2006/07/31

Hanabiと同窓会

土曜日は翻訳の仕事終えた後、留学時に知り合って今でも物凄い近所付き合いをしている夫妻と友人、僕の彼女とその友人達とともに7人皆で”浴衣”(内二人甚平)で隅田川の花火大会へ。仲間にアメリカから遊びに来ているNOAHもいたので、折角ならいい場所でと先輩へ連絡をして、ご家族経営のビルの屋上で毎年開かれるHanabeerPartyへお邪魔をした。

小学校時代から一緒でアメフトも一緒にやっていた先輩Mr.Kanbeの家族に久々に会い、友人達と語り合いながら何年ぶりかの隅田川花火に感動。自分自身も念願の浴衣をきれたし、浴衣で町を歩けて良かったなぁーー。楽しかったなぁ。

今日熱海に戻ってくる前に、既にIBMを退職しかつアメフトチームBigBlueのOBの同世代のメンバーと飲みに行った。僕が去るまでに集まったのは5名だけど、皆それぞれに面白い活動をしていて、でも元々”いい奴等”だからそこら辺は変わるまでも無く、笑い話以外にも色々な話に花が咲く。アメフト関連の話なんか総合で2分位だったなぁ。盛り上がったのは、やはり伝説のAV男優「加藤鷹」だった。僕達は今までも、そしてこれからも「鷹」で盛り上がれる純粋な奴でありたい。

2006/07/29

米国からの来訪者と脳年齢

火曜日の放送は選曲に課題を持った。毎回天候に恵まれない夕方だったため控えめにしていたが、ようやくラテンがかけれた。リスナーの反応が良ければラテンサウンドはマイカラーとして出したい位。この話はまぁいいや。

木曜日に以前アメリカでお世話になったKPFAラジオ局のパーソナリティとテクノロジーの夫妻が日本に来ているということで天龍に餃子を食べに行った。この辺は次回タップリに話す。

今日は金曜日。会社終わりに銀座へ。電話がなり急遽赤坂のスタジオへ入る事になった。翻訳を担当している番組の一回目の制作にたちあい補足の翻訳が必要だという。

友人にも映像関連で頑張っているやつが何人かいるが彼らの大変さがようやく理解できるようになった。これでもまだ序の口なのだろう。でも最後の出来上がりをみて、スタッフロールに自分の名前を見つけた時、これを見る人そして作るスタッフのためにもいいものを作らないとなぁと思った。

あっ!そうそう。営業やマーケティングで左脳をつかいラジオや翻訳?演出で右脳がバランスよくつかえているからだろうか?先日脳年齢のゲームで脳年齢は23歳だったぞー!俺は若い!

2006/07/24

13年ぶりの再会に感激

ビジネスを機会に仲良くなる人はいるけど、ビジネスはビジネスと割り切ったり割り切られたりでそんなに弱音をぶちまけれる人というのは実は余り多くない。1度切れた人脈をつなぎ戻すという事もそれはそれで大変だし、以前良い関係だからといって再び当時のように受け入れてくれるとは限らない。

でも、中には何年も会っていないのにあった瞬間にそれまでの時間が「シュッ!」と縮まったり、まるでずっと友人であるかのような気になる人は存在する。

今日僕が熱海であった友人は、中学時代に一緒に遊んでいた女友達。当時の恋愛の悩みなんて今考えればちっぽけなものだけど、当時は全身で喜んだり悩んだりしていた。そんな中学高校時代の恋愛の悩みに相談にのってくれていた友達である。高校卒業後は、金沢に行ったりアメリカ留学したりということで音信不通になっていたのだが、先日共通の知人の経営するレストランで「児玉ハ熱海ニイル」情報を聞きつけ連絡をくれたのである。そして今日13年ぶりに会う事が出来た。現在箱根の某美術館で学芸員をしているという事で、山を越えて会いに来てくれたのである。

実際に会ってみると、気のおけない仲間というのは本当に良くて、会って3分もすれば僕のイケてるジョークを素で返してきやがる。それ以前に、会って最初の言葉が「久々ー」よりも「おー超おやじ」である。「うるせぇ オバハン」と返してやった。話した内容は他愛も無いことばかり。でもこの他愛も無い事が楽しいと思える事こそ素晴らしいと思う。こういう再会って本当に面白いと思う。

2006/07/22

クーラー病にTKO!

木曜日、証券会社で仕事を終えた後、翻訳の仕事をするためにネットカフェへ。

その日は暑かった。でも、そのネットカフェは入ったら「ヒヤッ」とするくらい寒かった。その中で、空いているシートを探すと、クーラーの真下に位置し、噴出し口が直接僕に当たる場所しか空席がなかった。已む無くそこで作業をすることになる。この状態ですでに「さむっ!」なのである。

翻訳の作業は結構細かくて、一言一句聞き漏らさず理解してから、全体の脈絡に沿うようにカスタマイズするという内容。たった12分の会話でも、丁寧にやろうと思えば時間がかかる。3時間を費やして、夢中になってやっていたら 突然に、「クラッ」と来た。

本当に突然。 吐き気をもよおして、ふと我に返った。体は氷のように冷たくなって、震えている。なんだか今まで味わったことのない不快感。作業もほぼ終了していたので、早急に終えてその店を出ることにした。家への帰宅路の記憶があまりない。不快だったことは確かだが。

翌日朝起きたら、とんでもない頭痛と吐き気、めまい、胃痛そして倦怠感が体を襲っていた。勤務先にその旨を伝え、お休みをいただくことに。。。。。。 
状況を伝えると返ってきた言葉は「それ、クーラー病じゃない?」とのこと。

たった数時間でも、18度くらいの風に直接あたっていると「クーラー病」になるということがわかった。本当に夏は気をつけないとやばい。クーラーは喉が痛くなるし、こうやって病気にもなる。本当に嫌いだ。

2006/07/19

不思議な西麻布

今日は翻訳関係の打ち合わせで西麻布へ。

毎度のことながら思うのだが、西麻布から青山墓地にかけては不思議な空間である。某霊能者によると、青山墓地は「魔のエリアとか魔界への入り口」だとか。あそこに墓地がある家族に失礼だろ!と思いながらも、やはり青山や六本木といった超繁華街が周りを取り囲む中に今もなお存在する大きな墓地エリアは「なにかある」と思わずにいられない。 以前一人で歩いていて、墓地を横切ったことがあるが確かにぞわっとした覚えがある。

そして西麻布。広尾に向かう道は少しづつ栄えているのに、反対側は、星条旗どおりより向こう側、青山にいたるまであまり栄えない。そりゃそうか、、、、墓地の土地を切り売りするわけないからか。モンスーンカフェとか家具や位しか覚えがない。

ここで僕がいいたいのは、本当は不思議だとかではなくて、西麻布という町へのアクセスが結構悪いということ。六本木から雨の中歩いても15分位はかかるし、西麻布から麻布十番もおなじ麻布という名前がつくのに中々に遠い。そして人はいう。

「バスを使え」と。

昨日の放送、満足せずに気合を保てばいいテンションで引っ張れることがわかった。丁寧に話しすぎという課題もクリア。でも、選曲とかコーナーから音楽へ移る際とかはもっと改良できるだろう。

今はこうやって、焦らず動き回らずに身の回りにある事の中で自分磨きをする事に決めている。果報は寝て待てともいうし。

2006/07/18

アフリカンアメリカンの英語の難しさ

風邪が思ったほど長引き、熱も出て先週の日曜日は家で痺れていました。咳から高熱になるとは、自分の体調管理に気をつけていたにも関わらず情けない限りである。

実はいま、ある方からお誘いをうけアフリカンアメリカンのインタビューの翻訳をやらせていただいている。これが物凄い難しくて、スラングバリバリのために実際に直訳すると大変なことになる。それこそジダン頭突きを起こしかねない内容だったりする時もある。だから、ニュアンスでとって和訳をするしかない。本文を聞きながら翻訳を見て「ちょっと違うなぁ」と思うのと、実際にやるのとでは大違いである。ふぃー。

さぁてそんなことを考えながら、夕方の放送に行ってくる事にする。今日の課題は、自分のテンションを2時間番組の中で一定に維持できるかどうかである。恥ずかしながら、前回は後半にのんびりした曲を流したこともあって、自分自身ものんびりしてしまった。これではプロとはいえません。高いテンションを維持すること!これ大事。

2006/07/15

ばてばて日本の夏

正直この時期の日本の夏を経験するのが3年ぶりということもあり、かなり6月からバテバテである。いくら暑くても乾燥している地域ではそこまでの消耗はないのだろう。やはりポイントは湿度だ。スーツを着て外に入れる時間は大体5分が限界。5分を過ぎて歩いている場合、汗腺が「開けゴマ!」ばりに、パカーンと開く。
汗をかく。部屋に戻る。部屋はそれなりに冷えている。結果風邪を引くという流れが存在するのだろう、僕はいま咳きがたくさんでてある種の風邪にかかっている。みんなは大丈夫だろうか?

人はバテると少し槍投げいやさ投槍になる傾向があると思う。先日ある方から伺ったのだが、企業買収の市場でも、この時期は結構事業を売りに出す数が増えるという。「うぁー暑いなー。会社うっちゃおうかなぁ」。M&Aは今が稼ぎ時なのかもしれないと勝手に考える。

夏休みのプランはいかが?僕は松尾芭蕉の奥の細道をたどる旅行を企画している。平泉に行ったことがないので、ぜひ行ってみたい。

2006/07/12

十代目石松との闘い

アッシは、”十代目腎の石松”と申します。九代目の兄さんが、スペインのバルセロナ討ち死にを遂げてから約一年が経ち、このたび10代目の石松の名前を襲名しました。

僕は務。石松のオヤジとは大学二年から闘っております。一代目を麻酔なしの超音波で破砕してから、以降三代目石松のオヤジには、病院送りにされ、八代目とは結構な時間死闘を繰り広げた思い出があります。おそらく2005年5月位の僕の日記に九代目が登場しているでしょう。 (その後もあったから、八代目かな?まぁ沢山やっているということで)

って、清水の次郎長っぽい感じですが、何のことはない”尿管結石”の話です。大量の汗をかくといきなり飛び出してくる尿管結石ですが、今回の石はアメフト練習の最後に独走したときに飛び出たようです。走り終わった後から、気持ち悪くて背中がはる。この痛みは、痛みランキング三位以内に入るのに、病状としては物凄い軽いという厄介な病気です。結構この痛みに慣れてしまい、心配はいりません。”痛くなったらすぐ座薬”が合言葉。これ知る人ぞ知る情報。

さてさて、7月11日の今日。アメリカでの放送から約一年経ち、なんとか「こだまつとむのイブニングワイド796」という番組をワンマンで放送させていただきました。選曲とか、オリジナルコーナーとかがあるので、工夫しがいがありましてね、頑張りますよ。今日は、日本以外の情報ということで、オランダやM78星雲の情報なども取り扱いました。はやく、PODCASTにアップします。こりゃ、Mr.Tetsujinのスタジオに行くしかないな。

洗濯物が臭い!これどうにかならんのか? その日1日が臭いにもってかれて、萎えまくりです。

2006/07/10

大抵の事が大したこと無い

これだけブログの更新が遅れたのは、この3年間のブログの中でも結構珍しい事である。自分の日記として書いているので、書き溜めたわけでもないのだが、こちらも珍しくイベントやらなんやらが続いていた。おかげさまで久々に充実した一週間。

火曜日の「環境と右京」という片山右京さんを招いたIBMでのイベントは、大盛況に終った。僕にとっては司会とインタビュアーをやるにあたり色々と新しい試みをした結果が吉とでた会。F1レーサー引退後、登山家としてエベレストやマナスルといった山を登って何度か死にかけた経験もある片山さん。大抵の事は大した事ない」とは、頭で分っていても、言葉には中々できないのではないと思う。二人になる機会があったときに聞いてみた。「右京さんは言霊を信じますか?」という問いに、「自分で言葉に出す事で叶う事がある」という言葉。素敵である。昔から会いたいな、会って話を聞いてみたいなと思っていた人に会い、話を聞けた事が何よりも嬉しい。

木曜日、金曜日は証券会社でお仕事。この時期は、短期、中長期計画見直しの大事な時期であり、2006年度の第一四半期を振り返る重要な時期。この企業の役に立ちたいという思いが強いためか、パートナーであり正社員でないにもかかわらずミーティングを仕切ってしまい、吼えてしまった。いやー仕事って面白い。

土曜日 東郷神社・記念館での友人の国際結婚の司会。全てのスケジュールが現場のスタッフや参会されたお客様のお蔭できっちりの時間に終る事が出来、新郎新婦も喜んでいた。「司会を頼んで本当に良かった。有難う」と言われる事が、お金よりも僕の心に響いた。有難うといわれるために頑張るという事は僕にとっても多くの人にとっても糧だと思う。その友人は7月末にはラスベガスに行ってしまう。僕がこれまで披露宴をした3組、二次会を担当した10組以上が幸せな結婚生活を送っているようで、嬉しい限りだ。

2006/07/04

「環境と右京」と題しまして

ただいま、ラジオの生放送から戻ってきました。今日からは、朝のフリートークの部分が5分ほど僕のコーナーになりました。とうことで、これからはそのときの話題をpodcastingにアップして行こうかなと思っています。とはいえ、MDからパソコンに落とせないので今しばらくお待ちを。って、誰が待っているものか。。

これから僕は東京に急ぎ戻り、IBMの箱崎事業所で行われるイベントに参加します。題して、「環境と右京」。現在パリダカや、日本自転車縦断、エベレストなど数々の登山経験を持つあの「片山右京さん」と対談をする機会を頂きました。個人的にも生き方が大好きなので、思いっきり色々お話いただこうと思います。

ちょっぴり緊張しますが、何も緊張しないよりはいいと思っていて、自分が楽しんで、お客さんも楽しんでもらって良い会にしたいなと思います。

ここで先週の出来事を一つ。お世話になっている制作会社の社長さんから先日連絡をいただき、金曜日にオフィスにお邪魔してきました。1時間の話の中で、10月の番組編成に向けてこれから様々なオーディションがあり、僕向きな番組の話があればオーディションの情報など紹介していただけるとの事。チャンスを逃さないように自分磨き頑張ります。

2006/07/01

児玉ファンド

児玉ファンド。我が家に最近登場した言葉。ファンドとは、投資家から資金を集め運用し、そこで生まれた利益を投資家に戻していく。我が家では投資家は祖母。運用を委託されるのは児玉務、つまり僕である。祖母から受けた資金を元に、パチンコに挑戦しそこで勝つことができれば、その時決めた%で戻していくというもの。

最初の投資額は10000円。コレを2時間弱で150%にして戻す。祖母は家にいて、5000円利益を得る。二回目の挑戦。今回は120%で、ボーナス後のパチンコ挑戦ということもあり、今回は利率低めで契約。実際に12000円にして戻していく。3回目も120%。残念ながら、インサイダー情報などはあるわけがなく、大損ぶっこき丸で多額の損失を生み出した。

4000億というお金を運用していた村上ファンド。最高のパフォーマンスをだすところには、巨額な資金があつまる。なんとしてでもプラスにしなければならないという使命感が、あの結果を生んだのかは不明だが、人のお金を預かってなんとかしなければならないというのは、規模は違っても祖母と僕の間にある信頼関係の中で非常に重くのしかかっていた。3回目で損失を出してしまった僕に、もう一度、「投資してください」とはなかなか言い出しにくい。

ちなみに、我が家はみんなギャンブル下手。祖父の「悩んでいる時、頭を空っぽにしたいときはパチンコ!」という中学生時代に言われた言葉を信じ、たまに二時間位いくだけである。空っぽになるどころか、負けるとめちゃめちゃ悩みますぞ。