2008/03/09

柳生の里はすごかった

免許の更新を忘れていました。2月18日が誕生日なので、3月18日までに行かないと。明日いってきます。しかし、日本に帰ってきてから一度も事故していないのに、また試験場で2時間の研修とは。。なんで?

さてさて、奈良の旅ですが、かなり後日談となってしまいましたが、地元の人は知っているけれど、奈良観光という観点からすれば普段行かないであろう場所に連れて行ってもらいました。(Photo:東大寺/鹿君)

まずは奈良において市町村合併の際も「村」を維持しようと立ち上がった「山添村」。こちらには、神野山と書いて”こうのやま”と言われる山があります。近畿地方には、高野山(こうやさん)、交野山(かたのやま)と呼ばれる山々がありますが、どこか似ていますね。この神野山も別名”かみのやま”と呼ばれているようです。昔の人々は、呼び方に漢字を後からあてはめる事も多かったようですから何となく自然信仰にまつわる共通点があるやも知れません。昔は平城と書いて”なら”と呼んでいて、奈良はあとから当てはめたとか。。(神野山の石群)

さて、この神野山。古代文明にまつわる謎がある場所です。大きな石が川のようにおいてある場所の近くには、その川を天の川と見立てた場合にベガだったりアルタイルだったりという☆の位置そのままの場所に巨大な石が転がっていたりするようです。そして室町時代からはじまったその巨大な石を祀る神社なども。(岩をまつる神社説明文)

そんでもって、一行は大和野菜のおいしい料理を食べに「清澄の里 粟」へ。山芋にもいろんな種類があるんですね。気持ちの良い田園風景の見える高台で少量ずつ食べるのはとっても贅沢な気がします。さて美味しいお野菜を食べながら思った事があります。今回この旅で「奈良もっと知ってもらいたい」というアツい志の方々と共にして「地域を盛り上げる」言葉に二つの意味合いがあるような気がしました。(写:粟の店内、紅大根、アート)

一つは「より大勢の方々に知ってもらいきてもらいたい」。そしてもう一つは「より深く知りたいという方々に来てもらいたい」という気持ち。これは飲食等にもみられるジレンマなのかもしれません。大勢の一見さんがくる事によってリピーターが去って行くみたいなものでしょうか。上手い言葉がみあたりませんが、観光バスのルートの一つに盛り込まれれるよりは、そのスポットの価値を分かる人やとっても興味の有る人に来てもらいというような思い。観光って奥深いですね。

さて、この日薬師寺を最終観光地点として、同行したターニャとはお別れ。残念ながら2月末に半年の日本での勉強を終えドイツに帰ってしまいました。沢山の思い出と素晴らしい日本語を覚えて。
(写:ターニャと)

翌日、僕は奈良の中心から電車で行ける範囲内で興味深い所として柳生十兵衛で有名な「柳生の里」に足を運びました。この山里では、雪が降っているのに晴れているという「天気雪」なるものを体験。また、柳生宗厳から柳生宗矩(但馬州)といった数々の歴史上重要な役目を果たした人々のお墓なども歩いてきました。日曜日の朝早い時間だったからでしょうか?すれ違う観光客は1人だけでした。この柳生の里は近鉄奈良からバスで50分ほどで行けます。この場所にも、石を祀る神社がありました。(写:2m級の石達、柳生宗厳が切ったという伝説の岩、定番)

ちょっとスピリチュアルな話になってしまいますが。数々の不思議な体験を古戦場などで得てきた僕ですが、柳生家のお墓では、そのエリアに入った瞬間に物凄い圧迫感を得ました。これは、思い込みなのかもしれませんが、とっても力強くそよそよとした空気であります。まぁ目で見えるものだけが、全てではないという言葉もありますので、多くは語りませんが何かあってもいいんじゃないでしょうかね。

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