2008/03/30

Fire!!!!!

土曜日から熱海に戻っていました。FM熱海湯河原のスタッフ/DJの方々が僕を含めて3月末で卒業する人、4月から新たに番組を持つ人への壮行会という名目で一席を設けてくださいました。

18:30に熱海駅前集合で居酒屋へ。20:30に終了して上のカラオケへ。今まで月曜日/火曜日だけの熱海ライフだったので、週末の飲み会にも他の曜日のパーソナリティーにも会えなかった中、今回は大勢あつまり、普段殆ど会話できない、もしくは放送上会話を聞いている方々と話に花を咲かせることができました。

カラオケ。。。。。宴もたけなわ。残り10分。「よし!これはおいら的新曲披露だ!」とHiromi Goの「獣は裸になりたがる」を。年末の「情熱のパーティー」でも歌う予定なので、反応をテストマーケティングしようと、イメトレしてきた傑作です。 ここで脱ぐ!ここで叫ぶ!ここで踊る!というカラオケの3大重要なポインツがすべてつまった良い曲なので、嬉しくて嬉しくて上半身裸になってしまいました。

「みんな、最高だぜ!」という思いと「俺!最高!」という自己満足度120%状態になり、歌も最終にさしかかった頃、仲間内の見た目シラフの人がライターをもって近づいてきました。「お!ファイヤーか!?」

体育会系の僕は”裸+火”とくれば「なにかしらファイヤー!」だと直感できます。この日は、胸毛。と思ったら、、、、火は乳首へ!  

おいおい!サビだし、叫ばないと行けないし、えええいままよ! 火事と喧嘩は江戸の花!ってなもんだ!パイ毛ファイヤー!!!! 

と同時に「獣は裸になりたがる!」とシャウトして曲も終了。なかなかにいい感じ。このあたりで自己満足度は190%越え、もしくは天城越え。

‥会終了後に気付く激しい痛み。なんだろう?  


乳首をやけどし、シルブプレ。いやさ水ぶくれ。(見た目シラフの火をつけた人は、超酔っぱらいでした)

熱海の最後の夜は、胸に熱い傷跡を残し終わっていきました。もう脱ぎません。

皆さん、年度末の飲みでは気をつけましょう。まずは僕から気をつけます。

2008/03/28

僕はじめます。

12ヶ月のうち4分の1が終わろうとしております。

今週火曜日は、僕のFM熱海湯河原での最後の放送でした。思えば、05年2月から修行をさせてもらい、番組をもらい一時は5時間半もやっていました。この一年は火曜日の11時から2時まで。でも一応ここで一段落。これも、4月から新たな仕事にジョインするために必要な決断であった訳であります。

最後の放送では、いままでリクエストやメールをくれた方から初めての方まで多くの方から「頑張れ!」という応援メールを頂きました。とても感謝しています。熱海のラジオがなければ、他の仕事への広がりもありませんでしたから。

4月からは、以前にもここで書きましたが、昨年末からアドバイザーとして参加させてもらっていた[日本の良い所を海外に伝える]webサイトをやっている会社Japan Hopperで働きます。僕が入って、社員は4月から3人。いいじゃありませんかvery early stage!! ラジオDJという仕事は一旦ストップしますが、僕はこのビジネスの先にpodcastingやナレーションの可能性も見いだしているし、これまでのIBMやナスダック、英語、翻訳、ライター、声の仕事という全てが注ぎ込める気がしています。

経営に携わるという事で、いままで外からアドバイスをしてきた立場から現場になり、これもとてもワクワクですね。目先の数字も大事ですが、僕自身は「日本を元気にする」という帰国後からのモットーとともに声だけにとらわれずいろいろな形で日本を海外に伝えて行ければと思います。もちろん、あっちこっちの地域ボランティアの方々とも繋がって行きたいと思います。厳しい観光の現実もしることができますしね。

最後に家族に感謝します。妻に「リスクは高いけどやってみたい」とつたえると、「いままでが底辺なんだから、あとは上がるだけでしょ?いいんじゃない。」と言われました。(底辺かよ、、)
大笑い海岸です。母は、「いろんな経験がいかせてるんだからやるだけやってみなさい」。avexで働く兄は「同じ敷地内のビルかよ!?笑える」とこちらも大笑い海岸。我が家はなぜこうもlatin系のポジティブな感じなのでしょうか。とても助かります。

2008年の4月から「何かが変わる」予感。(予感というか現実にかわるのか。。) 
皆様今後ともよろしくお願い申し上げます。

2008/03/27

ハラルドとアルベルト

妻のお茶の生徒さんには面白いお仕事をしている方が多い。その中で、日本語教師の方がいて、先日お稽古にスペイン人の生徒さんが見学にきたという。なんでも日本文化に触れたいのだとか。

スペイン人! バルセロナ出身!! 日本に興味がある!!!とくればAmigo!!!!Amigooo!!!!!!
東京散歩一緒にしましょ!

ということで、日曜日は物理学の博士号を取る過程で現在筑波大学で研究をしているスペイン人のアルベルトとドイツ人のハラルドと共に上野ツアーを実行。細かい予定は決めずに、その場の思いつきと彼らの希望に沿った形にしました。(博物館の枝垂れ桜)

まずは、アルベルトの希望で上野にある「国立博物館」へ。僕も間違ったけれど、国立科学博物館ではありません。僕は一度も行った事が無いので、二人とともに大興奮。ここの面白い所は、二階の展示場は、縄文時代から現代までの美術品などが時系列でおいてある事。土器から始まり、掛け軸、巻物、武具、茶器、浮世絵・根付け・かんざしなどみていて飽きません。そして、上野公園が花見で混雑する中、この博物館のお庭はとてもサクラが綺麗にも関わらず人は余りいません。花見酒はできませんが、かなり穴場です。

博物館を終了し、面白いモノをチェックしようと国立科学博物館のショップへ立ち寄りました。ここには、宇宙食や魚のぬいぐるみなどもあります。ちなみに、入り口でチケットを買わずに、「ショップだけ」というと30分の無料入場チケットをもらえます。(宇宙食)

昼食へ。前回、米国の友人・知人と浅草巡りの時は「もんじゃ焼き」に行き、これがかなり好評だったため今回ももんじゃ&お好み焼きとなりました。二人にもお好み焼きつくりに挑戦。結構喜んでいたな。米国でも欧米でも比較的「自分の食べる物は、自分で頼む」という人も多いですから、こうやって一つの物を皆でシェアするというのは、新鮮に映るのかもしれませんね。(左ハラルド/ドイツ、右アルベルト/バルサ出身)

さて、お腹を満たしたらデザートをGETしに「谷中」へ。七福神巡りも考えましたが、デザートゲットを目的としているので電車で日暮里へ。この下町風景がどのように彼らにうつるのか? 渋谷・新宿・六本木とは違う東京を見せたかったので僕にとっては少しチャレンジです。細い商店街を抜け、左にまがるとアップルパイの「マミーズ」が見えてきます。まずここでアッポーパイをゲット!(甘すぎず美味しい)そんでもって、少し先にある10円まんじゅうもGET! 10個入りで100円。結構いける!このお店にはお茶無料サービスもあるので、コップにお茶を入れて近くの公園へ。アッポーパイは筑波土産にしてもらい、先程かった宇宙食「ロールケーキ」「バナナ」「いちごケーキ」と饅頭をほおばります。こういう時間は色々な事を語り合うのに最適ですね。アルベルトは「ガイドブックにのってないもう一つの東京ですね」と大変喜んでいた。その後は、湯島天神により、喫茶へ。
お茶をしているとハラルドが一言。   「パチンコをやってみたい!」

いいじゃないですか。いきましょいきましょ。ついでにビリヤードも。一行は六本木へゲルマン民族大移動。物静かなアルベルトは興味無し。ハラルドはパチンコだけでなくスロットも挑戦し、さくっとスリーセブンを揃えて6500円GET!!!(その横で僕は3000円LOST) ビリヤードに行けば、さすが物理専攻だけあって、「物理的にいけるよ」「いけないよ!」と言い合い、僕が打つ時は後ろで「この角度は、物理学的には可能だ」などとささやいてくる。ちなみにこのビリヤード代はパチンコで買ったハラルドのおごり。

最後に、六本木の「シシリア」で腹をみたし、この日の上野・谷中ツアーは終了。今後、観光情報事業に携わろうとしている僕にとっては、彼らの視点、興味な、欧米の休日などについてとても参考になった。また、彼らと一緒に見て回る事で新たな発見があったりもするし毎回「東京散策」は本当に楽しい。

2008/03/26

土曜日は浅草の日

土曜日は、母と妻とぶらりと浅草へ。とはいえ、どこかに連れて行こうとすれどもスケジュールは前日夜に母から詳細が送られてきた。ぶらり浅草散策などというものではなく、まさに”お彼岸+買出し”。母親は元々忍者だから、10分前から鶯谷駅で張っていても、いつの間にかお墓にいる。(忍者は嘘)祖父と父のお墓の掃除とともに、祖父の代にいた若い衆で今は無縁仏の掃除も僕の担当。

お墓参りにいくといつも思う事

「僕の4代後はこのお墓を綺麗にしてくれるのだろうか?」


さて、お墓から浅草へ行く前に鴬谷駅近くの「八千代」で朝顔せんべいを買う。昼飯は、友人家族が経営している永井荷風も初代タイガーマスクも行きつけの「アリゾナキッチン」へ。浅草は洋食がおおくて、洋食と言えば「ヨシカミ」といわれるけれど、このお店や「グリル佐久良」というお店もとっても深みの有る味。ご飯を食べたらデザートがないと。
ということで、桜橋をわたって長命寺へ。桜餅は季節ぴったりでいいですなー。葉っぱ3枚まくとしょっぱいけどね。その後は、橋をもどり大好きな「おいもやさん」で大学いもGET。備忘録用に書いておくが、二種類のうち僕好みなのは「小町」。いつも間違えて「あずま」を買ってしまう。だめだめ。

洋食、餅、芋とくれば、仏壇屋合羽橋。市中引き回しの刑にあわされたくらい女性陣につれ回され終了したら、これまた知り合いが働いている玉川高島屋の女性下着売り場へ民族大移動。最近では、男性も平気でブラジャーを買いにくるケースも増えているのだとか。へえー。使われている素材は中々すごいね。触ってごらん、ウールだよ!みたいな感じではないけど、縫い目の無いブラに上げたり下げたり。科学の進歩はすっごいね!ほんとうにすっごいね! 亀の甲羅みたいのがならんでいた。

とどめは、西小山の寿司屋で〆。実家のある熱海に楽しんで帰ったとさ。めでたし、めでたし。

妻は、長命寺桜餅の後に言問団子も食べたかったようだ。芋きん、芋ようかん、ケーキの美味しいお店などまだまだ楽しい所盛りだくさんの浅草でございました。

2008/03/21

豚しゃぶと後輩

高校時代のアメフトの後輩と、遅ればせながら僕の結婚式関連の御礼を兼ねて夕食へ。

高校の運動部は、今はどうかわからなけどひと際上下関係が厳しい。大学に入れば、その関係も随分と柔らかいものになるのだけど、今思えば笑っちゃうくらいに高校のアメフト部では先輩は先輩であらんとし”先輩風”なるものをふき、高校1年生は雲の上の存在のように高3を扱う。

場所は麻布十番の「豚とんびょうし」。集まったメンバーは僕が高校3年の時の1年生が3人。その内1人は違う大学へ、1人は大学でアメフトをやっていないので、彼らとの高校時代の上下関係そのままになっているようだった。相手はそうだとしても、こちらは先輩という意識もなく、感謝の気持ちでいっぱいなのでとりあえず豚しゃぶを死ぬ程頼む。

もち豚、千葉豚、和豚と三種類たのみ、食べ比べてみたり。(あたらない) 

正直後輩は自分をどう思っているかなんて考えてもみないから、結婚式の二次会の受付を頼んでどのくらい手伝ってくれるかわからなかったけれど、実際に協力してくれたのが高校のときのつながりという点にものすごい嬉しくなってしまう。

Mr.Gonという一人だけ先輩をなめている後輩がいるけれど、僕も先輩からみたら同じようなもんだから親近感もわくってなもんだ。

Mr.Gon/Mr,Arikichi/Mr.Hasegawa Jr. 楽しい時間をありがとう。豚一頭は食べたな。

2008/03/18

白鷺城に泣き、明石焼に笑う

前日の体調不良を吹っ飛ばして、僕の世界遺産の旅の次なる目標地点「姫路城」にいってきました!

姫路城はもちろん姫路にあって、JRで神戸から30分位でしょうか。そんな前日の乗換案内のチェックの後だったので余裕かと思いきや、これがなかなか姫路行きの電車が来ない。いや来てたんですよ、新快速というのが。でもJR東海道線のグリーンや踊り子号みたいに特急券を払わされるかと思って、二本程見送ったんです。快速ならのっていたいのに、”新”快速なんていうから緊張してしまいまして。そうしたら、それ以外の電車は「西明石」までしか行きません。結局恐る恐る座席番号の書いてある”新”快速にのって、姫路へ。所要時間1時間。(写真は正面からみたの姫路城)

「次は姫路ー」というアナウンスに緊張。一体どんなどでかい城が町中にどーーんとあるのやら。オー見えてきた見えてきた。。。あれか? おおおー!でっけーーーー。まるで小学生並みの興奮です。

姫路の駅につくと、「ランバダ」の音楽がどこからかお出迎え。大手通りという城までの太い通りを10分程あるくと目前にそそり立つ姫路城につきます。1333年に砦としてこの地に誕生し、以後黒田官兵衛/羽柴秀吉により拡大工事をされ、徳川家康の部下である池田氏・本多氏が入城した頃に更に大きくなりました。と学んでいたけど、間近でみるこの城は「白鷺城」と呼ばれるとおり、白くてとっても綺麗なお城です。このお城の凄い所は、天守閣のまわりにあるコの字型につくられた「曲輪」だったり、城塗りの漆喰の壁だったり、築城技術だったりしますが、特に興味を惹かれたのが築城に使われた石です。この城を作るのに、相当の石が必要で、でも足りなくて”石棺”やら”灯籠”やらの石も実際に使われたんだとか。

「三田牛」を食べて、「姫路城」をみたとなれば、もう一声欲しい所。友人のMr.Asaiと明石の駅で待ち合わせをして「明石焼」をGETしてにいってきました。なんでも、有名な明石焼の店は地元では”いまいち”で、隠れた名店に連れて行ってもらえるというから大興奮。しかもこのお店は、Mr.Asaiの奥さんの実家の目の前。ということで、「明石焼」を予約をしてくださったご両親と浅井ファミリーとともに”突撃お宅訪問”的にお家にお邪魔して、ちゃっかりがっつり「明石焼」(玉子焼)を頂きましたが、これが美味。東京のなんちゃって明石焼より、やっぱり本場です。(写真:明石の”ふなまち”/玉子焼)

帰りの電車もあるし、もう一つ知人からのおすすめのばしょ「布引ハーブ園」にも足を運ぶべく、浅井ファミリーと1時間程の近況報告会をしてお別れ。大変お世話になりました。明石を離れいざ神戸のハーブ園へ。(ここは別の方からも良いという情報あり)

このハーブ園は新幹線の駅「新神戸」の隣から出ているロープーウェイにのっていきます。カップルだらけの行列のなか、6人乗りを1人で占有。少し寂しげ。ハーブ園は入場200円をはらい、坂を下って途中のロープーウェイの駅までの徒歩15分間の距離の間に数百種類のハーブが生えて、、いるはずです。まだ冬だということを忘れていました。。。。外のガーデンには土ばかりで僕同様にガーデンも白髪まじりの短髪みたい。(ハーブ園内の建物/ラベンダーのはげ畑)


急げ急げ!新幹線に間に合わない。急げ急げ、土産、プリン、急げホームへ。ホームについて1分後に東京行きの電車が到着。まにあった・・・・ハーブ園にハーブがなくてある意味助かった。

今回の情報提供者の皆さん有難うございました。(Mr.&Mrs Asai/Ms.Maimai&her mother/Mr.Katsuya)

ソフトテニスチャレンジ2008

ソフトテニスチャレンジ2008という、ソフトテニスをもっと盛り上げたいというボランティアで立ち上げたイベントのスタジアムDJを務めるために先週金曜日から神戸にいってまいりました。このイベントは川崎で第1回目を開催し、これが大きく盛り上がったため神戸での第二回目の開催となり、僕にも声がかかったわけです。仕事で指名されるなんて仕事冥利に尽きます。

翌日はグリーンアリーナ神戸という素晴らしい会場で1000人以上の小中高生を集めてのイベントなりました。日本で始まったとされるソフトテニス。軟式庭球と呼ばれる事も多いでしょうが、中学生で37万人の人口が高校では7万に減るようです。多くは硬式にうつって行くのかもしませんが、国際大会で活躍する日本人選手は結構いるんです。マイナースポーツだけにトップの選手とふれあう機会が少ない学生達にとって、トップ選手の試合を間近でみて、一緒にラリーできる経験は凄い価値あることに違いありません。そんなイベント最後に僕が全学生にマイクをとおして質問をしました。「皆さん ソフトテニスは大好きですか?」(写真は、午後の体験型イベントで選手に教わる生徒達)


会場から聞こえてきたのは、会場一杯に響く「はい!」という声。この声を聞けただけで、主催者側は救われました。

実は前日会場準備の後、小学校2年生とソフトテニスのラリーをしました。最後の方は僕が圧倒していたのですが、ホテルに帰って選手と会話したさい「少し打ち易い球をうってあげな」と小2の子に指導していたそうです。。。。。。手を抜く小2VS全力の33歳  お恥ずかしい。。。

前日の夜は、夕食が遅く何処も閉まっていたために「サイゼリア」にてハンバーグ。神戸とえば神戸ビーフですが、この日は、「神戸ビーフ」ならぬ「ビーフin 神戸」。体調を崩していても、やはり腹は減ります。
大会当日は体調不良で打ち上げはキャンセルしましたが、何かを食べようとホテルを出て散策。

神戸って、神戸という地名で有名だから三宮だけでなく、この神戸駅周辺も栄えているのかと思いきや、食べる所もあまりなく途方に暮れていました。と、海側になにやら栄えている雰囲気が。どうやらタワーもたっているし、モザイクなんて文字が。神戸に来たしスタミナをつけるべくモール内を探すと、お!「びっくりドンキー」発見。

おいおいこれじゃまたまた「ビーフin 神戸」じゃん。と思っていた所、その周辺で「三田屋」という看板発見。100gの黒毛和牛サーロインステーキのコースで約¥6000。ブログに「三田牛食べました」と書けると思って、一人で入店しました。中は、いい雰囲気。隣で恋人が愛を語らい、その奥で外国人を接待する日本人。奥には、よくテレビでコメンテイターの***さんとその家族が。フルート奏者もいい感じです。

そんな中一人で食べる僕。なんだか料理研究家になった気分。味はおいしかったけど、二人でくると倍増ですね。

帰り道に、神戸に住む友人Mr.Asaiからのインフォメーションでホテル近くの「雰囲気あるエリア」へ。どれどれ、、、日本家屋でもならんでいるのかいな?と歩いて行くとそこには一面ピンクの看板が。そう!そこは、日本でも有数の風俗街「福原」でした。。。。客引きがうるさいので、ダッシュで退散!翌日はオフ!

兵庫と言えば、何か忘れていますよね。そう翌日は世界遺産「姫路城」! アーンド「明石焼」!

2008/03/12

和と西班牙の交流

僕の愛する国「日本」。僕の一番好きな国「西班牙(スペイン)」。この二つの文化が先週日曜日に交わりました。

先日から、お茶の先生をやっている妻が生徒さんに着物の着付け教室を我が家で始めています。この話を、友人Mr.Juanにしたところ、妻のMs.Andreaが着物の着付けを習いたいということになり、では教室を開きましょうという流れから、Mr.Katsuyaがトルネードを生み出し・・その結果

「午前中着物の着付け教室  午後スペイン料理を囲むParty@Mr.Juan's house」 という流れになった。この着付けには、Mr.Andreaの友人Ms.Yukoも参加。このYukoさんは芸術家でありまして、とっても素晴らしい作品を創りだしておられます。いつかこのサイトでも紹介したいな。

妻が着物を教えている間、男性陣は子供達と午後の食事のため買出しへと出かけました。4歳のサムと2歳のアキラ君との買出しでは、初めて子供と手をつないでゆっくりと道を歩きなんだかとっても自分の子供とだったらどうなんだろうなどと想像してしまう興味深い時間でした。

そうそう、このJuanのお家は代々木八幡にあるのですが、初めてだったせいもあるのか、町の雰囲気や静かな通りに感動しました。とっても良い所ですね。たしかあの辺りには、誰か住んでいた記憶が。

家に戻ると、男性陣は食事の支度。スパニッシュのつまみ(TAPA)を作って、パエリア用に具材を切って。
でも僕は途中で飽きて、子供達と大はしゃぎ。

着物を着るという行為は、日本人でもそうそうあるわけではありません。ですから、Ms.Andreaがどれだけ感動したかは想像に難くありませんね。逆に僕は、パエリアを作るところをみる機会等皆無でしたから、魚の頭でだし汁をつくって、パエリア専用のフライパンに足していくというのがとても感動でした。パエリアフライパン欲しいですね。いくつか写真をとったので、明日にでもアップしたいと思います。


ちなみに、その前日はMr.Konchi主催の「Latinの会」でした。サンバにサルサにジャズを本格的にやっている方々から、ニュージーランド、フランスという国々からも参加。とっても国際的な集まりで、みんなと会話できませんでしたが、帰り道はとても心持ちが良かったです。その写真も明日アップします。

世の中には、知らなくてもいいけど知っていたら人生が楽しくなる事って沢山ありますね。

2008/03/09

柳生の里はすごかった

免許の更新を忘れていました。2月18日が誕生日なので、3月18日までに行かないと。明日いってきます。しかし、日本に帰ってきてから一度も事故していないのに、また試験場で2時間の研修とは。。なんで?

さてさて、奈良の旅ですが、かなり後日談となってしまいましたが、地元の人は知っているけれど、奈良観光という観点からすれば普段行かないであろう場所に連れて行ってもらいました。(Photo:東大寺/鹿君)

まずは奈良において市町村合併の際も「村」を維持しようと立ち上がった「山添村」。こちらには、神野山と書いて”こうのやま”と言われる山があります。近畿地方には、高野山(こうやさん)、交野山(かたのやま)と呼ばれる山々がありますが、どこか似ていますね。この神野山も別名”かみのやま”と呼ばれているようです。昔の人々は、呼び方に漢字を後からあてはめる事も多かったようですから何となく自然信仰にまつわる共通点があるやも知れません。昔は平城と書いて”なら”と呼んでいて、奈良はあとから当てはめたとか。。(神野山の石群)

さて、この神野山。古代文明にまつわる謎がある場所です。大きな石が川のようにおいてある場所の近くには、その川を天の川と見立てた場合にベガだったりアルタイルだったりという☆の位置そのままの場所に巨大な石が転がっていたりするようです。そして室町時代からはじまったその巨大な石を祀る神社なども。(岩をまつる神社説明文)

そんでもって、一行は大和野菜のおいしい料理を食べに「清澄の里 粟」へ。山芋にもいろんな種類があるんですね。気持ちの良い田園風景の見える高台で少量ずつ食べるのはとっても贅沢な気がします。さて美味しいお野菜を食べながら思った事があります。今回この旅で「奈良もっと知ってもらいたい」というアツい志の方々と共にして「地域を盛り上げる」言葉に二つの意味合いがあるような気がしました。(写:粟の店内、紅大根、アート)

一つは「より大勢の方々に知ってもらいきてもらいたい」。そしてもう一つは「より深く知りたいという方々に来てもらいたい」という気持ち。これは飲食等にもみられるジレンマなのかもしれません。大勢の一見さんがくる事によってリピーターが去って行くみたいなものでしょうか。上手い言葉がみあたりませんが、観光バスのルートの一つに盛り込まれれるよりは、そのスポットの価値を分かる人やとっても興味の有る人に来てもらいというような思い。観光って奥深いですね。

さて、この日薬師寺を最終観光地点として、同行したターニャとはお別れ。残念ながら2月末に半年の日本での勉強を終えドイツに帰ってしまいました。沢山の思い出と素晴らしい日本語を覚えて。
(写:ターニャと)

翌日、僕は奈良の中心から電車で行ける範囲内で興味深い所として柳生十兵衛で有名な「柳生の里」に足を運びました。この山里では、雪が降っているのに晴れているという「天気雪」なるものを体験。また、柳生宗厳から柳生宗矩(但馬州)といった数々の歴史上重要な役目を果たした人々のお墓なども歩いてきました。日曜日の朝早い時間だったからでしょうか?すれ違う観光客は1人だけでした。この柳生の里は近鉄奈良からバスで50分ほどで行けます。この場所にも、石を祀る神社がありました。(写:2m級の石達、柳生宗厳が切ったという伝説の岩、定番)

ちょっとスピリチュアルな話になってしまいますが。数々の不思議な体験を古戦場などで得てきた僕ですが、柳生家のお墓では、そのエリアに入った瞬間に物凄い圧迫感を得ました。これは、思い込みなのかもしれませんが、とっても力強くそよそよとした空気であります。まぁ目で見えるものだけが、全てではないという言葉もありますので、多くは語りませんが何かあってもいいんじゃないでしょうかね。

2008/03/05

確定申告で、、、、

すいません。今確定申告シーズンでしょ?

僕も一応は個人事業主なので、面倒くさいですがやっておりまして、、、

それで、、、、はい、、、、奈良の事書きたくても、お金の計算があわなーいのでしばしお待ちを。

なにが、企業にお邪魔して「 あーーー人件費が圧迫してますね!」だっつーの。

自分の事もしっかりできないくせに。なーんて自分を責めつつ、一昨年よりも良い数字で少しにんまり。


ちなみに仕事用にスーツを買ったのですが、これって勘定科目で何になるの?雑費? 
本は雑費?

助けてー。

2008/03/02

奈良のイメージキャラクター

ターニャに京都で一番みたい場所を聞いてみました。帰ってきた答えは「金閣寺!」。やはり、Golden pavilionは人々を魅了してやまないということでしょう。僕は三門をみたいので、やはり仁和寺はゆずれません。

ドイツ生まれスペイン育ちのターニャにとって、この京都という町はどのようにうつったのか、東京に半年住んだ感想等はどうだったか、この旅の間中様々な場面で聞いてみました。

僕が旅で思う事は、「旅は出会う人でいかようにも変わる」という事。ターニャは、来てすぐにインターンシップ先がみつかり、日本を知ってもらいたいと思う日本人や日本で暮らす外国の方々と触れ合い、東京という町に凄く良いイメージを持っているようです。ただ僕は良い面と悪い面の両方を知ってもらって合計してプラスのイメージの方がより日本を好きになってもらえるのえはないかという思いから、生活する中で見えてくる日本の生活における嫌な部分についても色々と話題として取り上げてみました。

ちょっとシリアスな話題になっても、仁和寺から嵯峨野の竹林、野宮神社、金閣寺という道々は本当に気持ちよく、なにはともあれ日本は奥深い温かい国だという事で結論がでてしまいましたが。

京都の短時間の旅は終了し、二人は急いで「奈良」へ。奈良は2010年に遷都1300年を迎えるということで、いま物凄い盛り上がっています。ドラマ鹿男うんたらもやっていますしね。翌日に、観光ガイドにはなかなかのっていない場所を巡るということで、午後から夜にかけて、東大寺の大仏からお水取りをやっている夜の二月堂+夜8時の東大寺の鐘の音を聞くというコースを回りました。

東大寺の鐘の音。この鐘辞退1300年もの間変わらぬ形でここにあるとか。鐘つきは、先祖代々ある決まった家系の人がつくようです。夜8時前になると、その鐘楼にやってきて、8時に向けて準備をします。そこにはものすごい神聖な空気が漂います。

夜8時・・・「ゴーーーーン」と始まった鐘の音は、何度もなんども柔らかにしなる体の持ち主により、撃ち響きとおくの町まで届いているのでしょう。しかし、その鐘の音は間近で聞いている僕らにも、決して耳をつんざくような音ではなく、とても柔らかい音です。

古くは710年にうまれた平城京の町。もっと古くには、大和の卑弥呼がいた土地である奈良。遷都1300年をおおいに祝ってもらいたいと思います。
そんな奈良のイメージキャラクターがコチラ。



大丈夫でしょうか。いいのでしょうか。

地元の土産店の方にも聞いてみましたが、反応は・・・・

まりもっこりのようにブレイクを狙っているのでしょうか。
だとしたら、こいつは問題だぜ ルパン。