちらを旅している方に出会いました。中秋の名月には京都の大覚寺に足を運び、船の上から月をみたり、歴史上の人物に焦点をあてて水戸黄門なら茨城を旅したり。俳句を詠まれる先生であります。

その方のお誘いで、赤坂エリアを巡る散策に参加してきました。集まったのは30人程度。
普段仕事で通りかかる道、降りる駅の近くに「再発見」。「粋」だなと感じたのは、昔の江戸時代の地図を用いて、今いる所がかつて誰のお屋敷だったかなどという説明がついてくる事。

例えば、これは良く知られているけれどニューオータニの横にある「紀尾井坂」。この由来は、紀州、尾張、井伊のお屋敷があった場所だからその頭文字をとっているんですよね。僕は初めて知りました。。。。
その近くでは、大久保利通が殺害された場所があり、碑がたち、その碑の周りにはデイゴが植えられています。これはアメリカデイゴが彼の出身地である鹿児島県の県木であるからという理由だからだそうです。

びっくりしたのは、その散策にきている方々の造詣の深さ。先程のデイゴの話も、遠くから「デイゴですね!」と見てわかったり、街中の建物の石垣をみては「イタリア産の御影石ですね。」とわかる。それもそのはずで、僕以外は、皆様50歳〜60歳前後の方々ばかり。僕の日本をもっと知りたいという気持ちを、数十年前から持っている人達ばかりですから、会話するだけですべてが新鮮です。

今回皆さんと散策をしたのは、大久保の碑>紀尾井坂>食い違い>ニューオータニの庭園>豊川稲荷>高橋是清翁公園(二二六事件)>旧乃木邸>乃木神社という流れ。事件の現場をみながら、はたまた大岡越前の家系図を紐解きながら、高橋是清氏の活動を石碑を読みながら理解をする。

過去と現在とを比べながら歩いて知るという事は旅をする時にやっていることだけれども、それが東京でもできるという楽しみを覚えたとても深い一日でした。

赤坂にとっても縁のある元力士「大谷米太郎」。この方がどこでうまれ、何をやってきたかを知るだけでも赤坂という場所に残る記憶の一辺を知る事ができるかもしれません。是非、ご興味のある方はウィキペディアでもいいので調べてください。