2007/12/30

1日が仕事納め

あんまり沢山仕事があるわけでじゃーございませんが、1月1日が見事に火曜日でして、明後日1日の11時から熱海での3時間の放送をもって、2007年の仕事を納めようと思っております。仕事始めというの表現もありかとおもいますが、何せ駅前でしゃべる訳で、それなりに年をまたがっての準備があるために、納めてみようと思います。

そんな訳で、30日の本日から熱海に戻って来ております。2007年は、クリスマス前の休みを妻の実家で、正月を僕の実家で過ごします。そして3日に家の大掃除を実施予定。

日本のお正月が何よりも”日本”を感じる事のできる素敵な時だと思っています。11月30日から12月1日なるのと1月1日になるのとでは全く違いますよね。忘年会の最後には、”よいお年を”と声をかけあう姿も大好きです。1月7日(人日の日)は一年の中の五節句と言われる1つで、七草がゆを食べるというのは知っていましたが、あるWEBサイトをチェックしていたら下のような内容がありました。(参考:甲冑 平安武久サイト)

■人日とは、文字通り "人の日" の意味。中国は前漢の時代、東方朔が記した占いの書には、正月1日に鶏、2日に狗、3日に羊、4日に猪、5日に牛、6日に馬、7日に人、8日に穀を占って その日が晴天ならば吉、雨天ならば凶の兆しであるとされていました。ですから、7日の人の日には邪気を祓うために、七草の入った粥を食べ、一年の無事を 祈ったのだともいわれています。

なるほどなるほど、今ではインターネットで本当に様々な情報があってためになりますなー。
では、熱海の写真を一枚。


では良いお年を!
(写真は、アタミでなくて、カプリです。似てるー。)

2007/12/28

情熱のミニパーティー

27日は年に一度の「情熱のパーティー」の日。この日は、5年以上前から親しくしていただいてるベンチャ-キャピタルの方から大企業でベンチャー企業との協業を推進している方、更にはIT企業の創業者や社長・役員などが1つの場に集まります。と書くと、すこしセレブっぽい感じで高尚なお話を立食でというイメージをもたれる方もいると思いますが、この会は僕と先輩のMr.Katsuyaが企画しているものですから、そうはなりません。一番のポイントは、忘年会と称してあつまった皆々様にかっちゃまん&こだまんの勝負パンツと踊りをみて年納めしてもらうという”とてもシンプルな集まり”です。

実は昨年この会を120人以上の方にお集まり頂いて開催しました。年々人の繋がりは増えはしても、減っていく事はなく”ネットワーキング”というお題目で開催しますと、7年前10数名だった集まりも120人以上になってしまうのが必然です。が!会場が大きくなれば、ネタを考える&仕込むという作業に時間と体力が必要になり、でもは毎年とっていくものだから、求められる内容:体力というのが反比例していく訳です。まぁ正直ネタといっても裸踊りですからすぐに限界点に到達するんですね。また、人数が多すぎてお疲れ様と言い合える人と会話できづ、皆が皆ネットワーキングに集中してしまうからかえって疲れてしまう等反省点が沢山あったわけです。

だから、原点回帰という事で今年は数年前に集まったよう小規模で開催。海外からもわざわざこの会のために帰国される方もいまして、大変Crazyで意味不明な会なのです。呼びたくても呼べなかった方が数百人いまして、、、とった会場は20人のカラオケボックスですからご理解ください。

場所は六本木Love net.( 滑り台やプールの部屋などがあるカラオケ屋)毎年この日にしかカラオケをやらない僕にとっては思い出の場所です。あっという間に集まった20名が飲めや唄えや踊れや脱げやと、まさに大笑い海岸。冒頭に書きました職種や肩書きなど全く関係なくて、とにかく「今年もお疲れさま」という素晴らしい忘年会になりました。

反省点は1つで、盛り上がりすぎて写真がありません。

2007/12/26

アンコールワットへ行こう!

1週間に時間の割合を、声の仕事を25%・新たな仕事を75%として、来年以降の方向性を決めたのだが、時間に余裕のある今こそ、今度いつとれるか分からない長期休暇をあてにせずに「世界遺産をみにいきたい!」という思いもあり、新婚旅行というよりは新婚旅という名目で、来年1月にベトナム・カンボジアへの10泊の旅を実行する事にしました。

カンボジアといえば、アンコールワット遺跡ですが、この中には、アンコールトム遺跡やバンテアイ・スレイという遺跡などが含まれており見所満載。なお、今回のこの決断はアンコールトムが近いうち修復作業に入ってみられなくなるという事も背中を押しました。

ベトナムといえば、ハノイから沿岸部に移動したところにあるハ・ロン湾、ハノイから下の方にいきますとミーソン遺跡に日本人町のあるホイアン、そして中国の紫禁城を縮小した城があるフエがあります。

この辺を、今回は一人ではなく妻と二人ですので、バックパッカー風だけれども妻の安全を第一に考えたプランを練って行く予定です。妻の安全を第一にと良いながら、実は自分の胃腸の方が心配だったりもしますけどね。パクチーが好きではない自分がどこまでアジアで楽しめるだろうか? 
ちなみに、以前タイのバンコク・プーケットに行ったときは、かなり食に関しては毎日落ち込んでいた覚えがあります。

ということで、ベトナムやカンボジアに関してホテルや移動(バスなど)の善し悪しをご存知の方からのメール等お待ちしております。

2007/12/24

漆黒の国宝へ

3連休を利用して妻の実家がある長野県の茅野に行ってきました。結婚後、妻の実家に行くのは初めてということもあり近隣の親戚の方々へのご挨拶も兼ねての帰郷です。

帰郷といいながら、長野といえば国宝4城の1つである「松本城」がある場所です。先日、岐阜城・犬山城・名古屋城と見て来た僕等としては是非とも国宝をこの目に!という思いがありまして、妻の両親に甘えて連れて行ってもらいました。

見てください!このカッコいい城構え。素敵です。まだ不勉強部分もありまして、黒壁の素晴らしい城といえば加藤清正の「熊本城」がまず最初に頭に浮かんできますが、ここ松本城の天守閣も傑作だといえるでしょう。(写真1の隅に妻が!)

さて、この黒い壁の理由を調べると、1つの話として豊臣家に忠誠を誓うという意味で黒くされているという話をネットで見つけました。たしかに、豊臣の7本槍の一人加藤清正の熊本城も黒い壁です。本当なのかな?確かに大阪城天守の最上閣は黒いですねー。興味深い。ちなみに、この松本城は甲斐源氏の小笠原氏の居城であり、その後、石川数正氏によって統治されたという話であります。加藤清正の話として、このような説明書きがありました。ますます興味深い人物であります。

茅野はこの雪が降っておりましたが、ここ松本もめちゃくちゃ寒く、城の中ももの凄い寒さでした。あんな中で、戦時を迎えたら本当にやってられないなと思いますね。松本城だけをみて、はい!終わりっていうのは少し寂しいということで、今にも雪が降り出しそうな寒さの松本の街を少し歩いてみました。渋い感じの飲屋街の入り口に、蛙がマスコットの小道「縄手」など。近くには蔵が並ぶ「中道」もあるようですが、寒すぎてうなぎ屋に入り暖をとったら、すっかり行くのを忘れてしまいました。まあまた桜の割く頃に足を運べば違ったお城が見られる事でしょう。

色々な事を考えて悩んでを繰り返してきましたが、ある人が感性というのは、素晴らしい物、例えば芸術等に触れる事によって磨かれると言っていたのを思い出します。こうやって、素晴らしい歴史的な傑作を見ていて頭がスーとした事も良かったなと思います。

翌日23日は、昨年開局された諏訪のコミュニティラジオ局に生出演してきました。25日のクリスマスと元旦は熱海で放送です。ちなみに元旦は熱海駅前のサテライトで生放送ときたもんだ。ちょい緊張。城に関しては、残る国宝城は彦根城に姫路城の2つ。他にも見たい素晴らしいお城が沢山あります。これからの人生の中でゆっくりと見て回ろうと思います。

2007/12/19

コンゴと今後

コンゴにはいくつかの世界遺産がありますが、そのすべてが危機遺産であります。その理由は、世界遺産であるサイの保護区での”密猟”や遺産とされているエリア内での紛争などにあります。地球の裏側ではいまだに”殺し合い”が続いてるという現実が中々飲み込めませんが、それが世界なんですよね。

さて、コンゴの話はさておき今後の話。この一週間色々と考えました。久々に自分と向き合う良い時間であったと思います。気分が落ち込むときというのは、なぜこんなにも自分のことが見えなくなるのでしょう。でもある人の「視点を変える」という言葉が改めて僕の心に響きました。それから、色々な物がクリアに見えてきました。

アメリカから帰国後のこれまでの2年は、「しゃべりの仕事をやる」ということで、今まで積み上げてきたものを隅において、新しい地盤をつくるべくやってきました。まったく新しいビジネスなら、それで経験をつんでいくことが競合他社優位性ともなりましょうが、メディアの世界はすでに確立され、僕の競合となるのは、放送研究会で経験をつんできた人、元アナウンサーであったりするわけです。単純に考えても同じ土俵で戦って勝てるわけがありません。子供とセミプロ、もしくは関脇と戦うようなものでした。

だからと、視点を変え「金融の知識を磨く」と「しゃべりの世界で経験をつむ」と決めて、証券会社で働きました。これは、土俵を二つもってその両方に片方ずつ足をいれて踏ん張るという事でしたが、その結果は、どちらも中途半端な気持ちで何も進まずでした。そこで、放送の裏側で経験をつむことによって見えてくるものあるのではないかと裏方をまなぶという、また未経験の土俵に両足をつっこむ形をとりました。そこで多くのことを学び、現実に向き合うこともでき、思ったことが、前段落の内容です。

長々と前振りを書きましたが、今年も残りあとわずかというところで、自分の来年以降の方針を変える事にしました。ポイントは”軸足をどこに置くか”という事に尽きるわけですが、しゃべりの仕事で食って行くという所から、もう一度”ビジネスをする”という所に戻ることにしました。熱海での週1のしゃべりの仕事も3月いっぱいで終了という申し出をしました。自分にとって、これは大きなターニングポイントであります。ただ、”声の仕事から挫折した”ということではなく、”日本を盛り上げる”というキーワードで何かしらの形でビジネスをやっていくわけで、苦悩し楽しみ成長していったその先に”しゃべりの仕事”というのが存在するのだろうと思っています。これが某メディアの大御所に”コメンテイターというポジションを確立するほうが1からパーソナリティになるよりも、はるかに君にあっているよ”という言葉に結びついていくものかもしれません。人生という山の頂上をめざすのに、道は一つではないでしょう。

理論立てて書いていますが、有り体に言って、仮にこれが独り身なら来年も”ホフク前進”と思っていたかもしれません。しかし、妻に甘えてばかりいてもいかん!という気持ちも強くあります。夢を非現実的な目標から現実的な目標にする上でも、来年以降の頑張り次第だと思っています。(遠回りに思えるけど、実は近道だったりするかも)

1月以降、険しい道が待っていますが、頭というCPUをフル回転させて何かしら、面白く存在意義のあるビジネスに携わっていければと思っています。

この日記を書くのは正直ためらいもありますが、これは自分への区切りであり、覚悟であると考えて書きました。ネガティブに思われる方もいるかもしれませんが、パンドラの箱といっしょで、この日記の中には僕なりに「希望」や「元気の素」が詰まっています。この日記以降心晴れ晴れで行きたいと思います。

さあて、気分一新で「アンコールワット遺跡」にでも行くプランを立てようっと。

2007/12/17

世界遺産学検定2回目

うけました、世界遺産学検定!今回で二回目です。今回は出題数90問の中から80%をとって取得できるシルバーをゲットすることが目的です。ブロンズからはじまり、シルバー、ゴールド、プラチナ、マイスターという5レベルあるのですが、ゴールド以上は、エリアを選択し、各地域における深い知識が求められます。世界遺産の45%がヨーロッパ(NIS,ロシア含む)にあるものですから、選んだら超大変でしょうね。

と先のことはおいておいて、今の身分はブロンズ。今回も早稲田大学にいっての受験でした。

いやーある程度の問題は想定して勉強するんだけど、さすが試験ですね。ウル覚えのところをついてきます。あれ?確かこの国には「文化的景観」のリストに入っていたな遺産があったなと思ったら、頭の中に浮かんできているリストはまったく違って「無形文化遺産」のリストだったりして、勘違い。試験では、大きな勘違いをしていることが一番自信をもって答えるという行為にいたるわけで困りもんです。

試験が終わって早速答えあわせを自分でしてみました。正式な結果は2月のようですが、80%ということは18問間違えてもOK!なところ75問を答え合わせして早くも19問間違えを発見。やるせないな。

では皆様に質問です。
2007年、新たに世界遺産の危機遺産リストに追加された物件が3つあります。その中の1つで、皆さんがよく知っていて、世界で最初の自然遺産としても大変有名なものがありますです。それは次のどれでしょう?
1.イグアス国立公園
2.ガラパゴス諸島
3.ヴィクトリア滝
4.グレート・バリア・リーフ

答え・・・Googleで検索してみてください。えー!って思うとともに、それが原因なのか!と納得させられます。

さてさて、うまくいかないときにはうまくいかないことが続くものです。試験以外にもいろいろ続いていますが、これって自分がそうさせているんですよね。良い時もあれば悪いときもあると思えば、悪いこともそうそう長くは続かないでしょうから、今後が少し楽しくなってきました。

2007/12/13

スッキリ! but ガックリ!しかしムックリ!

年末まではロタウィルス。年始からはノロウィルスがはやる傾向になるとか。人間のウィルスのことばかり心配していたら、マックではなくてもう一台のパソコンがウィルスにかかりCドライブ死亡しました。MS Officeを買うお金もないので、Open Officeを取り急ぎダウンロードして、冬をしのぎます。

さて、先日から激しい落ち込みを見せております僕、児玉ですが、「このままではイカン!」と何かアクションを起こそうと、連絡の途絶えていたプロダクションに連絡を再度試みました。数時間後、社長からメールが届き、”契約の話は無しで、これまで同じような関係でいましょう”というような内容が届きました。つまり、今後の新たな発展は見込めないということになりました。今後契約の話をしましょうねと言われていたけど。。。。残念ですが、これが現実です。甘くも辛くもない、これこそが”現実”なのでしょう。(書いている本人はまだ飲み込めておりませんが)これは、2007年「今あることをしっかりやり、むやみやたらに動かない」という行動の結果でありまして、それ自体が無駄に終わったわけではないと自己分析しております。また一方で、「このプロダクションにしがみついて行けばなんとなるのではないか」という少し甘い考えの結果でもあります。(結果は駄目でも、狙うはやはりトップでしょ?)

2008年は「Action & Action」です。声の仕事にとらわれずに色々なことに挑戦していこうと思います。そうやって動くことによって見えてくる道もあると思っているわけです。自分のことはこれで終わり!

今週末に世界遺産検定がありまして、ブロンズからシルバーへ上がるための勉強中です。今年は新たに世界中で22件が登録されました。世界には851件もの世界遺産があり、そのどれもが魅力的です。勉強をして何に役立つか?それをいっちゃあおしめーよ!楽しい知識で人生が少し楽しくなりまする。

2007/12/10

時には葛藤もします

これは以前も書いたと思う内容ですが、、、あるプロダクションの社長が言いました。

「パーソナリティは25歳から35歳までの間に確立できなければ、その後がない」と。

現在所属にかんしては保留になっているプロダクションからは、前向きな言葉をもらいつつも連絡をしても返事がありません。むむむ、、、こりゃいよいよ改めて「プロダクションを探す」という、双六でいうところの「振り出しに戻る」という賽を振らなければならない予感がしてきました。

とネットや雑誌で色々とチェックしてみますと、かろうじていくつかのプロダクションで募集はしておりますが20〜30歳までの未経験の女性などが多数をしめ、男性ともなると激減、さらに30代以上を募集している所はほぼ無いに等しい感じです。

うぉぉぉぉぉぉ!!!!! 俺は一体どうすれば?? 

ここらで振り出しに戻りそうならば、改めて「俺は一体何がやりたいのだ!?」を考えてみるのも一つかもしれません。「ローマは一日にしてならず」「石の上にも三年」という言葉が今の僕を、かろうじて前へ進めてくれますが、結婚をして夫として「このままでいいのだろうか?駄目なんじゃないか?」という自分への駄目ダメ感が否めません。こういう状況になりますと、心が荒みまして出てくる言葉も前向きではなくなるんですね。

10年後の僕はポジティブだろうから、その10年後の僕から今の僕に声をかけるとしたらどんな言葉になるだろうか?
ダメかもしれないけど、八方ふさがりではないだろう?やれる事、試し見る事があるんじゃないか? 
もっともっともっと考えて考えて考え抜いた上で更に考えても無駄ではないよ。そう考えたから、今の僕があるんだから(10年後の自分より)  あーーーーーーー。あーーーーー。他力本願じゃだめだ!

見ててください。その内超ポジティブな児玉になって戻ってきますから。今しばらくお待ちを。

塩カルビーム

旅行にでも行かない限り「今日はあれ食べたい!」と強く思う事ってあまりありませんよね?昼飯を食べていて「夜何食べたい?」と聞かれても「あれいいね!」と出てくる事はまずないでしょう。

先日、朝起きて最初に思った事「”まんぷく”の塩カルビ食べたい」でした。珍しい事もあったもんです。以前自由が丘で食べた塩カルビのことなんですが、お肉の上に、刻みネギが敷き詰められて、塩と胡椒がめちゃくちゃのっていて、咽が凄い渇くけど大好きな味です。そいつが、頭から離れない。

・・・あーー「塩カルビ食べたい」・・・
食いしん坊の友達に早速メール。1時間経っても2時間経っても返事はなし。

パスポートの申請に有楽町へ。(昼飯でうまいカルビはないだろうか?)
申請途中で腹がすき、ビルを散策。あっ!ソフトクリームだ! カルビを忘れてソフトクリームを立喰い。

夕方は仕事の打ち合わせへ。先輩から「これから軽く中華でも行かない?」と誘われるも
「塩カルビなら行きますが、中華は・・・」と頑なに断りを入れるほど塩カルビ欲求は増えるばかり。

19時過ぎ 食いしん坊から電話がはいる「今日は無理だよ」。

・・・あーー「塩カルビ食べたい」・・・
Mr.Konchiへ駄目元で電話。これが駄目なら「一人塩カルビ」だ。

と覚悟を決めていると、「今から?いいよ丁度牛丼喰おうとおもっていたから」という素晴らしい言葉。

という事で、いってきました!念願の塩。しかし、場所は渋谷から近場ということで、代官山のまんぷくを選びました。自由が丘のまんぷくの味と同じと期待していきましたが、元々は自由が丘と同じ系列だったようですが今はわかれたという事を入り口で店員さんが言っていました。

なんでも、ここは山形牛を一頭買いするのだとか。正直、牛に等級があっても「良い肉が必ずしもうまい肉」という事ではないと思っています。最近テレビで「○◎牛のA5をあつかっています」だとか言って、肉の塊をみせられますが、脂がすごくてあまり魅力的ではないんですね。安くても美味しい肉料理があるわけで、美味いマズいっていうのは結局は味付けが良いか悪いかで決まってしまうのではないかなとも思う訳であります。そんな、個人的な肉に対する価値観はよいとして、まんぷくの塩カルビ。美味かったです。塩こしょうが自由が丘店とはちがって少し控え目ですが、ネギ塩カルビは一面のネギ世界が広がっておりました。

人間は不思議なもんです。あれだけ一日中食べたいと思っていた「塩カルビ」ですが、お腹いっぱいになるとしばらくは見たくもなくなります。さらに、これだけ満足のいく食べ物を体に摂取しても、翌日にはお腹がすいてしまうんですよねー。1日くらいもってくれてもいいのになあ。

その時に食べたいものを食べるという幸せを満喫した日でございます。ちょいと運動不足で太ってきました。めずらしいこともあったもんだ。

2007/12/06

寝言

妻の寝言はかなりうけます。

先日は「ベンジャミンを冷蔵庫に入れて!」と叫びました。ベンジャミンは植木ですよね?

この前、あまりに寝言を言うので”もしやこれなら前世を呼び出せるかも!?”と思い、「あなたのお名前は?」と質問した所

「・・・ぽっ、、、ポリッシュです」と答えました。外国人かよ! ついでに出身地も聞いておこうと「何処でうまれたんですか?」と聞いた所「と、、、、と・ち・ぎ!」ですって。

何人だよ。

そして深夜二時をまわり先ほど

「それは八王子っていうんだよ」とまたまた寝言をいっています。

どんな夢を見ているのでしょうか?明日ポリッシュさんに聞いてみます。

2007/12/04

名古屋旅 その3

名古屋最高!まじ最高!なんたって「名古屋キャッスル」がありますから!城マニア化してきた児玉夫妻にとっては最終日のこの日こそ三名城の一つとされている「名古屋城」をみにいく最後の機会になった訳です。

岐阜城ー犬山城ー伊勢神宮ときて名古屋城です。名古屋城に行く前にまずは立ち寄らなければならないのが「ひつまぶし」でおなじみの「蓬莱軒」です。ここは名古屋城から車で15分、熱田神宮のすぐ横に位置していますが、なにせ電話で予約が取れません。ですからここはアメフトでいうところのダイブオプションをぶちかまさないとなりません。 

蓬莱軒ダイブオプションとは・・・まず蓬莱軒に行きます。空いていればすぐ入れますから、そのままダイブ! しかし、ほとんどの場合は無理なので、ここで名前を書きます。すると「何時に点呼をとるからその時間に来てください」と言われます。ここで、1時間半位時間が空いた場合は、名古屋城や熱田神宮へとオプションをすればいいわけです。そうすれば見事タッチダウン。

僕たちのplayはもちろん「蓬莱軒ダイブオプション」で、13:30に来てくださいということで、名古屋城へとオプションをしました。ここの見所は、織田信長が幼少期に住んだといわれる那古屋城跡と、加藤清正の石に、名古屋城本体のシェイプでしょうか。でもとりあえず、「旅はバカになれ!」を合い言葉に、お決まりのはめ込み写真をパシャ!そして、大きな石を探すとありました!ありました!清正の石。でもよくよく注意書きを見ると、ここは当時黒田の統括する場所だったため、加藤清正が石をここに持って来ることはあり得ないとのことでした。あの熊本城をつくった築城の名人にして、元は豊臣秀吉の七本槍の一人に少しでも触れる事ができるのではと期待した僕が馬鹿でしたな。(これは熊本城にいくしかない)さて、名古屋城を遠くから眺めておりましたら、時刻は早くも13時になっておりました。蓬莱軒の点呼は13:30です。急がねば。

蓬莱軒につきますと、おお!沢山の人があつまっているではあーりませんか。皆さん食べに来たのかな。点呼待ちかな?と思っていると、入り口に二列に並ばされていよいよ点呼です。僕たちは最初の方に呼ばれて、中へ。中に入れば、これまた人、人、人。地元の人は、あまりこないかもしれませんが旅行者にとっては「旅の良い思い出」です。よーく味わって大興奮の中、ぺろりとたいらげて終了。

「名古屋旅」という思い出の瓶に「ひつまぶし」で蓋をし、Makoto&Yukiko夫妻に別れを告げて東京に帰ってきました。このあと、4日程寝込む事になるとも知らずに、新幹線ですやすやと眠り、目覚めれば現実の世界。東京から2時間の所にある日本3番目の都「名古屋」。観光で行く事はもうないかもしれませんが、食べ物をGETしにまた行きたいと思います。 最後は、名古屋大仏の写真でこの旅行記を締めましょう。この大仏はすんごい緑色、エメラルドみたいない色をしています。これも名古屋の名所ですぞ!まわりには10体のこれまた真緑の象の像。織田家縁の場所ですよ。

2007/12/02

名古屋旅 その2

よーく眠れた翌日2日目となる名古屋の旅は、午前中に「和菓子をGETせよ!」という児玉家からのミッションを受けて、二件の和菓子屋へ。”亀末廣”も”万年堂”でも狙うは、和三盆糖で作られた干菓子「おちよぼ」。昔はこれよく食べたなーと思いながら、桐箱のものを家とお世話になった方へ配送手配。

ミッションを無事終了させた後、いよいよ目指したのは「名古屋旅」という枠ではもはや説明できない三重県にある「伊勢神宮」である。今年結婚式を挙げた東京大神宮は”東京のお伊勢さん”と呼ばれ、伊勢神宮が遠方にあるためにお参りに行けない人々が東京でもお参りできるようにとできた場所。だとすれば、車が走り新幹線が通っている現在に御本家に行かない訳にはいかないとMakotoと妻と三人でいってきました。

名古屋から高速で二時間。ついた伊勢は、何かと問題の「赤福」の本店がある場所。失礼とは思いながら赤福前で写真をパシャ!この赤福本店付近から伊勢神宮までは「おかげ横丁」があり、古風な町並みを楽しむ事ができます。ここを歩いていると、昔このような所を町人や侍さんが行き交っていたんだろうなとタイムスリップした気分になります。この町並みを作るのに多大な貢献をしたのが「赤福」。だから伊勢では、問題になったとはいえ赤福への感謝の気持ちは大きいのだと思います。この「おかげ横丁」の中心から少し入った所にある「豚捨」という場所でランチをしました。近江牛はかつて伊勢牛とよばれていたんだとか。このお店はその伊勢牛をつかった牛丼や、牛肉弁当が売りで、持ち帰り専用のミンチカツも有名。ですから、その付近に行けば行列ができているのでいけば分かるでしょう。味はというと、お肉の固さは丁度よくて口中でとろける感じ、牛丼にいたっては「煮込みまくり!」という焦げ茶色ですが絶品でした。3人それぞれが食べ終わった後に、牛丼を追加。満腹でございます。

本来の目的である伊勢神宮参拝を忘れかけて、おかげ横丁で楽しんだ一行は、人の流れに流されてようやく目的地伊勢神宮へ到着しました。天照大神をまつる場所だけに、派手なのかとおもっていましたが、素朴で派手さは無く、しかしエネルギーが満ちあふれているという感じがしました。伊勢神宮は25年に一度遷宮といって、本宮を移すという事も初めて知りました。次は平成25年だそうで、それに向けて建築するための材木選びから何から色々な事が行事として行われて行くようです。お参りの際、横の人々が地元のガイドを付けていたのですが、本宮にていよいよお参りという場面、何を話すのかとおもったら「藤原紀香さんと陣内さんがここにきて、お参りをし、実際に結婚式に配られたのがここで撮った写真を彫り込んだチョコレートだった。。。うんたらかんた」。「ソレ別に知らなくてもいいかも。。。。」と横で聞きながら思ってしまった児玉一行でありました。

お腹も一杯、お参りもして気持ちも一杯。さて帰るかと一行は2時間かけて名古屋へ。Makotoの新妻をピックアップした後、夕飯にはもつ鍋を予約しそれまでの間に何かをしようと「猿投温泉」へ。ここは名古屋から車で20分くらい。写真をみていただくだけではその良さが伝わらないのですが、まるで映画「千と千尋の神隠し」の舞台のように、橋があって提灯がぶら下がって、ライトアップされてという素敵な光景でした。もう一度ゆっくりと行きたい温泉街ですね。風呂上がりにポポロという有名なもつ鍋屋で夕食。さっき食べた牛肉弁当や牛丼がどこにいったのかと思うくらいたらふく食べてこの日もホテルにもどって「バタンキュー」。

さあて次は「名古屋城」と待ちに待った「ひつまぶし」だ!