2008/02/29

京都の旅 with ターニャ

スペイン人の友人を通して紹介を受けたスペイン生まれドイツ育ちのターニャさん。彼女は、日本の文化が大好きで日本語を学ぶために去年の夏から半年間、大学を休学して東京にきています。今回の京都・奈良の旅は、日本人と外国の人が旅をして何を感じるかのギャップをしりながら、ふらりとあちらコチラを見る事が目的です。これは今僕がアドバイザーとしても参加させてもらっている日本の良い所を紹介する英語サイト「Japan Hopper」の企画の1つとして行ってきました。

京都で与えられた時間は、21日の午後と22日の午前中のみ。この短時間で初めての京都をどのように楽しんでもらうかを一所懸命考えました。あれだけ見所のある町だけに、テーマが大事だということで今回僕が決めたタイトルは「三門と世界遺産」。正直タイトル通り、僕が見たいという思いの方が強いかもしれませんが。

ということで、まずは新幹線へ。やはり”旅のはじまりは駅弁”ですよね? 朝8時前の新幹線で日常でこんなにガッツリ食べないだろうというくらい「東京弁当」をがっつきました。この弁当は高いですが、内容は割と凝っているので楽しい感じです。駅弁のおすすめがあったら教えてください。


外国の方々は歴史的な町並みを期待して京都に足を運ぶ人も多いのですが、あの京都駅のロボットみたいな大きさにかなり萎えるようです。京都駅は絶対ロボットに変形しますよ。さて、時間も余り無いのでこの日は東山エリアをせめてみました。まずはジャブ程度に世界遺産「慈照寺」へ。そう、銀閣寺ですね。現在改修中でした。小技の聞いた「苔」の展示は笑えます。そこから「哲学の道」を30分歩いて京都五山の頂点にたつ臨済宗南禅寺派の総本山「南禅寺」へ。ここに三門の一つがあります。かなり力強さを感じる門。疎水が行われた水道橋も忘れずにみました。

(途中狛ねずみで有名な大豊神社に寄って)そこから浄土宗総本山「知恩院」へ歩いて行くと、三門の二つ目が出迎えてくれます。この門は南禅寺の門とちがって華やかな感じです。かつて着物を着た祖母と急な階段をのぼった思い出のある場所で、自分自身も浄土宗だけに思いが強い場所ですね。ここには「知恩院7不思議」なるものがあるとか。へぇー。歩き疲れて途方に暮れていると、時間は16:00前。寺巡りでついつい忘れがちなのが時間で、神社仏閣は多くが16:30〜17:00には閉まる事をふと思い出し、いそいで南下。ターニャと二人、参道でスナックを食べ、八つ橋を片っ端からつまみ食いをしてお腹を膨らまし、いざ清水寺へ。

出張では度々きていても、実に10年ぶりの京都観光。変わらない町並みだとおもっていたら大間違いで、清水寺の参道にあるお店は随分変わっていました。また、参道の人々は僕とターニャの組み合わせがとても気になるようです。16*cmの僕と175cmのターニャ。英語で説明しているかと思えば、日本語で質問してきて、スペイン語で回答する。ここに和服の妻が加わったら、僕は捕らえられた宇宙人にみられるでしょう。

ターニャとのやりとりで気づく事は、今いる寺がどこの宗教の総本山だとかいうよりも、この寺が何のためにこの場所に存在しているのかが気になるようです。近所の稲荷神社やお寺や神社などは生まれる前から常にそこにあって、歴史的背景は分かっていても、何故そこに建てたのかという所までは多くの人が知らないでしょう。というよりも当然そこにあるものという意識が強く疑問すら持たないかもしれません。異国の人と旅をする事による再発見の旅はまだまだ続きます。明日は最後の門のある仁和寺へいきます。

2008/02/21

新たな旅へ!

本日は僕がライターとしても参加させてもらっているCNET主催のテクノロジーベンチャー企業のアワードに参加してきました。写真は撮りましたが、諸事情によりアップ出来ませぬ。

声の仕事だからITとは全く関係ないとは思っていなくて、IBM,NASDAQと歩んできた経験や人脈を活用させて何らかの形でITベンチャーの役に立ちたいという思いから参加させてもらっています。現在テクノロジーをベースとして活躍されている10社が表彰され各社10分のプレゼンテーションを行いましたが、すべての会社のプレゼンの中に様々な気づきがありました。表彰され壇上に上がった社長さん達もすばらしいのですがそれ以上に、多くの方々から評価され、ビジネスのコアとなっている技術を生み出した技術の皆さんにとって素晴らしいモチベーションアップのアワードだと感じました。

僕もこれから3月までは確定申告がまっているのでばたばたしますが、これを超えたら新たな事を始めたいと思います。既に具体的な話があるのですがそれはおいおい。

夜は、お世話になっている方々との月島でもんじゃ会。やっぱりお江戸はもんじゃですな。

とまあ、深夜にして改まることもなくって、先日書いたようにカンボジア・ベトナム旅行日記が終了して間もないですが、明日から「こだまんの京都・奈良 3泊4日の旅」が現実的に始まります。これ、遊びではなくて仕事の一環なんです。ECナビのモットーである、「遊びは真剣に。仕事は遊び心で」を僕も掲げてちょいと「ふらり」といってまいりまーす。

取り急ぎ明日は京都から攻めてみます。行く予定の場所はたくさんありますが、まずは東側から攻めます。とりあえず、京都三大門(南禅寺/仁和寺/知恩院)はすべていくつもりです。京都の美味しいお店の情報をお待ちしております。(とはいえ明日21日一泊だけですが)

2008/02/19

ワオ!手作りケーキ!

カンボジア・ベトナム旅行記も書き終わりましたが、その間数週間の出来事で書きたい事が沢山あります。でもまずはこれ。

2月18日は僕の誕生日でして、前日の17日に妻がショートケーキを作ってくれました。ケーキと言えば、ババロアかショートケーキが大好物でして、できればババロアを。。。。と言った所、軽く却下。しかし我が家のパティシエはそれ以上の傑作をシフォンケーキを作る所から夜なべをして作業。その傑作がこちら。17日は着物の着付け教室を我が家でやるというにも関わらずこの気合い。愛情に感謝です。最高!


毎年お互いの誕生日を祝う場所は、とある中華料理屋さん。ここで結納の代わりとして食事会もやったりと何かとイベント毎で使わしてもらっている場所。お値段はけっこうするけれど、僕達にとっては一年に二度しか来られない特別な場所だから、思い出作りには最高であります。言い忘れましたが、味も四川の辛さや食材を生かした味付けは毎回感激です。松岡修造さん的表現をすれば「小倉さんがすごいという100倍凄いです」という位美味しい。(このエビチリがうまいんだよねー)


今回は運良く北京ダックも食べる事ができました。そしてお土産に「桃まんじゅう」。ここのお店は飲茶も有名で、お昼は行列ができます。ミッドタウンができた事もあって、更に混んでいるよう。

物欲はあまりないし、人の誕生日を祝うのが好きでも、自分の誕生日を祝われるのが恥ずかしい僕にとっては、心のこもったケーキと脳天を突き刺す麻婆豆腐の辛さはとても思い出深いものとなりました。

あっ!今週末の仕事で行く京都・奈良の世界遺産巡り。場所決めないと!

2008/02/15

カンボジア・ベトナム旅行記 最後

最後だけに長いです。 そうそう!2/18本日33歳になりました!

何泊したのかな?最後の日はベトナムハノイの空港を深夜0:20に出るからいまいち何泊何日が明確じゃない。最終日の前日は、フエからハノイに戻りお土産を買う事にした。コチラは土産物としてシルクが有名だけど、ハノイから北部に行ったサパという場所に少数民族が住んでいて、彼らの服装は非常にユニークである。そのサパの民族織物を扱っているお店「SAPA」にて土産物を購入。ハノイの街には、浅草のかっぱ橋のように専門店が並ぶ道が多いので分かりやすいと思う。シルクのお店が多い通り、家庭用キッチンの通りにおもちゃ専門通りなど。とはいえ、どこも似たような雰囲気だけど。(写真右下:ホーチミン廟前にて少数民族らしき人)

旅行も終盤になるとさすがに毎日食べているベトナム料理に飽きてくる。色々な店に行くのだけど、食べるのは具材は変えたとしても何となく似ている感じ。定食屋でいうなら、野菜炒めを食べた翌日はレバニラ炒め。その翌日は、肉もやし炒めを頼むといったようだ。何度かイタ飯も挑戦したけど、味は☆1つ。地球の歩き方は別名「地球の間違った歩き方」とも言われているように、これを信じているだけでは楽しめないだろうと、素敵なお土産をかったお店のお姉さんに「あなたがオシャレだと思う美味しいお店を教えて」と、ハノイの有名な教会近くの「La Place」というお店を教えてもらった。フランス料理風のクレープを使った料理に、マンゴーとチキンのカレーなど「おおおお!超うまいじゃんか!」と感動してしまった。
(ホテルでドラゴンフルーツ完食!)

僕らなりに最後くらい豪華にしようと泊まったシェラトンは、繁華街からは少し離れている。でも、タイ湖に面したとても素敵な場所にある。翌日最終日は、朝7:30からこの旅最後の世界遺産「ハ・ロン湾」に行く事にした。コチラには小さな旅行代理店が沢山あって特に[Sinh Cafe(シンカフェ)]はあちらコチラにあってとても便利である。ここで一人25ドルで日帰りハロン湾ツアーを前日に予約しておいたので、お店前に集合してミニバンで移動。ハノイからハロン湾まではおよそ4時間位だっただろうか。爆睡していたのでよくわからないけど昼頃に到着した。

ハ・ロン湾は石灰岩で出来た島々が海水の浸食を受けて珍しい形になっている。この景観が世界遺産に登録されてから毎年多くの観光客で賑わう。その反面、観光客が増加して船が行き交い、石灰岩が資源として採取されるため環境を破壊しているという現実もある。何とも矛盾している話だ。

船に乗って4時間の旅には、途中昼食と鍾乳洞観光が含まれている。これまでにも多くの日本人が訪れているから、様々なブログ等で評価がされていて「つまらなかった」という記事も多く見かけた。でも、価値観は人それぞれだし、一般的に面白くないものが自分にとって最高に面白いものだったりするのだからと今回の旅に加えたのである。昼食前に船は1つの”いけす”によった。ここにはハロン湾でとれた新鮮な魚介類があり、観光客は購入した魚介類を船のシェフに頼んで好きなように調理してもらう事ができる。なかなか粋なサービスでしょ?

ランチは一緒に船にのったハンガリー人のおじさん二人やドイツ人のカップルらとテーブルを囲んだ。ハンガリー人のおじさんのギャグに大笑いして、彼らが寒いからと持ってきたウォッカを回しのみ。しばらくすると鍾乳洞につき下船。ここでもハンガリーのおじさんとおしゃべりしながら回る。僕らとしては短時間でも非常に面白い場所だった。旅は道連れ、世は情けとはよく言ったもんで、その後ハノイまでの道のりも楽しかった。

帰りももちろん4時間かけてハノイへ。ハノイに着いたのが19:30過ぎ。残り少ない時間はフエに電車で行く前に食べた「リトル・ハノイ」にてディナー。とはいえ、一度シェラトンに戻ってバッグをピックアップする時間も考えると、そんなに時間は無い。東京から成田程離れてはいないけど、ハノイ空港には市街地から30分はかかる。急ぎフォーをかきこみ空港へ。空港内のショップもベトナム各地の街と同じく、似たような店が並んでいて、しかも同じ商品が右と左で値段が違う。1ドルの所もあれば3ドルの所もある。これがこれから発展する国の面白いところなんだろうなと思いながら、10日間近くのカンボジア・ベトナムの旅を終え早朝の成田空港へ向かった。

この度で4カ所の世界遺産を回った。その中には「これが世界遺産?」という場所もあったけど、改めて世界遺産の価値を考え直せば、「その国が価値あるものと考えて、将来的にも保存していくべき不動産」である。「その国の人々がその世界遺産の対象物を大切に思っている理由は何か?」という歴史的、文化的な背景を探っていくことが世界遺産を見て回る大事なポイントなのではないかと思った。カンボジアのアンコールワットの遺跡群の多くかつてはタイとベトナムにも勢力を伸ばし、近年ではポルポト政権下で占拠され破壊され、大勢の遺跡技師が理由無く殺された。ベトナムのフエの王宮にはアメリカ軍が立て立て籠り、ホイアンの街は今なお満月の夜を楽しむ古くからの行事がある。これらの世界遺産を価値ある者と決めた人々の思いはなんだったのか?これを探るのが僕らにとってロマンなのだ。

新婚旅行としてはハードだったけど、こういう背鞄族的トラベルは面白い。それが二人でとなればもっと面白い。次はどこにしようかな? マチュピチュ?イースター島?ガラパゴス?まずは来週奈良に仕事でいってきます!ちなみにハ・ロン湾がめちゃくちゃ寒くて二人とも日本に帰ってきて風邪をひきましたとさ。

2008/02/11

カンボジア・ベトナム旅行記 7

長い事書いてきましたが、帰ってきてからも色々あるのにカンボジア旅行記で書けない事もおおいので、これを含めてあと2回で終わります。

かつて宮廷のあったというフエの町を堪能した2日間を終え、翌日はフエから車をチャーターし3時間半のところにある「ホイアン」に向かった。この町は、16世紀以降様々な国との貿易の拠点となった町。もちろん、日本との貿易もあり、世界遺産である「ホイアンの古い町並み」には16世紀に日本人がつくった「日本橋」も含まれている。多くの観光客がベトナム旅行の中でこの町に来る理由にはもう1つあって、スーツやシャツ、ドレスにベトナムの女性の正装である「アオザイ」等を作る職人がたくさんいてそれを目当てに来る。(写真の豚は生きている)

この旅の前には、フエとホイアンの間にあるダナンという町に宿泊してそれぞれの町に行く予定であったが、ダナンには観光名所がほとんどなくリゾート地であるという話を聞いていたので、フエを拠点にホイアンへの日帰りトリップを企画したわけである。寒い寒いフエの街をでて海辺の町ダナンを過ぎてくると気温は一気に上昇。ダナンからホイアンへの途中でまず「五行山」(マーブルマウンテン)に立ち寄った。ここは、陰陽五行説にならい、「木・火・土・金・水」と名前のついた山々が連なり、それぞれの山に洞窟を作り仏像が彫り込まれている。この場所で、日本からのピースボートの人々に会った。ピースボートは一人130万円位の予算で参加し、船で世界一周の旅をするという。様々な国の港に船が着いたら、出発時間まで観光するも良し、途中下船をして他の国を回り、どこかの港からまた合流も可能という面白いシステムの旅である。その中の一人の人と会話をしたら、船はその日にベトナムに辿り着いたということであった。
この五行山の観光は、階段も険しく洞窟への出入り口も小さくて結構大変。妻は頭をぶつけていた。この辺りは石がとれるらしく、石像の販売なども栄えているようだった。こちらの人はとても器用だな。(写真:仏像と一緒に笑う)

ホイアンはそこからおよそ40分。田園風景を抜けた場所には、200年前の町並みそのままがのこっていた。「なるほどこれが念願のホイアンか」と思いながら,時間はすでにお昼。お腹もすいたので、ホイアン名物のうどんと餃子のような食べ物をGETする。旅ではその土地の名物を上手かろうとまずかろうと食べるのは面白いし、この旅では95%の確率で美味しいものにあたっているので積極的にオーダーできるのも更に楽しい。狭い道が多いのと町自体が大きくないせいかこの町には比較的バイクが少ない。そしてとても暑い。山1つ越えた向こう側とコチラがで何故に10度以上も気温が違うのか?熱射病になりそうなくらいに暑い。町の至る所にオーダーメイド服専門店がある。多くの人が、雑誌を手にして店にやってきては、このデザインでこの生地でこの色でとオーダーをしていく。ある程度のものは2日間くらいで出来てしまうんだとか。刺繍の技術が凄いのはかつての日本で養蚕業が栄えたのと同じように国が推進し援助している。(写真中:ホイアン名物)

この町の経済は観光が主。この時期はヨーロッパからの旅行客特にドイツとフランスからが多い。歴史博物館では数百年前に書かれた日本語に触れ、橋をみては古き日本人の思いに触れる。「あーノスタルジック。」なんて考えて歩いていると後ろから「ビーービーー!」とバイクにクラクションを鳴らされる事しばしば。(写真左:野良犬ハチ公)

ぶらぶらしているうちに早くもフエに戻る時間。「ここに一泊でも宿泊できたら良かったな」とぽつり一言でてしまう。そうそう、この町には毎月特別な日がある。満月の夜には街全体が電気を消しランタンで過ごすのだとか。この町在住の人に話を聞いたら、彼女もこの満月の夜が大好きだという。素敵だね。でも夜のホイアンはまだ見ていない。

はいはい。もう帰る時間。Orchid hotelに夜19時にたどり着き、近くのレストランで食事。流れる曲は、石川さゆりの「津軽海峡冬景色」。あーノスタルジック。トゥクトゥク(シクロ)のお兄ちゃんは、店に客がいると、店の前で張っていて、出てくるなり「シクロ?」と聞いてくる。これがいい加減うるさい。一度、店の前で体の不自由な人を装って物乞い風に帽子を差し出して[ money money] と言っている人を見た。この人は5分後にはちょっと離れた場所で、自分のシクロにまたがっていた。シクロは比較的要注意だ。

翌日は飛行機でハノイ入り。最後の宿泊先に選んだのは、一応新婚旅行なので豪華に「シェラトン」。この1泊分で、これまでの5日分の宿泊代と同じ。わお、わんだふぉー。次回はラスト世界遺産「ハ・ロン湾」です。 (最後の写真は線路沿いに住む人々in ハノイ)

2008/02/07

カンボジア・ベトナム旅行記 6

さてさて、長い事続いてしまっていますがここからはベトナムの旅の続き。(まあ二人の思い出日記ということでご理解ください)
新婚旅行だというのにバックパッカーのような旅が続いている。正直ベトナムの長距離電車はこりごりだ。朝10時半過ぎに細長いベトナムの地図の真ん中あたりにある「フエ」に到着。ハノイの喧噪から逃れたいという思いが強かっただけに、ベトナムの京都とよばれるフエの駅前は比較的静かで今後が期待できた。この街には、10世紀にチャンパ王国が誕生してから、20世紀中頃までグエン朝が存在していた場所。かつてアンコール朝の支配圏にもあっただけに、今でもこのフエからアンコールワットへの道が続いているという。最近まで王朝が存在していたため、現在でも中国にある紫禁城の3分2の大きさの宮廷が残っておりここが「フエの建造物群」として世界遺産に登録されている。とはいえ、フエはベトナム戦争の激戦地。宮廷の中の、建造物の多く戦争により壊されて、壁にはいまでも大砲や銃でできた穴やくぼみが残っている。

泊まったホテルは「ORCHID HOTEL」という5スターだけど一泊45ドルのお得感たっぷりのホテル。しかも、ロケーションは美味しいレストランの集まるエリアというだけに、気持ちも高ぶっていた。駅からホテルからの迎いの車にのせてもらいホテルへ。なんとスィートを用意してくれていた。小さいけど、この旅で一番の思い出のホテルである。疲れていたのでしばし衣類の洗濯&休憩の後「王宮」を見に旧市街へ。バイクタクシーやトゥクトゥク(こちらではシクロ)もあるけど、まずは歩いて川を渡った先の旧市街へ。小さい街だとおもっていたら旧市街だけでもかなり広く、王宮の左側の門まで行くのに1時間程度歩いただろうか。静かな街という印象は撤回。ここもハノイとおなじく「超うるさい!」。

さて、夕方になっていたので中を観てまわろうと思った矢先に気がついた。「無い!カメラのカバーが無い!」。ついさっきまで手で触ってたのに、今は無い!どこに?すると先程からしゃべりかけてくるシクロのおっちゃんが僕らが明らかに焦っているのに一言。

「カメラケース?1ドル払ったらのせてあげるから、今きた道を探そう!」ー「結構です。」
「高い所からみれば見つかるよ!」ー「結構です」(っていうかこのおっさんがメチャメチャ怪しいぞ・・・・)
・・・・それから2時間程度だろうか。きた道を2往復し、川も調べたけどみつからなかった。カンボジアの遺跡でとったメモリーカードに新しく買った2GBのメモリーカード。ガックシとほほである。

この日はフエの建造物をみられずに、気を取り直して(僕は終始落ち込んでいたけど)王宮料理を食べにレストランへ。不幸の後にはラッキーもあるのか、たまたまテレビの取材が入っていて、王宮料理のフルコース全てと観光客が宮廷料理を王さながらの格好で食べられる行事も見る事ができた。(かなり恥ずかしい)

翌日は朝からもう一度落とした場所を探した後、世界遺産の建造物群と最も栄えたトゥドゥック帝の廟を見て回った。旧市街はうるさかったけど、新市街はもっとうるさい。フランス支配のお陰で道路は整備されていて、ヨーロッパのように右回りでぐるっとまわるような6叉路があっても、何台も逆行している。いちいち「危ない!」とか思っていたら気がおかしくなるので見ない事にした。天気は雨のちくもり。80円位で二人の雨合羽をGETしてこの日も結局歩いた歩いた、くったくたである。湿気ているもんだから、洗濯物はまったく乾燥する気もなく、部屋にて3時間程アイロンで洗濯物を乾かすことに。映画を見ながらアイロンがけは、良い思い出だ。

そうそう、旧市街で思った事。まぁカンボジアでも思ったのだが、こちらには野良犬もたくさんいるし、番犬は結構良い仕事をしている。街角で犬の監視にあうなんてことはままある。フエはこの旅の中で、リラックスする場所という設定でもあるのでノーンビリしたいのに、街はうるさすぎる!(最後の写真は漢方薬屋さん、右端にトカゲの瓶が!)さて次回は、フエから南に下った世界遺産ホイアンの町並みをご報告します。この度で、残る世界遺産はあと2つ。

2008/02/04

カンボジア・ベトナム旅行記 5

前日の金縛りは忘れ、気持ちを切り替えてこの日ベトナムはハノイの街を散策。でもその前に、35度のカンボジアからハノイの14度は寒すぎる。しかも日本からはロングTシャツ二枚しか持ってきていない。っていうわけで、街を歩くためにもまずは一着買うべくホテルで情報をゲットして市場へ。っていうか、ハノイがこんなに寒いなんて聞いてない!(行く前にしっかり調べましょう。)なんでもハノイは他の場所にくらべ四季があるんだとか。

まずはドンスアン市場へ。ハノイの街へでて思った事。その1バイクが死ぬ程多い。その2超うるさい。信号があまりない通りでは、多くのバイクが並んでは知っている所に、反対側からバイクがつっこんでくることは日常茶飯事だし、自分の存在を示す意味でも車もバイクもとにかくクラクションをならしまくる。細い通りでも同様である。そんなハノイは、ホアンキム湖という小さい湖を中心に旧市街が広がっている。観光もショッピングも基本的にはこの辺りに集中していて僕らの泊まったホテル[Hong Nhoc 1 ] (1泊45$位)もこの湖近く。ここから北方向へ歩く事20分。ドレスアン市場へ到着。現地の人々が直材を調達する場所だけに混雑している。ここで、10$程度でそれぞれ上着を購入。なんだか、ゲームをやっていてレベルアップした気分。

「コダマたちは 綿の上着を購入した」 チャララッチャッチャッチャー(ドラクエレベルアップ)

いずれにしても、夜23時にフエ行きの電車がでる。それまでは、ハノイを見て回ろうととにかく歩いた。騒音もバイクも気にせずに闊歩。と割と静かな通りでベトナムコーヒー屋を見つけた。ここで一杯。二杯で50円位。安いな。街は正月にむけて盛り上がっているのだが、何処の店をみても何となく売っている物が似ている。日本の田舎街にいくと、隣同士でタバコとお菓子、土産物が売っている光景を見かけるがソレと似ているものがあった。


正直、カンボジアの遺跡巡りの印象が強いせいか都市化がすすむハノイに驚きはなく、電車待ちで時間つぶすという意味合いの方が強かった気がする。夜23時に向けて、ハノイの駅へ。いよいよこれから11時間かけてフエだ。電車に乗る前に若者が一人が荷物を持ってくれた。かれは中国との国境近くにある少数民族が住む「サパ」の出身だと言う。そしてチップを上げようとするも「僕は親切心からやっただけだからいらないよ」という。いいやつだ。

さて、この電車。テレビ「世界の車窓から」のように綺麗なイメージがあるが、座席はたたけば凄いホコリだし、電車内は深夜だというのに、出発前からしばらくベトナムの音楽が爆音でかかっている。これはキツい。周りはみんなベトナム人。こちらにきて思う事は、家族の結びつきが濃いなということ。若い女の子がおばあちゃんと一緒にのってきて、となりの人に「おばあちゃんが**駅でおりるから、その際は棚の荷物をおろしてくださいね」とか「おばあちゃん元気でね」とか言っているっぽい。電車はハードベッドとソフトソファーが選べるのだが、ソファーつまり写真のような単なるリクライニングの椅子の方がいいらしい。

この日は、ハノイの「リトルハノイ」でディナー。ここで初めてフォーを食べたが、うまい!うまい!なるほど、多くの友人が「フォーはうまい」と言うわけだ。パクチーもだんだん慣れてきた。翌日朝10時には世界遺産の町並みが広がる「フエ」につく。5つ星ホテルで一泊$45という破格のホテルも興味深い。初めて音を貼付けてみました。ちょっと重いですが、最後に妻が録画したハノイの街の映像をどうぞ。 video