2005/04/29

ボカディージョとチュッパチャップス

ホテルで20回ワイアレスインターネットチャレンジしてもつなげなかったのに、今パスポート番号を聞いてくるところで、ゼロの代わりにOを入れたらつなげれた!今までゼロと英語のOを間違えていたみたい。この9年間くらい。。。。アホだな。

少し、バルセロナについて話したい。ここは、スペインでもカタルーニャといって、俗に言う、スペイン語(カステジャーノ)とは又違った言語(方言よりもっと独立している感じ)をもっている。街には、スペイン語表記と共にカタルーニャンが表記されていて、似たような似てないようなで見ていて面白い。外人が日本で日本語はなすと喜ばれますな。。。そんな感じで僕もココで楽しくスペイン語とボディーランゲージで会話している。スタバでコーヒーを頼む時に、名前は?と聞かれて「Japon(ハポン)」といって店の人々と大笑いしたりしている。ココには、英語を学ぶ必要が無い国の人々が来ているので、アメリカで会える可能性の低い国の人々と会う機会を得る事ができて、僕にとって非常に価値ある。そして、ちゃんと英語が役に立っている。
少し食べ物の話、、主題のボカディージョは、こちらで言うサンドウィッチでフランスパン風の硬いパンの生ハムのサンドウィッチはスペインを代表する食べ物だそうだ。いたるところで買えて、どれも旨い。生ハムだが、こちらではブタの足丸ごと吊るして売っている。そうそう、知る人は知っているのだが、「チュッパチャップス」というアメは、バルセロナに本社を持ち、あのデザインはダリがデザインしたのだそうだ。観光案内に書いてあったが、面白い内容なので日記に書いてみた。明日の風はどんな風だろう。

2005/04/28

やっと使えたよ!

どもども、4日ぶりです。なにせ移動した先のホテルが、内装最高、大きさ最高にもかかわらずインターネットがつかえないもんだから困った困った。いまは学校のネットを使っている。
月曜から学校が始まっている。アメリカでの学校と違って本日入校の生徒は50人くらい。そのうちアジア人と思えるのが、僕ともう一人の女性のみ。学校を見渡しても、アジア人は5人くらいしか見ていない。そして、女性がめちゃくちゃ多い。superビギナークラスから始めようと入ったクラスは8人。そのうち男は僕一人。ミーンナ金髪でござんす。
初日から僕と一緒にぶらぶらしてくれている女性はヘレンさんといい、オランダはアムステルダムから来ている。もう一人は、アメリカはN.Yから来ているスマさん。彼女は医者の免許を持ち、産婦人科で働くのだそうだ。日本語を話す機会は一度もなく、英語がお酒を飲みに行くにも、どこに行くにも友人との間での共通言語となっている。今の段階ではお互いスペイン語で会話するとすぐ終わってしまう。。まぁ僕にとっては英語の会話もいい勉強なのだが。また、一昨日から、ヘレンさんの友人でこちらでもう4ヶ月くらいインターンをしている友人と合流して、半分スペイン語半分英語で毎日楽しい夕食を4人で食べている。
そうそう、アパート探しの件であるが、短い滞在期間で語学力を伸ばすため最終的にホームステイを選択し、昨日その御家を訪問。スペイン広場のすぐ近くにあるここのお母さんは、とおり沿いから僕を見つけだし、素敵なお家を見せてくれた後、ママです!。お腹すいているならコーヒーとシリアル食べていきな!と。。ウルルンみたいな気分。
いつかけるか分からない日記なので、バルサを一言でいうと、めちゃくちゃ飯が上手くて安い!ここの生ハムは食べたら5回死ぬとか10回死ぬとかえなくてて、「ショック死」だ。

2005/04/25

オーラ!パエーヤ!

美味しいものを来週にと、アメリカ生活同様自炊してやろうとハムとパンとマヨを買った。一人旅って結構自由でいいと思ったが、どこで何を食べても食事だけは結構寂しいものがある。仕事上、1人で食べる時も多くて、其れはそれで慣れても、海外で入り口のカウンターに大勢人がいるバルに入るのは気が引けてしょうがなかった。 情報ゲットのためいろいろなサイトを見ると、一人旅は人が思うより孤独で、中には1人でしりとりやってしまう人もいるようだ。しかし、一方で「バルセロアナは食事が旨い!!」ともある。このまま、びくびくしていたら、これから行くかもしれぬモロッコやポルトガル、イタリアでもハムサンドで終る。。。それは、やばすぎる!そして、ビビっている証拠だ。

思い出せ!!日本で「結構危ない!」と言われた様々な場所に、何か面白い事あるかと思って1人で飛び込んでいったことを!

ってことで、大げさな表現ではあるがTAPASに飛び込んできた。頼んだのは、オニオングラタンスープと海鮮バエーヤ(パエリア)そして、カタルーニャ地方のデザート クリームブリュレ。うまし! パエーヤは少しオリーブオイル効きすぎだったが、全体として日本人の口にあうといわれるように良い感じだった。明日から学校。ホテルは別の安ホテルを25日から4日間取れた。それ以降は又探す。

今日のスペイン語。「お会計お願いします!」の「Me cobra, per fabor」を何を間違えたか、「guapo!」(ハンサム!)と言ってしまった。でも、食べれたし会計も終えた。これでいいのだ!

2005/04/24

まずは庶民的カフェから攻める!

日本からほとんど何も情報を持ってきておらず、ネットで情報を検索する必要があるので毎日2時間だけネット接続。今日は朝から、昨日のサンパウ病院に続くバルセロナにある”世界遺産”「グエル公園」に足を伸ばす。といっても、ホテルから電車で30分くらい。
ココも建築家ガウディが手がけ、タイル装飾はジョジュールという人が綺麗に作ったのだという。公園内には、ガウディが住んでいたという家がガウディ美術館として存在して、4ユーロで入れたので中を見てきた。家にある様々な家具がガウディ作ということもあって、クネクネしている。芸術のことは詳しく分らないが、この人の作る曲線の組み合わせは大好きだ。写真を後日アップ予定。今回は、脚立を使って、少し遠めで写ってみた。
おびえていてもしょうがないので、とりあえず小さな庶民的カフェに入ってオーダーをしてみた。「カフェアメリカーノあります?」というとことを、Hay(There is) をHoy(Today)と間違えてしまい、「今日カフェアメリカーノ!」と言ってしまった。「HOY?」と顔をしかめながらも、意味分らずもアメリカーノGET! 夜はバルで、小皿頼むつもり。
こちらのテレビで、ドラえもんがやっていた。クレヨンしんちゃんもスペイン語で主題歌が歌われている。アメリカだけでなく、こちらでも有名なんだな。さらに! コマーシャルでi-modeの宣伝がやっていた。テレビ見ることも勉強だから観ているが、難しすぎるね。BBCニュースで英語を聞くのが唯一の救い。

2005/04/23

美味いご飯は来週まで我慢。

スペインご飯が美味しいというも、中々スペイン語で会話できない事で腰が引けて美味しい食事にありつけない。開き直って英語で堂々と頼めばいいのだから店に入ってしまえとも思うのだが、コーヒー屋さんでコーヒーもスペイン語でまともに買えない事にちょいと落ち込みぐったりモード。 とその反面、昨日ネットで語学学校を見つけ本日飛び込みで来週からの授業を受ける所までもって行けた。しかーし、アパートの手配がギリギリすぎて手配できないため、独自でどこか滞在場所をしばらく確保しなければならない。
観光だけで来たのならば、滞在5日間で、英語を気兼ねなく使って、ご飯も美味しい所に飛び込んで、買い物してという行動を間違いなくとるのだろうが、「住むことで学ぶため、観光気分を脱していくぞ!と何か慎重に取り組みすぎているかも知れない。少し臆病になっている自分に腹が立つのだが、きっともう少ししたら笑える日が来ることを信じて、自分の気持ちに無理せずに行動している。
今日も5時間程歩いて、コロンブスの塔、バルセロナの海岸、オリンピック公園等を探索。世界遺産にもなっているサンパウ病院は屋根が綺麗な建物ばかり。その近くのサグラダファミリアに再び足を運ぶ。サグラダファミリアの完成は100年後もしくは200年後とも言われており、現在は外側に立つ聖書の12使途をあらわす12本の塔の内8本までが建っているだけである。本当に観ていて絶句という感。

2005/04/22

スペインから愛を込めて第一報

スペインはバルセロナから送る最初の「Edokko en Barcelona」。
有名なサグラダファミリアから徒歩10分ほどにあるホテルに到着後少し周りをと思ったが、スリ・強奪も多いというバルセロナでも人が少ないこのエリア夜道の一人歩き危険とSupermercado(スーパー)に買い物で終了。SF初日のマフィンを思い出し初日はサンドウィッチ。ホテルの部屋での食事は寂しすぎる、でもこれが僕的第一歩だと思っている。21日は、サグラダファミリアに徒歩で行く。遠くからでも100M近くある有名な塔が見えて、道に迷うことなく到着。と、いるいる観光客がたくさんいる。おそらくこの中でスリがターゲットを狙っているのだろうな。歩く事で土地勘を得るというモットーに伴い、5時間ほど歩く歩く歩く、そして当ても無くさまよう中でカタルーニャ広場やショッピング街のグラシア通りを見つける。語学学校にめぼしをつけて、その住所までいくもどうやら閉鎖されたようだ。んん。。。別にバルセロナで絶対に学校に行くという訳でなく、グラナダでもマラガでもいいので、後2-3日考えて、もしかしたら、この次の日記の時には、「グラナダに行く!」なんていっているかも。2ヶ月間はスペイン語勉強したい。この街には、オープンカフェがいたるところにあり、お昼に入ったいけてないカフェでもサンドウィッチが美味しくてびっくり。正直一人ではBAR(こちらでは”バル”といって居酒屋兼お食事処)に気が引けて入れないのだが、明日3日目には近所のバルに1人で飛び込もうと決意。でも今日はまだ時差ぼけで知らない街を緊張しながら歩く疲労のためか、マフィンならずワッフルとドーナツを食べて寝るつもり。
日本人多いかなと思いきや、アジア人自体を見かける率が圧倒的に少なく明らかにこの国民とは違う国の人という感覚を得る。日本でいう白人の感覚なのかも知れない。これから3ヶ月はスペイン語に触れる機会を多く持ちながら、あちこち観て回る。初日二日は至る所で「Hola!」「Gracias」「Perdon」そして電気屋での初のスペイン語会話。テレビを見ているが、さっぱり分らん。カフェの会話も分らん。分らん事だらけだ。まぁそんなモンでしょ。
とりあえず有名どころの建築物見たので写真アップ!!

2005/04/18

江戸っ子はしばらく離国しますがよろしく!

スペインでの最初の5日間だけの滞在先は確保。その後はあちらで何とかする。そして出発は20日の朝。明日19日はブログをアップを出来る環境ではないのでこの日記が日本滞在2週間における最後の日記となる。あっという間の2週間。週末は、彼女のお母さんと合流して3人で裏千家のお茶会の集まりへ。明治神宮内の開催場所における、礼儀・しきたりに厳しそうな人々がぴしっとお着物を着ている風景に、物凄く気持ちが落ち着いた。
夜は、兄と僕とお互いの彼女と計4人で、夕食。そしてこれを書いている今は熱海。
20日は朝10時過ぎの飛行機で、アムステルダム経由でバルセロナに夜20時到着。合計14時間の長旅で、ネットカフェや自分のPCでこのサイトにアップできるのが何時になるのかわからない。なるべく最初の一週間でネットでアップできる事を期待しつつ、その際にはホテルの近くのサグラダファミリアの写真をアップ予定だ。料理の美味いと聞くスペイン。この旅はいったいどうなるだろう。

今日からこのブログはEdokko en Barcelona! だ。 Vamos! Espana!

2005/04/15

猿と犬

猿が家にやってきた。そして僕の家の犬がほえまくった。犬猿の仲とはよく言ったもので、猿に余り犬がなつかない。ここで猿というのは、僕の親友で今もアメリカ行きにビザの関係から待った!がかかっている男「勝」である。(彼の滞在記に関しては、Linkのカツが勝つまで参考の事)

勝を実家において僕は、ラジオ業界の話を伺いに知人宅へ。4月20日からスペインに行ってしまうので動きにも制限が出てしまうが、動かないよりは動くほうが良いに決まっている。詳しい事はここでは述べられないが、予想通り道は険しい。実際に険しいと判っただけでもプラスだ。本当に険しい。戦国時代で例えるなら、上杉謙信の車懸りの陣を破るくらい難しそうだ。でも、「なる!」と思わなければ成れないだろうから成る!と信じるしかないなぁ。

自分自身、英語だとかスペイン語の習得自体は日本料理で言うところの、御新香位でしかないと考えている。お米は、僕のキャラクターだ。これをどう売り出すか。。。。一生懸命考えよう。人生は前向きがやっぱり楽しいね。

2005/04/14

まいったまいった

久しぶりのアップデートしようにもこのブログのシステムが毎日エラーになって書くものも書けない。日本に戻って一週間。英語はしゃべらないまでも兎に角英字新聞は読みつづけている。あと一週間でスペイン。英語のKeepは必須だ。なぜなら日本語からスペイン語を学ぶのはかなり難しいし、英語の文法は似ているからだ。ここ一週間での日本の感想はというと、「日本は便利だ! だからいろいろ高い」。 日記が書けない分、熱海や東京で美味しいものを食べている。最高のメンチカツ、最高のカツサンド、そして最高の大学芋。そして、カリフォルニアにも負けない陽気な年配の方々。あっちこっちで、おじいちゃんおばあちゃんと世間話している。しゃべりかければ皆おしゃべり好きなのねん。
テレビ番組はくだらないものが多くて見る気しないが、それはどうでもいい。
熱海の感想。魚が安くて本当に美味い。4人分のお刺身にうに、伊勢えび、あじ、まぐろその他たくさん船造りで5千円は安すぎる。そして温泉。東京から2000円弱100分で来れる熱海。今、どんどん変わってきているという。こちらにマンションを買っている独身女性も多いとか。癒されたい人にはいい場所だ。

2005/04/08

気分はラスベガス!

日本に帰ってきているが熱海にいるので東京で育った僕にとっては観光気分。中途半端に発展した熱海銀座や東海道五十三次の一つの宿場町であり温泉街の古さを感じる町並み、そして家の縁側から見える綺麗な山の風景は夏休みの田舎暮らしを髣髴させてくれる。でも良く考えたら、町にいる人の数や気候的にはサンフランシスコと似ているので日本になれるためのリハビリにはちょうどいい。明日は日帰りで東京。時差ぼけはいまだ直らずボケボケ。
ちょっとばかりスロットをやろうと家族で熱海駅の近くのパチンコ屋さんへ。日本でつばめグリルとパチスロがやりたかったので、「気分はラスベガス!」と行き勇んでいってみた。しかし、家族がパチンコで10箱つんでいる側で、僕はどんどんのまれてしまい大負け。。もうやらない。
其れよりもスペインだ!あれだけレコンキスタを完了した後大航海時代に突入、活躍したにもかかわらず、今はEU参加後の景気低迷からの脱出を図ろうとする一方で安定を求めているスペインの今を見るのは楽しそうだ。そして同じ国でありながらバスクやカタルーニャといった地方は独自の言語を維持している。面白そうだ。おそらく毎日言葉の通じない環境に落ち込みまくりだろう。其れがいい!毎日楽しい日々なんて続くもんじゃないんだからと思って、燃えてりゃ何かいいことあるでしょ。
最後に熱海について。お刺身を食べた。1年半こんなに美味い刺身食べた事無い。そして安い!魚と温泉の両方を満喫したければ、熱海がいい!東京から2000円弱で電車でこれるよ!

温泉桜鶯とくりゃ?ここは日本だぜ!

飛行場までアメリカに来て本当にいろいろ話し合った友人に送ってもらった。涙のお別れがあるかと思いきや、最後まで下ネタ連発で、涙よりは笑って分かれたかったのでこれで良し。僕らはともに日本人。こちらが特別な環境であって拠点は日本だからまた会えると信じている。 興奮して飛行機内ほぼ眠れず。到着後、初日の夢にまで見たつばめグリルのハンブルグステーキを彼女と一緒に食べて、美味さで児玉ギネスブック初の15回死亡を記録。

日本に帰ると逆カルチャーショックを受けるなどとよく言われるが、日本とアメリカは国が違うんだから当然いろいろ違うって言い聞かせてショックを吸収しようとしている。それでも、短パンTシャツの僕の5倍くらいあるお尻の白人や、アジア人やアフリカンアメリカンのような有色人種に囲まれていたのんびり気候のスーツ姿を余り見ない環境から数時間で、日本人だらけのスーツ姿を沢山見かける状況はなんとなく視覚的に圧倒され、自分がオノボリサン的な印象を受けている。何見てもすっげぇえええ!てなもんだ。一年ぶりに見るウォシュレットと、和式のトイレを見て「日本最高だな。」と感じてしまった。

今日7日から熱海の実家に移りしばしの休息。家で温泉に入れるって凄い。風呂場の裏には竹林。ホリゴタツと縁側に桜と鶯そして家族。「和」を思う存分満喫。8日からは時差ぼけを直していよいよラジオ放送局へのアプローチのための下準備開始。また、20日からのスペインチケットも本日支払い完了。「Edokko de Barcelona」の前に「江戸」を楽しむ。

2005/04/05

アメリカ最終日

たった1年半の滞在でアメリカを語る気は無い。ただ自分の事だけを見るなら、渡米最初の日の英語が話せなくて食べたマフィンと苦労なく映画を理解できる今では英語の理解力は違い、人種や言語に関係なく北米、南米、欧州に友人が出来、前向きに燃えることの大切さを学び、そして何よりも日本の文化が大好きだと思える事が出来た。これだけでも、正直IBMでこれまで1年半仕事するよりも、僕の人生では非常に価値がある。その一方で、この留学を可能にしてくれたIBMに感謝。自分勝手で口だけの人々からも学ぶ事はあったし、心優しい人々からの言葉ではない愛情に涙。

今友人の家に居候(Joe、Mio,Hiro有難う)。東京でも居候。基本一旦江戸っ子児玉は熱海に戻る。1年ぶりの日本で温泉につかってゆっくり、でも手続きでバタバタした後、いよいよ20日からは生半可なスペイン語でバックパッカーとしてスペインに乗り込む。ヨーロッパの今を、スペインの今を少しでも肌で感じる事が出来れば、そこで初めて点だったものが線になる気がする。多くの人々には、スペイン留学終った後、留学終了の報告をしたい。まだまだ、興奮探し終わってないから。

最終日を少し報告。色々な手続きを終えて、トルコ人のトゥーバちゃんとお昼。KPFAに顔出して、アパートのDEPOSIT受け取り。1900ドル戻ってきた。そして最後のタップ。最後のRoutinを踊った後、Private Dance Timeで踊らされた。カレンは僕の最初のタップの先生。最高だ!

2005/04/04

まだまとめるには早い

1年半を振り返るのはまだまだ先の話。
今日は日曜日。日々仕事をしているもしくは、大学院に通っている人々と合える時間。ラーメンツアーに連れて行ってくれた大木さんとシカゴピザでガツンとお昼、スペイン語の僕の先生であり友人のアドリアーナとKPFAの近くのカフェでさくっとお茶(その際KPFAのGMのRoyにばったり出会う)、そしてYMCAの初日からの友人ネパール人のMr.ラジャンとニーハオ!と台湾料理を食べる。夕飯には早すぎたので、ラジャンと二人でアルパチーノの新作「ベニスの商人」を観る。さすがシェイクスピアの原作だけに、使われる英語難しすぎ。いっつもラジャンと会うときは、映画なのだが映画好きの彼はほとんど新作を見てしまっているので、僕と見るときは大体マイナーな映画を選ばされる。さすがに、特大ビッグスクリーンでのスパイダーマン2だけは強引に観させた。明日は米国で眠る最後の日。携帯解約、請求書支払い、銀行口座閉鎖、トルコ人の友達とお昼、モデム返却、アパートのDepositの回収、KPFAと学校に挨拶そして最後の夜を飾るのはもっちろん「TAP DANCE」。アメリカの締めくくりはやっぱりアメリカの文化的何かと相場はきまっている。 今日からサマータイム。日本との時差は4時間。

2005/04/03

お別れのParty

さ”み”し”い”!。今日友人がHOME PARTYを開いてくれた。日本人の友人も集まってくれて、友人の彼氏ダニエル氏の家で夜9時過ぎからのParty。初っ端から、僕の下ネタで始まってしまったので、最後の最後まで僕の周りの会話は下ネタばかり。でも、下ネタを話している時、僕は一番ほっとするのはなぜなんだろう。特にタバコを吸う男性3人だけの会話は、ココにかけないくらい下ネタであり、かつ興味深いものばかり。 皆からお手紙を、アキコからはすばらしい写真と写真立てを頂いた。 人間その人に会おうと思えば何とかして会えると信じ、「今生の別れではない」と思っているのだが、今日集まった人は、僕のこの留学生活の支えになってくれた人達ばかり。だから、しばらく会えないのがさ”み”し”い”!。そして、本当に有難い。
まみこ、あきこ、みお、わたる、ひろあつ そして、 ダニエル、バイロン、メルセデス、ジェームス 本当にありがとう。

2005/04/02

思い出がいっぱい

4月1日は最後のラジオ局での出社日。誕生日にケーキをプレゼントしてくれた皆へのお礼にと、近くのおいしいケーキ屋で丸ごと一つ購入。受付のアナスターシアさんに局内アナウンスをかけてもらって、16人くらいでケーキを食べた。たった7週間だったけど、僕しかいないオフィスに、常に誰か顔出してはおしゃべり。仕事にならないけど、嬉しい時間だった。受付のアナさんは超巨大で、「貴方の人生で一番大きなハグになったね」と体にうずまってしまうくらいの大きなハグをくれた。
今日は務の最後の日だからという理由でのみに行こう!ということになったが、僕自身、こちらで友人と合える時間が限られている中、本日は夕食の約束があり、「おれいけない」とキャンセル。しかし、「いいのいいの!飲める理由が出来たから、務をしのびながらたらふく飲んでやるぜ!」ってことで解散。 
その後、リトルイタリーにて大学院を出て、こちらの会計事務所で働く事がきまっている友人のMikiと激ウマの夕食の後、最高のティラミスがあるカフェへ。Mikiは本日、大学院の卒業式用の衣装を入手。「おれもアメリカ卒業だから、あの四角い帽子かぶりたい!」という希望に応えて、本人もかぶっていない帽子をいち早く僕にかぶらしてくれた。 写真を明日にでもUP 予定

2005/04/01

引越は疲れる

朝っぱらから洗濯をして、1:30入りで20時までの仕事をこなす。夜8時から9時まで ラジオ事前録画用のスタジオを借りてデモテープつくりに専念。ようやく日本語でもラジオ用の自分の声というのをなんとなく見つけれている。本当にこのラジオ局にはお世話になっていて、スタジオが空いていたらいつでも使っていい許可をもらっている。       
収録終了後、友人にピックアップしてもらい車で我が家まで。夜9:30からの最終の引越しを完了。今日までの家はぴっかぴかに綺麗だが、今いる友人宅には迷惑にも大きな荷物とマットレスが運び込まれてい迷惑をかけている。ココで5日間宿泊の後日本へ。しかし、この1年半で引越し何度しただろうか。しかも今後も今考えるだけでも、これから日本へ引っ越して、今度は日本からスペインに引っ越して、7月には日本に引越。職がきまれば、その場所へと熱海から引越。最低4回は待っている。今年は、一箇所に落ち着いてられない年なんだろう。来年は日本の大地に根を張って生きることにする。
なぜかキン肉マンの話題になるとアクセスが多くなる。みんなそれだけ好きなんだろうな。うんうん、最高だ。別のブログでも立ち上げて、毎回1超人ずつ説明でもしていくか。実は、そんな暇でも無い。