2008/01/30

ITベンチャ-スポーツ大会だったのだ!

カンボジア・ベトナム旅行記 ベトナム編に行く前に1つご報告。

先週土曜日に巣鴨の体育館で「ITベンチャ—スポーツ大会」が行われました。僕もMr.Katsuyaのお誘いを受けて参加してきました。このイベントはネットの告知・公募で参加チームを募集し、結果集まったのは60チーム弱。5人で1チームですから300人近くのIT 関連の企業で働く社長さんや社員の皆さんが集まったわけです。我がチームは、ベンチャ-キャピタリストのMr.Kariyazono,Mr.Imano,Mr.Honma,Mr.Ide そしてMr.Katsuya +Kodamaという混合チーム。(写真は勝屋さんからのものを掲載)僕はタイツがなくて、写真は海パンと上着の下からのぞいているのはサーフィン用のタイツ。(笑)

では内容は?何をやったか?
まずは1チーム毎で得点を競うべく4種目に挑戦。セパタクロー/フリスビーストラックアウト(1〜9のマスを狙うやつ)/長縄とび/腕立て伏せ(5人の合計) という内容。

セパタクローはなんとセパタクローの日本代表が各チームと戦ってくれたのであります。さて、後日談ですが、このセパタクローの選手の中の何人かは現在僕がラジオ番組を持っている熱海にある某ホテルで働いているという事が分かりました。何故分かったかというと、ラジオ局の別のDJが先日彼らに日本代表としてインタビューをしたからであります。(新聞にものっていた)あらかじめ知っていれば、話かけられたのにー。この4つの競技が終わると、今度は赤青黄緑の4つのグループに分かれての団体戦。競技は3つ。

5人6脚/ドッジビー(痛くないフリスビーでドッジボール方式/リレー

いま、最後の種目みました? 「リレー」ですよ! 足には自信がある僕にとっては、この日のこの種目に生き甲斐を感じていたわけであります。5人6脚もドッジビーも僕たちのいる青組が勝利して迎えた「リレー」。これは各チームから代表選手を1人出して、1グループ13人程が走ります。青組はアスリートが多かったんだと思います。僕にくる前に1位だったのでとりあえずぶっちぎりまして、リーダーにバトンをつなぎ青組勝利! 「これで終わりだ」と思ったら、主催者がひと事。

「もう一度今度は各グループの速い5人でリレーを競ってもらいます」ですって。こっちは、運動不足でMAXターボしちゃったから、ガソリンはありません。辞退しようともったら、女性群も「出て!」と言ってくれている。アメフトの時から応援されると燃えるんですよね。ばりっと走っちゃいまして、今度はアンカーをやらせてもらいました。青組は兎に角凄いんです。こちらも勝利を飾り、見事団体戦で優勝しました!終了後、ストレッチをして閉会式。

この日のトップ10位に賞品がおくられました。なっ!なんと、僕たちのチーム「チームKatsuya」が見事50組以上いる中8位。任天堂DSの漢字検定ソフトを頂きました。
その発表の頃、僕はといえば、元100m東京都一位の足をいかせた事をよこびながらも、酸欠による吐き気と全身がつりまくっている状態。ある種死地を見た気がします。そんな中「児玉務」と名前をよばれました。そうなんです、300人の中から見事個人賞[MVP]を頂きました! ワオ! 頂いた賞品は、三菱電機の加湿空気清浄機の一番良いやつですって!皆の協力と自分の足に感謝して、終わりました。まだまだ足は衰えていませんよ。(この後本日木曜日までほど筋肉痛をひきづっております)

大人が子供になった気分ではしゃげるこういう機会をもらった事に超感謝でございます。みんないい笑顔でした。運営スタッフの皆様お疲れさまでした。そして我がチーム、今年は11月に第2回があるとか。次は優勝狙いましょ!

2008/01/28

カンボジア・ベトナム旅行記 その4

報告したき事が1つありますが、その前に旅行記(前編)カンボジア編を終わらせてしまいましょ!(写真はクリックで大きくなります)

この何日間か遺跡巡りをする道々で国道沿いに並ぶボロボロの家々を目にしてきた。市街から離れれば離れて行く程ボロボロになって行ったような気がする。しかし、ドライバーのサム氏は「この辺に住んでいる人は、貧しいといいながらもまだ恵まれている方ですよ。彼らは、田畑を耕し、バナナを収穫し米を作り暮らしています。」そんな事を話していると、走っている車の横を、生きている豚一頭を後ろのかごに縛り付けてバイクが通り過ぎて行った。稲作には牛が一役買っており、道々牛が放し飼いになって、国道を横切ろうとする光景も観る事ができた。

「このあたりよりも、よりひどい光景を明日目の当たりにします」と前日サムさんが言っていた。翌日僕らが足を運んだのは、市街から南に1時間程下ったところにある「トンレサップ湖」。プノンペンに向かって流れるこの川はメコン川に流れ込むのだとか。何を見せたいのか?乗船料25ドル/1人。しばらくすると、船の船頭さんと僕ら二人しかいない船なのに、どこにいたのかおばちゃんがいて「飲み物はいかが?」とすすめてくる。それよりもこっちは「あんた一体何処からきたの?」で頭は一杯だ。断り続ける事1分。すると、そのおばちゃん船の後ろから、横付けされている小さいボートに乗り移って違う船に近づいていった。なるほど、川の商売とはこういうものか。

しばらくすると家が湖の上に浮かぶ集落が目にはいってきた。桶にのって湖を移動する子供に出会った。彼の親が、先程のボートと同様にバナナや飲み物を積んだ船を近づけ来る。淡水魚を釣り売ったお金や僕らのような観光客向けのボートなどで稼いでいるのだろう。それはかなり厳しい生活だとおもう。その生活を僕ができるか?無理だ。

現実をしり、気持ちが重くなっている中続いては「キリング・フィール ド」。この場所こそ、ポル・ポト派が同じ民族であるカンボジアの人々を大量虐殺した場所である。慰霊塔の中には、骸骨が積まれ、周囲には寺院とお墓が立ち並ぶ。 (忌まわしい関ヶ原の記憶が蘇る・・・)この場所にきてから、気持ちは内部からも外部からの影響も受け言葉にならない程の重圧に押された。うぅ呼吸がくるしい・・・

さらに気が重くなって、次に向かったのは「The War Museum(戦争博物館)」。ここは、空港からすぐの場所にあり、遺跡巡り最終日に訪れるには良い場所といえるであろう。アキーラーという人が自ら地雷を発見し処理して集めた「地雷博物館」が有名なのだが、ドライバーの話では閉鎖されたという。その後調べたら他のサイトでも閉鎖された旨がのっていた。さてこの戦争博物館、ロシアや中国製の戦車や大砲が所狭しと並べられている。折角だからと、説明を頼んで、話を聞けば聞く程胸が痛くなる。説明してくれた人自体、両親はスコップのような武器を後頭部に突き刺され殺害され、自身も幼い頃に地雷を見つけ処理しようとしたところ指を飛ばされ指先がなかった。説明という形ではあるが、嫌な事を思い出させてしまい涙させてしまった。(写真:爆発した後の爆弾と踏んだ足をあげると爆発する地雷)

なんと重い日だろう。そのまま、飛行場へ行き3日間案内をしてくれたドライバーのサムと分かれベトナムのハノイへ。飛行機の中では、隣に座ったスイス人のMr.Edgarと妻と3人で1時間強しゃべりっぱなし。仕事の愛間をぬって、ラオスとタイとベトナムを旅してきたという。英語はこういう時のために学んできてよかったと改めて思った。

さてさて、カンボジアの35度の気温にくらべ、ベトナムハノイはめちゃくちゃ寒い。気温は18時過ぎで12度くらい。やばい。何か買わなくてはと思うが、それよりもなによりもやるべき事が1つあった。それは、翌日から3日間予約をとっている世界遺産の街「フエ」にどういくか。早速観光Infoで飛行機を手配しようとするも、明日のフエ行きは、ベトナム人の旧正月前の休暇期間という事もあり全て満席。

「旧正月だとっ!どうしよう?!」

2008/01/25

カンボジア・べトナム旅行記 その3

カンボジアの人々は、自国をカンボジアともう1つの別称である「クマル」と呼ぶ。

旅行先で何をするか?何を得るか?この考えが違えば違う程、衝突も起き易い。その意味では、妻と僕の旅行スタイルはかなり似ていて、でかいサムソナイトで行くよりは、バックパッカースタイル。ホテルは高級な所より、安くて評判の良い所。1つの建造物をみても、人により感動する所は様々で、僕はその建物の歴史的事実や世界感に興味をもつのだが、妻は建築物の細かい立付けや飾り、人に目がいく傾向にある。

【プノン・クーレン】
くたくたになって回ったアンコールワット遺跡群から、3日目のこの日は、中世史から近代史に登場する場所へ足を運ぶ。シェムリアップ市内から50kmの所にある「プノン・クーレン」。プノンというのは山という意味で、ここはクーレン山ということ。ここには、山の上に涅槃像(横になった大仏)があり、カンボジア人も各地からお祈りをしに来る場所。市街から50kmといったが、山道になってから20分ほど林道を抜けなければならない。
そしてこの場所こそ、大量虐殺をしたポル・ポト派のクメール・ルージュがいたと言われている場所であり、周辺には未だに地雷が相当数残っているらしい。さらに、数年前まではここを訪れる人がこの場所で殺されたり、さらわれていたという。(未だに安全とは言えないらしい)

写真が無いので、イメージはコチラ。(http://plaza.rakuten.co.jp/gontanoneko/5006

何がすごいって、涅槃像がすごいというよりも、地面から数十mに突き出した岩山に像をほって、岩の上に寺院をつくってしまった昔の人が凄い。なお、この周辺には川底に彫刻を施した場所などもある。

【ベンメリア】
今回のカンボジアの遺跡巡りで、二人を最もエキサイトさせた場所がこの、ベンメリア。市街からは40km。個人で車をチャーターしても結構とられる。実は、ここに行きたいと昨日ドライバーに言った所、急遽スケジュールに入れてくれた代わりに、3日間のドライバー契約の料金もほぼ倍近くになった。距離40kmといっても、日本のように整備された道路ではないから、移動はそうそう楽じゃない。
この場所は、天空の城ラピュタのモデルにもなった場所。というのは、日本に帰ってきてから知った話であり、現地では「これラピュタみたいだね」と知らずに盛り上がっていたのである。凄いです。遺跡のほとんどが崩れています。しかも、「No Access」という文字は何処にも無く、つまり何処によじ登っても言い訳です。この場所の感動は、文章では伝えきれません。ということで、YouTubeの動画を発見したのでご覧下さい。すごいです。(写真と動画で構成。動画は中程にあります)



今日のお昼は、ベンメリア入り口向かいの定食や。メニューはあるものの用意できるものは入り口にある、6つの鍋に入っているものだけ。まぁまぁ美味い。夜は、ドライバーMr.サムに聞いて、カンボジアの鍋を食べにおすすめの場所へ。メニューを見てもソレらしき物が無いのだが、カンボジア人のサムにより裏メニューの鍋を出してもらった。これが日本人好みの味。こちらでは、出しにスルメを使う事も多いのだとか。ようは日本のしゃぶしゃぶだ。食べ終わってから、前日のマッサージに味をしめ、別のマッサージ屋へ。この日は。オイルマッサージ20$/1hour. さすがに、カンボジアは歩きで観光できない場所が多い。

信号もほとんどないし、バイクの数が凄い。

2008/01/24

カンボジア・べトナム旅行記 その2.5

2日目が一番衝撃的だっただけに2.5として続きを書こう。
”クバール・スビアン”から”バンテアイ・スライ”は車で市街への戻り道にある。ヒンドゥー教の遺跡はどこも、基本的には正方形・長方形の敷地の中で宇宙を表現しており、このバンテアイ・スライも同様に四角い敷地にある。創られたのはアンコールワット遺跡よりも古く10世紀終わり頃とされている。シヴァ神やヴィシュヌ神などとヒンドゥー教の神様の彫刻を見て回るだけでも遺跡巡りは面白い。

まだまだ続く。次に向かった”タ・ブローム”は、アンジェリーナ・ジョリー主演の映画「TOMB RAIDER」のロケ地となった木が建築物に食い込んでいる場所。ここは、元々は仏教寺院。西門から東門をぐるりと回るのはまるで迷路のようで、木という自然の産物と石でできた人間の手による産物の融合を目の当たりにして結構感動する。観光途中、子供達が「North gate!!」と言って近づいてきた。どうやら、矢印通りに進む他にも見所があるようだと、「どうせ金くれ!」と後で言われるんだろうなと思いながら、周壁の割れ目から北の林に入って行く。ついて行くと、他の門よりもよりしっかり形が残っている北門の顔の彫刻があった。「これがテレビで見た事がある四面に顔がある建物か!」でもやっぱり、最後には「お金くれ!」と言われた。遊び場でありお小遣い稼ぎをする場所が、世界遺産の遺跡とは洒落ているなぁなーんて思ってしまった。

んでもって、今回カンボジアに来た目的の1つである間もなく修復作業で見られなくという”アンコール・トム”へ。ここはかなり大きい敷地内に色々な見所があるのだが、観光のメインとなるのがこの遺跡の中心のバイヨンと言われる場所。この場所こそ、先程の四面に顔がある塔がたっくさんあって、顔顔顔の城のような建造物である。バイヨンPhotos 遺跡内部は確かに壊れてきていて、周辺には無造作に柱のかけらや岩壁画が積まれている。と感動していたら、お!ド派手なミニスカのアジア系おねえちゃんと白人のカップルが!(よくタイからあっち系のおねえちゃんと欧米人が旅行で来るんだとか:ドライバー談)

さあて、かなり高い気温と湿度と歩いた事によりへろへろになってきた最後は、またまたアンコールワット遺跡へ。こんどはゆっくり中を見て回る。他に比べて陽の当たる場所を歩く事が多いこの遺跡は、朝もしくは夕方にくる方が良いらしい。さほど人も多くないし、夕日も綺麗だった。残念ながら、塔の中心の建物は現在入る事ができないが、周りの回廊をゆっくり歩くだけでも気持ちがいい。

一日でアンコールワット遺跡群をイッキに巡ったのには訳がある。入場チケットが物価と比べると高く、1日券で20$、3日券で40$するのでなるべくアンコールワット遺跡群チケット内の名所を一日で回った方が、費用としては安くつく。別に3日券でもよかったのだが、それ以上に見たい場所も沢山あるし、それぞれ5$から20$の入場料が発生するため、1日で見て回れた事がお財布的にも体力的にも結果的には良かったと感じる。

さて、気になるのは食事。初日は観光スポットでのバッフェだったから別に問題なかったが、2日目の昼はアンコール・トム横の普通の定食屋でパイナップルとチキンの炒め物。夜は近くのカンボジア料理屋で、スタッフおすすめの豚料理に、青パパイヤのサラダにココナッツカレーなどなど。びっくりしたのは、パクチーを使わない料理が多く、どれも美味い!毎回ドキドキなのだが、食べると日本のそこらへんの定食屋よりも美味いかもしれない。これは今後も期待できそうだ。

一日の最後は、クメール式マッサージ屋さんへ。1回1時間の充実のマッサージ15$。疲れはMAX。風呂でシャワーが出ない ・・・Priceless?

2008/01/23

カンボジア・べトナム旅行記 その2

無事かえってきました。ということで、2日目からちょっとずつ僕の感じたカンボジア・ベトナム旅行記を書いていきます。長いですが、ちょっとづつ読んで頂ければ幸いです。(3日目からは一眼レフの写真をアップ予定)まずは1日目のカンボジアのシェムリアップ空港での写真をぱちり。

カンボジアについて2日目。この日はタフな一日となることが前日から予測されていた。なんたって、ドライバーとの待ち合わせは5時。アンコールワットを観に行くなら、どんなプランでも必ずアンコールワットの日の出は含まれていて、もちろん個人旅行でもこれは絶対に観ておきたいという事でスケジュールしました。

まずは5時にホテルロビーへ。外はもちろん暗いけれどそれよりもドライバーがいない。そういえば、4時45分にモーニングコールをドライバーが入れてくれると言っていたのにならなかった。あれ?ドライバー寝過ごしたとおもっていたら、ホテルマンが出てきて一言。「時間を間違えていますよ。今は3時です」

「・・・?・・・!」カンボジアと日本との時差は2時間。目覚まし代わりの携帯電話の時間は2時間進んでいた訳である。ということで、もう一度部屋に戻り仮眠。そして現地時間の5時に集合し、いざアンコールワットへ。シェリムアップ市街にはメインストリート国道6号が通っている。これを東に行けばアンコールワットにつく。シェリムアップ市街からアンコールワットは2km位しか離れていないから、目的地にはすぐについた。車は真っ暗の中、とある場所に停止。「ではここから歩いてください」と言われた場所は、もちろん真っ暗でどこだか分からない。携帯のフラッシュ用のライトをかざして、こっちと指差された方向に歩くと、どうやら橋みたいな物が。それを突き進んで行くと、なにやら建物が。さらにその中を通り、真直ぐに進む。ここがアンコールワット?すごい場所に来ているのに、目が慣れても周りは本当に暗くて感動は微妙だ。1時間が経過しただろうか。

「おおお!ここはやっぱりアンコールワットだったか!」遺跡がようやく姿を現した。アンコールワット遺跡はなんとなく、森の中奥深くにあるというイメージが強かったけど、ここはお堀に囲まれた中にあるという事が、先程暗い中で橋を渡り中心部に近づいてきてようやくわかってきた。写真を撮っている場所から奥に見えるあの建物がメインである。空はあかるいが、遺跡の向こうから日の出が見えるまではけっこう時間がかかる。だから、多くの人は「今日はもう見えない」と諦めて帰ってしまうのだが、何人かはずっと残っていてようやく日の出を拝む事ができた。この日の出が、我々夫婦にとっては初日の出となった。

当初この遺跡が発見された時は本当に密林の奥にあったんだとか。その遺跡がアンリ・ムオにより1860年に発見された。発見した頃は凄い興奮だっただろう。おそらく興奮の向こう側をこの人はみたに違いない。

アンコールワットを散策した後、ホテルで朝食をとり50km離れた「クバール・スピアン」という山の上にある遺跡へ。ここは世界遺産のエリア外にあたるのだが、細い川の流れている岩に様々な彫刻がなされている場所である。道すがら貧民街をとおる。街というよりは、少し高くなっている場所に作られた手作りの家が通り沿いに並ぶというイメージであり、例えばガソリンスタンドはペットボトルでおいてある。通りは整備されておらず、赤土でできた通りは所々に穴があるという感じ。

移動中、ドライバーが一言。「カンボジアの人々は基本的に日本人に対してとても友好的なんですよ」
それは、これまで日本がしてきたカンボジアへの道路整備・無償資金強力などをふくむ支援に感謝しているからだという。これは私見だが、確かに何処にいっても「どこからきたの?」と聞かれ「日本から」というと、突然笑顔になり歓迎されるというシーンが何度もあった。と気になって、先程カンボジアと日本との関係を調べてみると国交は古くは徳川家康の頃よりされているとか。世界の交流をマクロではしっていても、ミクロでは本当に知らない事ばかり。(日本カンボジア関係略史参照)

「日本が支援して作った道路は本当にしっかりしているんですよ。」
ドライバーは笑いながら言った。

2008/01/19

in the middle of our trip

I can not write down this in Japanese. This is like the time when I went to ROMA in Italy.

Today is Day-8 in Hue in Vietnum. We lost memory card"s" here 2 days ago. It means we lost a lot of photos which we took in Cambodia!!! I think nobody cares but those are very important for us. Anyways, We have had good memories in our minds. So don't worry! Be happy! hahaha.

We are going to go to Hanoi tomorrow morining and back to Tokyo in 22nd January! There is nothing for survenior but we have many stories about this trip. Oh! French people are coming back to our hotel right now. Ciao..

2008/01/14

カンボジア・ベトナム旅行記 その1

12日の朝10時過ぎに日本をはなれ、ベトナムのホーチミン経由でカンボジアのシェムリアップという場所に着いたのが日本時間で18時(現地時間の16時過ぎ)位でした。

ついて一言。「うわ!暑い」。

それもそのはず、この時期カンボジアは乾季になったばかりで、到着前にチェックした時の気温は最低26度 最高36度。さらに湿度は86%となっておりました。それほとんど水分じゃない?という感じ。このシェムリアップ空港は3ヶ月前に新しくなったばかりということでめちゃくちゃきれいでした。

税関を抜けて「さあ!タクシーと交渉だ!」と少し緊張していると、妻が一人の男性に気がつきました。なっなんと!かれは「 Mr. Tsutomu Kodama 」というカードを出しているではありませんか。後ほど聞いたところ、「いったいどんな人を迎えに来ているんだろう」とカードを出している人々を眺めているときに一番先に目に付いたのが僕たちのお迎えだったとのこと。 We are so lucky!


ネットで予約した時に出ていた地図とはぜんぜん違う場所にある3日間滞在予定のホテルに無事到着し、早速お迎えにきてくれたドライバーMr.サムと3日間のドライバー交渉および行きたい場所の意見交換をしました。

2日目からアンコールワットのサンライズ、クパール・スピアン、バンテアイ・スライ、タ・プローム、アンコール・トム(バイヨン)、アンコールワットのサンセットという一日で郊外にあるクパールスピアンを含めたシェムリアップにある世界遺産「アンコールワット遺跡群」の代表的なものを一気にまわるハードスケジュールとなりました。しかも起床は4;00.さてさてどうなるものか。。。。。

夜は、基本的に初日だし「思いっきり観光客になろう」ということもあってか、観光客向けのブッフェ形式のレストランに行ってきました。なんだか舞台で踊るようだ。。味はどうだろうか?ぼったくられないか?不安はいっぱいありましたが、カンボジア料理と呼ばれるものにいくつか手を出し、全部が全部おいしくてこの先の旅行で不安だった料理という肝心な部分が楽しみにも感じてきました。

これからずいぶんと長いことをかけて、アンコールワット含めた旅行記を書いていきたいと思います。
一眼レフが威力を発揮しておりまして、撮りたいショットがとれるようになりました。ではでは、また。
今は3日目。明日からベトナムだーー!

2008/01/12

いざカンボジア・ベトナムの世界遺産へ

12日土曜日から22日まで新婚”旅”ということで、カンボジア・ベトナムにいってきます。この旅行のため先日「ふらりBEAT MASTER巡り」でインタビューをさせていただいたカメラに詳しい「デジクマ」南さんに色々と教えて頂き、デジカメ一眼レフ「Nikon D40X」を購入しました。いままで小型のデジカメは撮っても自分の求めている画像とちがう事から、あまり撮っていませんでしたが今回は各遺跡の匂いまで伝わるようにばっちり撮りたいと思います。盗まれないようにしなくては。

22日に帰ってきますが、ここで簡単なスケジュールを書いておきます。
12日 成田ーホーチミンーシェリムアップ(カンボジア)
13日 カンボジア(世界遺産アンコールワット)
14日 カンボジア(アンコールトムとか、バンテアイスレイとか行きたいなー)
15日 ハノイ(ベトナム)
16日 フエ(世界遺産の古き町並み)
17日 フエ(17日18日のどちらかで世界遺産ホイアンへ。願わくばミーソン遺跡も)
18日 フエ(まったーり散歩)
19日 ハノイ(まったーり散歩)
20日 ハノイ(まったーり散歩しながら、ハ・ロン湾(世界遺産)いっちゃう?)
21日 ハノイ(まったーり散歩しながら、夜中発の成田への飛行機に乗っちゃう)
22日 ハノイー成田(早朝)

ホテルと飛行機の予約は一応個々に済ませましたが、ハノイーフエ間は国内線のチケットをとっていません。さてさてどうなることやら。電車もあるし、バスもあるけどそれぞれ移動は12時間。

フエは特に物価が安いようで、5つ星ホテルでも40ドル位の所があります。僕が一番注目している場所です。では、死なないように気をつけていってきます。

うまく行けばどこかで、旅行記を書けるかも。ヨーロッパの時のように書きたいなー。

2008/01/08

たまには熱海自慢!

熱海は観光で一世を風靡した街だが現在は廃れているというイメージをお持ちの方も多いのではないでしょうか? 確かに、海沿いの大型ホテルはつぶれ、いまではそのエリアに分譲マンションがたち、その横の空き地は、まるでローマの世界遺産である遺跡のフォロ・ロマーノにも似た光景がみられます。

しかーし!この街には凄い神社があります。それが、このブログにも度々登場の”来宮神社”。先日初詣に行った時にやっと写真におさめることができました。なにせ、いつも行くときは、なんとなくほんわーり行くので、写真をとろうなどとこれっぽっちも思いませんでした。

「このまえ熱海に行ったんだ」とか友人・知人に言われることが多いのですが、温泉だけではなく天然記念物がある来宮神社という場所も覚えてもらえれば嬉しいです。ちなみに熱海駅から歩くとしんどいですよ。伊東線で熱海駅となりの来宮駅からなら5分で到着。なお、ここから300m程歩けば僕の実家。しかし、この300mは急な坂でありまして、半端なく辛いです。

ということで、楠の写真です。この木の周りを1周すれば1年寿命が延びると言われております。この辺りには昔、このような楠が何本も生えていたのだとか。しかし、屋久島の杉と同様に、かつては木材としての価値の方が高かったようで現存するのはこの1本だけだとのこと。樹齢2000年以上ですから。日本の歴史の中に常に、この場所で存在していたのかと思うとなんだかワクワクしてきます。

人間より長く生きているこの植物は、いわば大先輩なのに若造の人間が価値を決める。この木にしてみれば「勝手にやってろ」くらいなものでしょうが、そばにいるとすごく優しい気持ちで見下ろされている気がします。僕の勝手な想像ですが、この木はとってもおおらかで広い心の持ち主です。

では、そろそろベトナムのホテルの予約作業にうつりますね。

2008/01/07

おいしいものを食べる会

6日の日曜日に、妻がいつも参加しているある集いに参加させてもらいました。この集まりは、お酒好きな人々が集まり、美味しい物を食べに行くという会だそうです。今回はそのメンバーの一人のお家にお邪魔をしての新年会。

アメリカのポットラックパーティーのように皆が「これが一番!」と思う食べ物やお酒を持ち寄って13:00過ぎから始まったパーティーは開始早々にそれら逸品がテーブルにならびました。

たとえば、
・鎌倉えぼしの煮物(口に入れた瞬間に「
・月島ひさごのレバフライ(レバ嫌いな僕も食べられました)
・ノルウェー直輸入のスモークサーモン
お酒では
・日本酒久保田を作っている酒造の「呼友」
などなど。

僕たちはといえば、皆でのんだら美味しいのだろうとピンクのMOETとワイン
そして食べ物は
・枝付き干しぶどう
・マンチェゴチーズ(スペイン産の羊の乳でつくったチーズ)
(臭いチーズが苦手な僕が、ここ数年で一番美味しいとおもったチーズです)
・ブラックペッパースモークささみ
所狭しと並ぶ美味しい料理に舌鼓をうっていたら14:00にドアのベルがなりました。と同時に、皆さん大興奮。何がくるかとおもえば、箱が1つ。
その中身は・・・・・!   「焼きサバ」

これ福井の小浜から炭焼きサバが直接届くというもの。この箱の中に、サバが二匹丸焼きではいっていました。それがこれ!40cmくらいの関サバを炭火焼で仕上げた逸品。冷たくても中身は香ばしい香と脂ののったお味。絶品です。ホームパーティに興奮を呼んでくれます。

お食事が終わって時刻は早くも19時をまわっていました。デザートにカボチャプリンにお餅に千葉産のピーナッツなんとか、、(酔っていて覚えていません) 贅沢三昧の一日でした。

2008/01/04

この世はでっかい宝島!

そうさ!今こそアドベンチャー!♪ 

さぁさぁ2008年も始まりすでに4日になりました。早いもんです。
緊張の1月1日のサテライトスタジオでの放送は、直前になり沢山のトラブルがありましたが、無事終了しました。そうです。どんなに緊張しても、いずれそれはやってきていずれそれは終わる訳であります。かつて元F1レーサーの片山右京さんとお話をした際にいっておられた達観した言葉
「ほとんどの事が大した事ではない」 良い言葉です。

このブログも2008年になり、いよいよ6年目に突入です。今年はどんな面白い事を自分自身が起こすのかお楽しみでありまーす。

2006年2007年と二年連続で抱負は「ほふく前進」でした。でも、今年は、軸となる新たな仕事を始めた上で、大笑いの年にします。