2005/12/31

情熱のPARTY

情熱のPARTYと題する情熱的なベンチャーキャピタルの人々とその友人が集まってのPARTYがかれこれ6年程開催されている。 そんな中、せっかく忙しい中お越しいただいている皆様に感謝の気持ちということで、主催者であるMr.Kと共にショータイムを準備した。Mr.Kとのコラボレーションも3年ぶりで懐かしい感じである反面、少し不安だったが何とか3回のショーは上手くいった。 

何をやったか? 

60人の人々を前にパンツイッチョで二人でダンス! ダンス! ダンス! このショータイムのポイントはどちらがカッコいいパンツを履いているかだった。と思う。

あっ これを書いていたらお正月になってしまった。 明けましておめでとう御座います。 僕らは日本に生まれ素晴らしい日本語という言語をもっているのだから、”あけおめ ことよろ”とかいう短縮形ではなく、しっかりと挨拶をしていきましょう。

今年の抱負 はもう決めました?

2005/12/27

社会勉強

年末だろうがなんだろうが仕事をGETできていない僕は動けるだけ動くしかない。

昨日熱海のFM局に面接に伺った。面接の達人なる本があるが、僕のモットーは情熱発奮だ。
胸の中にある熱海を盛り上げるプランだか野望だかなんだか分からないけどとにかく全部洗いざらい告げて、聞きたい事を全て質問させてもらい40分の面接は終了。 どうなるか結果は後日のお楽しみ。来月頭には何かしらの動きがあるみたいだから。

5年前に脱サラして音楽製作活動をしている匿名希望のMR.Tにお願いして、古くからの友人がパーソナリティをしているお昼のラジオ番組生放送のスタジオ見学をさせてもらった。 日本のラジオのサテライトスタジオに入るのは初めてだったが、緊張感あるもチームワークがキラリと輝くいい雰囲気で大変勉強になった。詳細を書き連ねれば何日分の日記になるか分からない。それ位得るものがあったのだが、一言で言えば「俺は今猛烈に燃えている!」に尽きる。バッファローウィングを食べて口から火を噴くくらい燃えているのだ。 番組終了後は、3人で昼食をとって何年ぶりかの談話。ここでも本当に貴重な意見をもらうことができた。いつかこの友人と一緒にやれる日を夢見て、まずは多謝。

Action , Reaction。 行動があれば反動がある。何かの映画でいっていた。

2005/12/24

クリスマスEVE In the house!

家よ! クリスマスイブは家ですねぇ。思わず熱海マリンスパに行ってしまいました。人があまりいないのが最高でしたね。 これから映画アマデウスのDVDでも見ながら寝ますがね、そ・の・前に! 下田在住の友人の彼女の話では、下田にTsutayaがあるそうだ。。。。熱海にTsutayaがなーーい。おいおい。レンタルビデオ屋はあるが、いまだにビデオ屋だけにビデオだけ。。。

26日に熱海のFM局の面接受ける事になった。 名古屋のラジオ局にもDemoTape V.5を年内に作り上げて送るつもり。 来月からラジオDJ 養成コースの Bコースが始まる。 その他色々な事が舞い込んできている。来年の抱負は、、、、、「確定申告に行く!」にしようと考えながら、動いて動いて動く!

2005/12/23

香占い

”香占い”は私の友人の占い師の得意な占いの方法である。 先日、その方のお誘いもあって、九州のテレビ局の番組収録があるというので渋谷のとあるBARにお邪魔した。

15:00からの収録のため、14:50にロケ場所に到着してビックリ。店の奥で有名なお笑い芸人とおネェちゃん軍団がなんかの番組を収録中であった。しばらくそこで占い師の方を探すも見当たらず、現場の雰囲気にも馴染めず帰ろうと思ったその時、メールでロケ場所が下の階のBARに移ったことを知り移動。

番組は、占い師にこれから売り出すお笑い芸人を占ってもらうというシンプルな内容だが、この占い師にかかってしまうとコンガ占いから始まり香占いまで非常に面白い。 香占いは、芸人を四つんばいにさせて、脱がして肛門に水晶玉をあてることで占うというもの。なんでも、悪い運勢が下のあたりからにおってくるのだそうだ。それを、お尻を叩いて取り除く。映像的には物凄い事になっていた。

僕も今度香占いしてもらおうかな?

2005/12/20

墓参りとお見舞い

最初にすごい話をひとつ。 僕の親友の”かつ”がアメリカのL.Aのアリーナフットボールチームにいくことが決まった。アリーナの一部だ。もう一人”Rikky”もヨーロッパのフットボールのリーグへ行くことが決定した。自分のことのようにうれしい。 二人とも昨年はアメリカにいくも怪我に悩まされていたりビザの承認が下りなかったりと思うようにいかなかったようなので、来年はブリッとバリッと結果を出すことを祈る。

池上本門寺。 かの力道山が眠っている場所で有名なこのお寺は僕の祖父が眠っており、そのお墓の近くに中学時代からの友人である”タップ”も眠っている。彼は、10年前タイに一人で遊びに行き海で命を落とした。あれから10年。毎年タップの家族には法事になると仲間内が集まり、家でご飯をご馳走になりお酒を飲んで酔っ払って挙句の果てに寝てしまい迷惑をかけてきたので、今年はみんなでお金を出しあってお母さんを囲んでの外食をすることになった。

タップのお墓と祖父のお墓両方にお参りををして、中華を食べに麻布十番へ。その後解散かと思われたが、なんと素敵な企画が用意されていた。 それはSPA! みんなで後楽園のラクーアに行こうという素敵な企画。 温泉で裸の付き合いの後はホールでのビール。何時間いただろうか、、、二度目の風呂に入って僕は別の用事で引き上げたが友人たちはマッサージを受けるのだという。 Total8000円くらいで朝からお風呂に入ってお酒飲んでまた風呂入って、マッサージして三度目の風呂に入って帰るなら安いかもしれない。 後楽園ラクーア ここは、都会の喧騒に疲れたときに訪れれる心の温泉かもしれない。

今日火曜日。原因不明の顔面神経痛で入院したアメフトの先輩をお見舞いに行った。半分目が開いたままの大先輩は笑いながらも目が開いていた。ストレスがたまると体の弱い部分に影響が出るとはいうが、神経に出てしまうのは半端じゃなく大変だろう。直るのには早くて2週間遅くて3ヶ月くらいかかるという。早く直ってくださいね。馬谷さんへ。  

2005/12/15

Sales in Atami

家の近くに小学校がある。1人で学校の前を通ろうものなら、子供たちにじろじろ見られる。 通りを1人で歩いていると、前を歩いている小学生がチラチラ僕を振り返る。 最近本当に子供に関する事件が多いから、この辺りの子供達も危険に敏感になっているのだろう。 ”事件をテレビで見た人間が事件を引き起こしている”とは言わないまでも、少し幼児誘拐・殺害事件が各地で続きすぎではないだろうか?と思う今日この頃。 

本日熱海のコミュニティFMに連絡をし、少し会話した後履歴書送付の指示が出たので当然の如く自らオフィスに持っていった。後日正式面接の連絡を頂くことにしてその場を去る。 このブログにコメントいただいたKAYOさんのアドバイスもあり、今までは東京というと大手FM局、制作会社を視野に活動していたのを東京の地域密着型のFMラジオも視野に入れ色々調べている。 そのラジオ局の放送を聞かずして営業活動もあったもんじゃないから、東京にいるときにはスタジオ周りをしてみようと思っている。

これから色々活動するのに僕の連絡先が相手の手元にないのはダメ!だろうということで、少し手の込んだシンプルな名刺をつくった。はやくこないかなー。  

2005/12/14

ANEHA

いま日本にいる全ての姉歯という苗字の人が迷惑している事だろう。 

姉歯という苗字が珍しいなぁと思い調べてみた。そうしたら、思わぬ産物として、「日本の苗字七千傑」というサイトを見つけた。 このサイト、日本で一番多いらしい「佐藤」さんから7000位の「宮路」さんまで苗字の由来などを調べられるというもの。 

さ・ら・に! 名前検索で自分の名前の順位もみれちゃう! 「児玉」は228番目だった。さて、貴方の苗字は何位だろう? 七千傑はここ→ http://www.myj7000.jp-biz.net/

ちなみに姉歯さんは、19584番目でした。

2005/12/12

忘年会シーズン In the sun

”年忘れ”という名前を使ってあっちコッチで同窓会的イベント開催。こりゃ便利な言葉。

先日、友人の結婚式の二次会の司会をした。依頼を受けたのが2日前。 スケジュールを見たのが前日の夜中。中身はかなーリ大枠のスケジュール表のみ。二次会会場場所は、BARの二階とはいえ、冬空の下、寒い空気が漂う高速道路わき。 おいおい!俺大丈夫かな?と思ったが、いろんなところで経験を積んでこその司会業。二次会会場で軽食は出るとは知りながらも、司会業に徹するために事前にパスタを流し込む。 披露宴も二次会も司会の良し悪しで面白くもつまらなくもなってしまうから、一生に一度しかないであろう思い出の日をつまらなくしてはいけないと必死。 とはいえ、音楽担当は僕と5回以上も一緒に結婚式二次会運営をやったDJ.Konchiだったので阿吽の呼吸で、僕的には合格点。 来年は披露宴の司会をいくつか承っている。

今日は熱海に戻ってきた。 明日から、すぐ近くの熱海コミュニティラジオ放送局へのアプローチを開始。

2005/12/08

東海見聞録その3 「稲葉山城」

特急で名古屋から30分弱で岐阜駅到着。織田信長縁の土地だから1度は来て見たいと思っていた「岐阜」だけに少し興奮気味だが、まずは宿泊施設を確保しようとホテル巡り。 泊った先のホテルは、別の場所にある同名のホテルが姉歯建築士関連の問題になっている。おいおい、、ここ大丈夫かよ?とは思ったが安さに惹かれて決定。と空を見上げると岐阜に初雪が降ってきた。 もちろん薄着しか持っていない僕は半ば凍死気味であるにもかかわらず、稲葉山城へ。 

岐阜城として存在するのだが、僕にとってはかの斉藤道三や龍興がいた場所としての稲葉山城の名前が好きで、今日は稲葉山城でよろしく。標高300M以上ある山のてっぺんにそそり立つこの城には、現在でも車やバスなどでは行けず、登山客用の道とロープウェイのみがそこにたどり着けるのである。 残念ながら、この城は以前ホームレスによる放火で一部が燃えてしまい、再建されたため重要文化財として指定はされていない。指定されているかどうかは別として中に入っておいてあるものはすごい!! なにが凄いって、豊臣秀吉が木下藤吉朗だった頃使用の槍だとか、織田信長が持っていた刀だとか明智光秀の戦時の前掛けがあるのだ。歴史好きにはたまらないだろう。 楽市楽座の立て札とか感激よ!

ロープウェイの下の乗り場には岐阜公園がある。ここは嘗て板垣退助が遊説中に暴漢に胸を刺された場所。「板垣死ストモ自由ハ死ナズ」で有名な場所だと、そこにある板垣像を見て始めて知り申した。公園内で茶室を発見。400¥でいただけるという事なので、一服頂戴した。こういう洗練された雰囲気は最高だね。
余りにも寒くなってきたので、「そうだ、京都に行こう」は断念。飛騨牛のしゃぶしゃぶランチを頂いて熱海に戻ることにした。 今度春に時間が出来たら松尾芭蕉の歩いた道を歩いてみようと思う。到達は平泉!

2005/12/07

東海見聞録その2「熱田神宮とひつまぶし」

前日の奇妙な体験は普通のものじゃないという事から、二人で熱田神宮へ足を運ぶ。名前は聞いた事あるけどそこが一体どう特別なのか分らなかった”熱田神宮”は、日曜で雨にも関わらず多くの人がお参りをして、結婚式を挙げている人々もおりにぎわっていた。 このすぐ近くに”ひつまぶし”発祥のお店「蓬莱軒」がある。 

ヤマトタケルノミコトの「草薙の剣」は、日本書紀でも非常に有名であるが、この剣が祀られているのがここ熱田神宮。 実は、この熱田神宮に行く前にも奇妙な体験をしているのだが、友人にも言っていない。
お参りしたあとは、名古屋に来る前からの目的である「ひつまぶし!」。 噂には聞いていたが、この味は体に電撃が走って指からビームが飛び出てしまうくらいおいしかった。 また食べたいのぉー。 

ナポリタンの下に玉子焼きがひいてあるのも名古屋名物の一つだろう。 街で人にこのスパゲッティにビックリした事を話したら、東京もあるでしょ? といわれた。普通は無いとこたえるとビックリしていた。 おれがビックリしたっちゅーねん。 でもこれ、、、食べるとおいしいーーーーのだ。 自分で作ることにする。

3日目は、友人に別れを告げて電車で「岐阜」へ。目的は、織田信長の嘗ての居城にして、それ以前は斉藤道三が城主であった「岐阜城」。 当時は「稲葉山城」と言われていたこの城。感動の訪問である。

2005/12/04

東海見聞録その1 「岐阜関が原の戦い」

一日に3本しか熱海に止まらない「ひかり」に乗りダイレクトに名古屋へ。昼に名古屋入った私は、名古屋散策も程ほどにアメフト仲間であり会社同期であるMAKOTOと共に岐阜の「関が原」へ。関が原といえば、1600年に徳川家康と石田光成の合戦が起きた場所。一体その合戦で何人の侍が命を落としたのかは不明だが、行く前からなんとなーくいやーな気分はあった。何かがありそうだ。。。と感じたのかどうかは分からない。

名古屋から車で約1時間。 小牧を通り、大垣を通り養老を通る。歴史の中で有名な地名ばかりである。着いた先は関が原。 高速を降りて直ぐの場所に合戦場は広がり、石田光成、徳川家康、大谷吉継、小早川秀秋の陣場などがあちらこちらに点在しており、石田光成の陣場があった高台から眺めるその景色に圧倒された。一面に広がる平地には、今は田んぼが広がり、工場が建ち、民家が並んでいる。 

現象が起こったのはこの後。石田側から徳川家康の最後の陣場に訪れたときの事である。事前の知識無く訪れたその場所に車を寄せて、柵で囲われた陣場に足を踏み入れた。とっ途端、気分が悪くなり頭痛がおそって来た。なんだろう?ここ、単なる陣場じゃないだろう???と思っていると、友人が案内看板を発見。そこには、陣場にして首の検査場と書かれていた。この後、友人も体調が悪くなり二人して急いでその場を離れた。。 やばかった。 夜も奇妙な体験をしたが、このブログは心霊体験報告書ではないので省く。

2005/12/02

どうなんでしょうね?

テレビをつければお笑い番組。チャンネルを変えても似たような人々の同じ様な番組。番組途中のコマーシャルの多くにMr.ぺやMs.チェの様な韓国の人気俳優・女優が。日本もいいぞ! 映画「Always」3丁目の夕日なんて ぼろ泣きですよ!姉さん! どこがいいって、一つのテレビを30人くらいで見る時代の話だから中々味がある。

明日から何日間か名古屋へ。

1人ぼっちになってしまった友人に会うためという名代を掲げながらも、狙うは蓬莱軒のひつまぶしと松坂牛。 その土地の名物を食べないと、行った気にならないから絶対食べるのだ。 あとはなんだ? 味噌カツ? 味噌煮込み? いろいろだみゃー。

木曜日には東京でナレーションの学校があるため戻ってくるのだが、おもわず京都まで行ってしまおうか?などとも思っている。っていっても只で帰ってくるわけではなくて、名古屋のラジオ局を見てくるつもり。

写真を撮ってくるので、後日アップ予定。

2005/12/01

紅葉Season

サンフランスコは徐々に寒くなってきたようだ。 スペインも徐々に寒くなっているらしい。 そして、日本。東京は寒いだろうが、熱海は暖かい。 我が家から少し坂を上った所に絶景が拝める場所がある。熱海の山と海を見下ろし且つ紅葉がすばらしく綺麗な場所がそこ。 海を眺め少し寂しくなったら温泉に入って、美味しい地魚を食べるのがいいね。 こんな時は熱燗に限ると思っても、もし熱燗なんて飲んだら全裸で踊りだしそうだからやめよう。

Google mapって凄いね! 何度も見ているのだが、今日はラスベガスを人工衛星から撮影した映像を見てなんとなーく一攫千金狙いたくなった。 ベラージオのオーナーであったらWynn氏が自己資金を投じて作ったWynnというホテル。3泊するとしたら1泊位はここに泊ってみたいのだが、Google mapのサテライト地図上は撮影したのが古いのか、Wynnのある場所は空き地になっている。。 ヨーロッパの地図を拡充してもらいたい。そうしたら、上空から世界遺産巡りできるよーー!

2005/11/30

RHS

嘗てやっていたアメフト。人生で一番長く時間を割いたのがこのアメフトで、こいつに少し興味を持ち出した。ちょっとやってみたいかなぁという感じなのである。でも、来年陸上競技100Mも挑戦したいのである。今だ10秒台で走る事ができるだろうか?という自分への挑戦の意味で。今は駅伝の季節だから、短距離は春に大会がある。大会というか、記録会とかでいいから出たいなぁと思っている。

そうそう、僕の親友”かつ”は既にアメリカでのフットボール生活を目指しLAに旅立った。 もう1人のフットボーラー リキヤは一体どこにいるんだろか? とにかく、周りで頑張っている奴がいるので、僕も自分に負けないで鍛錬する。横隔膜を鍛える。

この前雑誌クーリエで面白い記事を見た。 僕が嫌いな”Negativeな言葉が人を縛る”にクリティカルヒットする言葉が登場していた。 それは、RHS。これ何の略かというと、Retired Husband Syndorome(在宅主人ストレス症候群)。 2007年までに定年を迎える人々が700万人とも言われるこのご時世。最近はドラマ”熟年離婚”なども放送されていて、5人に1人が65歳以上という状況にある我が国日本には無視できないテーマである。 RHS。。。それは退職した旦那さんが家にいて、あーだのこーだの小言を言う事にストレスを感じる事で奥様方の精神的、肉体的に悪い症状が出るという事だという。 悲しい事に我が家には父親がいない。でも、何十年もあまり家にいない父親がある日から突然毎日毎日家で酒を飲み、小言を言っている風景は想像すると少し恐ろしい気ガする。 投資の指数であるEVA(経済付加価値)MVA(市場付加価値)も大事だけどRHSも大事。なんたって、ここ10年で熟年離婚の数は2倍以上に膨れ上がっているんだから。

2005/11/29

ラジオの学校終了

今日でラジオの学校が基礎コースが終了。 様々な人をゲストに招いてのスピーチは、知らない世界に飛び込もうとする人々に知識と現実と希望をもたらした。このクラスには現役の関西のアナウンサーさんや地方ラジオ局のDJも来ており、そういった人々との情報交換も非常にためになる。 次回の実践コースは、一月下旬から2月にかけてだそうだ。 12月は自主トレーニングに当てられる分けであるが、このコースに参加するためだけにトレーニングをしていては、DJになれないであろうから色々と変化をつけていかないと。

という事で、Action planとして、1.何度目になるか分らないがDEMO Tapeを作り直し、地方のCommunity FMでDJ募集しているところに送っていく事にする。そして、2.いよいよPODCASTに挑戦しようと思う。まずはみんなに聞いてもらって、いろいろと感想をもらうのも価値ある経験であるだろうから。ということで、12月上旬にもPODCASTとまで行かなくてもここに音声ファイルを貼る予定。

2005/11/26

寄席

ドラマタイガー&ドラゴンで話題になった落語。AMラジオでは昔から定番である落語。みんなが知っている物語を話して笑いをとる日本の伝統文化である。 先日浅草演芸ホールにいってみた。 2500円で時間さえあれば一日中いられて一日中笑っていられる。これはお得な話じゃないだろうか?
ひとりで二役なり三役なりを演じて、少し早口だけどでも滑舌がいい実に江戸っ子的な会話はとても気持ちよく、今も残る江戸の風情に感動をした。戦後は寄席を楽しめる場所が東京だけで70もあったというが、今は4箇所。でも大衆演芸が残っているだけいいほうだ。

周りを見渡すと、ビールと柿ピーを目の前に広げてぼりぼり食べながら笑っている人や、半分寝ている人など様々な楽しみ方をしている。空いている時間を利用してこういう場所で話の仕方を勉強するために1人で来る事も貴重な体験になるだろうと勝手に思っている。 

この時分になると話されるという「時そば」という話。 お勘定を払う場面になって、屋台の蕎麦屋の親父に時間を聞く。 「いくらだ 十六文か? それじゃ銭が細かいよ。 一つ 二つ 三つ 四つ 五つ 六つ 七つ 八つ おい親父!今何時だ?」と客。 「へい! 九つでございます」 「おう!そうかい! 十 十一 十二。。。十六! んじゃご馳走様!」と出て行く客はうまく9つ目で親父に時間を聞いて一文ちょろまかす。其れを見ていたもう一人の男が同じ事をやろうと翌日挑戦。「それじゃ銭が細かいよ!いいかい? 一つ 二つ 三つ。。。。。七つ 八つ。 親父 今何時だい?」 「へい!四つでございます」 そうかい んじゃ 四つ 五つ 六つ 七つ 八つ。。。。。。。   っな具合。

2005/11/22

酉の市

鷲神社。。これをワシジンジャと呼ぶべからず。これこそ、12年に一度 酉の市の行われるオオトリジンジャなのである。 昨日、二の酉ということで彼女に連れて行ってもらった。江戸っ子風情あふれる鷲神社の境内では、熊手が所狭しと飾られてそりゃーーすばらしい光景だった。なんでも、熊手というのは、前年よりも大きい物を買っていくというのが慣わしだそうで、中にはとてつもない大きい熊手も売っていた。 あちこちから聞こえるヨヨヨイヨヨヨイヨヨヨイヨイ!ってな掛け声はなかなか趣がある。 昨日のラジオの養成学校での立ち回りに納得いっていなくて、少し酉の市に行くのをためらった事もあるのだが、これだけ大きい市はなかなかないらしく行けて良かった。

いま通っているDJ養成学校。Aコース終了後、選考によりBコースに進めるという方式。進めたからといって、その先にプロダクション所属が約束されているわけではない。 今は、ナレーションの学校とかDJの学校とか行ってスケジュールがそこそこ埋まっているが、12月以降は結構時間が空く。あまり先を見てもしょうがないけど、年末に向かって自分が何をするか、何を高めるかを考えよう。 

2005/11/17

初めてのタップダンス

アメリカを離れる前日の4月5日にタップダンスのクラスに行った以来、日本で初めてのタップダンス教室にいってきた。色々調べた結果一つの教室が充実してそうだと判断して、門を叩いた。

やはり、新しいものに取り組むのはドキドキして楽しい。 久々のタップだという点と運動不足からか、体重移動がぜーんぜんできない。やっぱり継続しないとダメねーー。 さすがに日本では「ちょいうま」レベルだろう なーーんて思っていたが、舐めていた。甘い!!!   後から来た、おかっぱ頭のお兄ちゃんがタップシューズを履いたら、すごいすごい。 いい音出しまくり。悔しいが完敗だ。 また、初心から始めようとおもう。 この教室の凄いと所は、先生はアメリカのタップの神様から直々に習い、18のルーティンを伝承されたという点。 この18のルーティン。 最初の2つを習った段階であるが、激ムズ。 北斗の拳でいうところの南斗水鳥拳だと思ってもらえればわかりやすいでしょ?

仕事方面も趣味も何もかもが初心者のレベル。 英語は中級者でも大好きなスペイン語は初級。自分が慣れ親しんだものをやり続ける事も重要だが、一方でこうやって新しいものに取り組むのはシゲキがあっていい。

そうそう!!! インフルエンザの注射を打った。 イタリア料理屋で1人でピザを食べていた時に、後ろの人がポツリといいました。「ワクチンなくなるのよ」。 この一言に即刻内科へ。 高熱で3日寝込むよりも2000円払って注射の方がいいだろう。

2005/11/14

DJの学校

今日から始まった「DJ養成講座」。 11月に行われるのはAコースのみ。Aコースで実力的に認められたものは、Bコースへといける。 集まったメンバーは合計22名。ナレータークラス初級クラスとは違いレベルが高い。既にあちこちのコミュニティラジオで活躍するDJや普通に関西でレポーターとして活動している人など様々。夕方18時から始まったクラスは20時過ぎに終了。これが、11月中に5回ある。 暗中模索の中で見つけた折角の機会なので、一生懸命に吸収しようと思う。

話は金曜日へ戻る。 一つ前の日記である「Reunion」を書いた後、IBMで同期でNASDAQでも同期になってしまった現タクシー会社の役員として様々な新サービスを提供して現在活躍中のMr.Tと夕飯を一緒にした。 行った先は水道橋の焼肉屋。聞くところによると、水道橋では超有名な焼肉屋だという。 肉屋直営のこのお店は、「近江牛」を使用した最高級の上ロースは久々に10回死んで生きを吹き返した瞬間にショック死 級の上手さ。 二人で舌鼓を打ってもりもり食べて12000円。値段だけ見れば安くないけど、あの肉を食べた後でこの値段にはかなり驚き。

皆様ーー 近江牛ですよ。口でとろけるんですよ。興味あるかたからの連絡待ちます。 

そうそう、明日は日曜日に行った東京初タップダンスクラスをお送りします。

2005/11/11

Reunion

昨日元NASDAQで一緒だったメンバーと飲みにいった。 大先輩である方から招待を受け参加したのだが、その会は実は僕の帰国祝いであった。 2001年に僕がIBMに強制送還されるまで一緒だったメンバーは、証券会社の社長や審査部長だったり、ベンチャーキャピタリストだったり有名な会計士だったり。 今回改めて会って、すごい面白い人たちと仕事できたんだなぁと過去に感謝し、今回の飲み会に感謝。

僕のほうは、帰国後2ヶ月位でDJへの道のりと期間が見えてくるだろうと思っていたので、友人・知人へのいろいろな報告は2ヵ月後くらいにはできるだろうと思っていたが、結局今なお暗中模索していてなんとなーーく人に会うのを遠慮していたのだが、「なーーに水臭いこといってんでぇ」ってな感じで、元NASの人には一蹴された。「何でもいいから会いに来いっつーーーの!!!」と叱られた。。気の置けない仲間と先輩達との会は、時に僕が繰り出す最高級のギャグと皆のいろいろな言葉をもらった楽しい会であった。 締めは、外人パブでの僕のカラオケ18番「La bamba」「誘われてフラメンコ」のオンパレード。Latin系ノリで会場はロシア人もコロンビア人も踊りまくりだわさ。

そういえば今日秋葉原で喫煙禁止区域でタバコを吸って取締られている人を見た。財布出していたから、罰金2000円くらい払ったんだろう。。。。タバコ一本で2000円、、、歩きタバコは辞めよう。

2005/11/08

恥ずかしいけど楽しい話 その1

僕はキン肉マンが一番好きだが、時代劇も大好きだ。 読む本は、アカデミックな本よりも時代小説。 吉川栄治作品を読み漁り、池波正太郎作品に流れ、司馬遼太郎作品を読まずに藤沢周平作品にたどり着いた。 映画でも、「たそがれ清兵衛」「隠し剣 鬼の爪」「蝉しぐれ」と原作藤沢周平さんはすべて見た。 いい!人間味があって最高だ。

そういえば全く別の話だが、おニャン子クラブが最近注目されているようだ。 パチンコ屋の看板に、新台「おニャン子クラブ」というのを見たし、ある雑誌でも国生さゆり(会員番号8番)、新田エリ(4番)など同窓会的対談がでていた。 当時おニャン子のファンクラブは「コニャン子クラブ」といって会費1500円だった。 ちなみに僕は、第一期、二期の会員だったので、結構詳しい。 僕の友人吉田雅彦(匿名希望)は嘗て抽選で当たった福永恵規(11番)のサイン入りバレンタインデーチョコに超興奮し、一年以上大切に保管していたのを思い出した。当時彼の着ていた服は蛍光色バリバリの「セイラーズ」。 そんな僕も、風呂場で水を浴びながら神様に「明日から新田エリが僕のお姉さんになりますように!!!!」とお願いしたことも思い出した。

僕の周りには、稲中卓球部的笑い話がたくさん転がっている。 もう時効だから、話のネタとして忘れないためにもたまには書いていこう。

2005/11/07

壁のぼり

目の前に壁があるから「登る」。 土曜日の朝、室内クライミングを提供する錦糸町のT-wallというところに行ってきた。アパートから徒歩7分の場所にあり、中に入ると、11Mもあるだろうかという壁が左サイドに、4Mくらいの壁が80度、90度、100度、110度、130度 150度と角度を変えて並ぶ右サイドにに別れ大変興味深い場所に足を踏み入れた感があった。

あの新しいことを始めたいと一歩を踏み出した時のドキドキ感が僕にとってはDrugと同様で、ここ数年病み付きになっている。初心者講習なるものを受けようと思ったが、人数いっぱいで参加できず最初から1人で壁を登る事になった。 室内クライミングのルールを知る由もない中、説明を受け実践。STARTとなる掴む所を触ったら、あとは番号が記載されている壁についている取っ手を使ってGOALを目指すという基本ルールは簡単だが、上級者になればなるほど両手両足の運ぶ位置が設定されたり、高くなったりとすごいことになる。

初級レベルのコースでも、「おい!この一歩大丈夫か?落ちそうだぞ。。」的なドキドキ感もあり、肉体的にも精神的にも大変興味深いスポーツだ。 ただこれが大自然の壁相手だとそうも行かないだろう。ものすごい奥が深そうだ。

翌日日曜日の誕生日会前にタップダンスを再開と思ったが、朝起きてビックリ。手にも足にも力が入らない。お菓子の袋も開けれない。。。。ッてことで、タップダンスは別途挑戦。

2005/11/03

早くも11月

月日は百代の過客にして行きかう年もまた旅人なり。船の上に生涯を浮かべ、老いをむこうる人も日々旅にして旅を住処とす。
なんていう松尾芭蕉の歌があったかと思う。記憶で書いているので、あっているか分らないけど。 ということで、早くも11月突入。 

明日もナレーションの学校。明日は、先日のDJ風な内容とは違い、番組「世界遺産」的なナレーションの練習。

週末は、アメリカ人が東京に遊びに来る予定だし、古くからの友人達と飲みたくて1ヶ月遅れの誕生日会などと理由をこじ付けてセッティングしている。タップダンスの教室にもお邪魔するつもりだし、ロッククライミングジムも見学しようと思う。 肉体的かつ精神的な充実感を得る事によって、キン肉マン的幸せを手に入れる。 なんたって、声出しには体力がいるのだ!

2005/11/01

目の輝き

ほとんどの人が毎日自分の顔を鏡で見ると思う。そんな時自分の目を見てみると面白いと思う。

今日、サッカーのKazu(三浦さん)のインタビューを見た。38歳にして、サッカーに対する思いを語る三浦さんの目を見ていた。その目は若い頃の取材の時よりも、より輝いていたと思えた。 

嘗て、自分を鏡で見て「あっ!目が死んでいる」と思った時が2度ある。1度は、自律神経失調症などという下らない言葉の呪いにかかった時、二度目は会社を辞める1ヶ月前。 その目は、深く沈んでいて「頑張ろう!」という言葉を発しても、キン肉マン二世的な表現をすれば、「炎のランタンに火がつかない」ってな状態だった。

輝いている人と同じ事をして、熱い発言をする事で自分も「熱い!」「輝いている!」という様な錯覚をしている人をたまに見かける。でも言葉の重みや目の輝きって奴は、人の真似をして得れるものではないと思うんだよなぁ。 人のブログを見ていると、「俺って熱いんだよ!」っていう「熱さ」の押し売り記事をたまに見かける。 しかし、おいおい!目が死んでいるぞ。という時もある。でも、本物は、そういう気持ちをダイレクトに表現せずに、言葉の端々に情熱がこもり、自然に目が輝いているような気がする。。。 

自分を炊きつけるための言葉か?自分が燃えていると見せるための言葉か?だとしたら、だれに?それ意味あるの?ッテな具合で、自然体から滲み出る目の輝きは、無理しても手に入れられない。 Kazuさんカッコいいなぁ。という訳でどういう訳か分らないが、Kazuさんの目の輝きに感動した今日の日記でした。 

2005/10/31

Conradにて

汐留のConradホテル。先週土曜日に、仕事の関係で5年来の付き合いになる若手ベンチャーキャピタリストの方の結婚式がここで行われた。3年ぶり位に参加した結婚式は、大変素敵かつ結婚する二人の大変細かい心遣いにとても楽しい良い時間を過ごす事が出来た。 そのあとは、その会に参加した知人・先輩と共に、余りお酒に強く無いのだが「お・さ・け」を飲みに汐留から銀座へ、そして銀座から六本木へ梯子酒。 つれていってもらった銀座にあるBARは、素敵で知的なバーテンさん達がカウンター越しに繰り出すカクテルのファンタジーを楽しめる場所で、六本木はバーテンさんがメイドさんのコスチュームを着ている不思議な場所だった。

そうそう、ロッククライミング。やってみたいやってみたいと思っていたら、彼女の家のすぐ近く(歩いて7分位)の場所に、クライミング用の壁がある事が分った。そして、タップダンスも良さそうな所をピックアップした。 DJになったら始めようなんて思っていたら、一体この先いつ始められんのか分らないし、運動不足で体の免疫力とか落ちるのも嫌だということから、近々に始めようと思っている。なーんんか、あれだね。 何か新しい事とか、自分をComplex situationにおいて置かないと、つまらないんだよねー。 あーーー仕事してー。ってな感じもあるのですがね。焦らない焦らない。

Conradホテルがシェラトン系かと思ったらなんだか違うッぽい。今まで様々なホテルにお邪魔したが、このホテルのセンスが気に入った。お洒落っていう言葉の意味が今ではよく分らないけど、僕的には大好きってことで。

2005/10/27

Poison pill

TBSは楽天の攻撃に対して、Poison pill発動できるのだろうか? 先日、六本木ヒルズのオフィスビル1階に行った。どんな企業が入っているのかと案内所を見たのだが、まぁ凄い凄い。ネット系の企業ばかりが名を連ね、時が時なら「なんだか怪しいビル」だ。旧防衛庁の場所に建てられている高層ビル群。これにもカタカナ系が入るのだろう。まぁ漢字系で「児玉組」なんていうのが入ってもちょいと怖いが。

とにもかくにも、松茸。松茸って何であんなに高いのだろうか? 松のそばに生えるきのこ。きのこなら、しめじもきのこだ。。。 面白い話を家族から聞いた。 米は燦燦とした太陽で育つ。一方で、松茸は雨で育つ。つまり、米の収穫が多いSeasonは、松茸があまり取れず、米が不作の時は雨が多いということで、松茸が育つんだとか。 これはまるで、褒められて育つ人と怒られて育つ人の違いに似ている。 ちなみに、僕は褒められると何か騙されているような気ガしてしょうがない。怒られた方が気持ちがいい。 香松茸、味しめじというが、食感的にはしめじの方が好き。

今日はこれからナレーター養成コース。今日は、DJ風な台本なので大変興味深い。さぁて声だしていこう!

2005/10/23

交友関係

今週末は何年ぶりかに遊んだなぁと思える週末でR(あーる)。

金曜日に、先輩のお誘いを受け六本木で夕食。そして、まさか”そんなことになると思わなかったよ”的な”カラオケ”。 かつては、カラオケに二時間もいれば満足していた僕だが、日本でカラオケなんて何年ぶりだし、腹筋の特訓にはいいとおもい 歌った 歌った なんと5人で6時間。。。学生の時だって6時間なんていたことない。さすがに、腹筋がつりそうだった。

土曜日、このサイトにもリンクされている”Katsu”の誘いを受けてこれまた六本木。思えば六本木という町は、高校時代から好きな町なのか、よくきているな。Katsuの友達の最近デビューしたという歌手のライブに行こうといったのだが、本人がアメフトのミーティングで遅れてしまったということで、やむなくニューハーフのショーパブへ。 この二人が遊ぼうとすると、なんか日常的からの開放なんていうキャッチが頭をよぎり変わった事をしてしまう。行った先は、かつて僕の友人が働いていたお店。お店で働くニューハーフさん達はほとんどが変わってしまったが、バーテンさんは今も働いていた。あった第一声が「お久しぶりです児玉さん!」 4年ぶりに行って名前を覚えてくれているなんて、こういうお店はすごいなと思う瞬間であった。 ちなみにその方はおなべさん。  こういうお店にいくことで学べる事っていうのはたくさんある。 ショーの見せ方、司会進行、物事のいいまわし。 なんだって得ることがあるのだ!

2005/10/20

樹齢2千年のくすのき

僕の家のすぐそばに「来宮神社」なる、古くからある神社がある。ここの神主さんは、19代目ということで、その神社の古さが伝わるかも知れない。 この来宮神社、日本最古かつ日本で2番目に太い楠木がある。 一体全体この先、僕はどうなるのだろうか?とは思わないのだが、元気なエネルギーをもらいにいってきた。 自然界で2千年も生きているということは、多分すごい生命エネルギーを持っているのではないかと思って、触ってみた。 

調べによると伊豆には「キノミヤ」とつく神社がたくさん在るそうだ。そして、各神社にはご神木があるとのこと。詳しくは、WEBで来宮神社でお調べくだせぇ。 

いつの頃からだろうか? 木の「気」を感じたいと木に触りはじめたのは? 触ると、なんとなーく「フワー」と感じるのよ。これマジで!気のせいだと思うでしょ? 今日触って見てビックリ。 スンゴイパワーを持っていたのだ。 ぐわーーーー!と来るのよ。

もし、どっかで木に触る事があれば、やってみればいい。 きっと分るだろうから。 グワーーーとくるのは、やっぱり何でも知っている来宮の楠木だな。

2005/10/19

まんが日本昔ばなし

いよいよ今日の夕方から再放送がきまった「まんが日本昔ばなし」。 1400話以上もあるという記事を読んだ。日本には「花か爺さん」「桃太郎」からはじまり本当に様々な物語があって、ここから学んだことは多いので、今の子供達にも共通に学べる事がたくさんあるとおもう。市原悦子さんのナレーションは真似できるもんでないもんな。ある意味、ドラえもんの声は大山のぶよさん的な強いイメージだな。 カクいう僕も、FMラジオから「語り」を面白い形で提供したら面白いかなと思っていた矢先なので、大変嬉しい。 やっぱり韓国ブームより、和がいいなぁ。

茶と栗と柿とふを一緒に売りさばこうとおもってちゃっくりかきふーー ちゃっくりかきふーーーって言って歩く人が主人公の「ちゃっくりかきふ」やもち米を買いに行ったが売れず、帰り道に雪が降っているからと地蔵さんにカサをつけてあげる「傘地蔵」などもう1度読みたいとおもわない? 僕は思う。 

改めてのことだが、日本に帰ってビックリしたことの一つに「韓流ブーム」がある。 韓国のドラマとか人気らしいのだが、ブームとか嫌いだから全く興味ないが、イさんとぺさんは知っている。 総理大臣が「靖国」参拝をすれば、顔のポスターに火をつけて燃やす。 ある本の裏表紙に「日本はいつまで謝り続ければいいのだろうか?」と書いてあった。 謝っても謝りきれないこともあるだろうけど、日の丸に火をつけられたり、大使館や和食レストランが急襲されるのにはこっちだって気分はよくないんだよなぁー。

2005/10/17

TOEICの結果に。。。。。

今日TOEICの結果が来た。結果は820点。。。おいおい、、、ここに来て久々に気分もScoreも落ちている。やはり英語に触れている機会が少ないからだろう。こんなんじゃダメだ。というか、結局このレベルだったんだと自分を戒めている。英字新聞や映画を見る機会からも少し遠ざかっている結果が40点ダウンだ。あれーーーListenning簡単だったのになーー。ってことで、改めて英語について考え直している。

2005/10/16

熱海のいいとこ発見

今日またもや熱海でいい場所を見つけた。  鍼灸・マッサージの学校が持っている施術所だ。1回3000円という値段と、熱海の駅前といういいLocationに思わず行った見たのだが、運動不足から来る筋肉痛という訳分らん僕の体には最高の場所である。 あの針を打たれたときに びく びくびくーーーーーん! と効くSpotを発見されると、おもわず「あ”??」と気持ちいい声がでてしまう。

そういえば、アメリカでも語学学校でカイロプラクティックの先生に会う事ができ、何回かやってもらって助かった覚えがある。わざわざマッサージ台を僕の家まで運んでくれての施術は、本当にぎぼじよがったーー。 Ms.Tomokoよ!有難う。 彼女はいま、さらに磨きをかけるべくヘイワードにあるカイロの学校に行っている。Power upして帰ってきたら、またやってもらおうっと。 

声を出す事も筋肉を使う作業だから、結構運動不足だと腹筋がはったりする。熱海でフィットネス探そうかな。

2005/10/13

きた!きた!きたーーー!

いやーデモテープのオーディションって面接得意な僕にとっては、結構不安要素たっぷりであったのだが、先日申し込んでいた「ラジオのDJ養成コース」の結果が来た。 

入学するにもオーディション。。。という、今まで経験したことの無いことだが、本日「合格!」の連絡を頂いた。Lucky!!! 前回提出してから余りにも返答がないので、思わず結果催促のメールを送った結果が、合格というのは嬉しい。でも、帯を締めなおさないと!! これはあくまでもSTART台にのれただけの話。 浮かれていても、月給取りではないプータローである事には変わらない。  ここから、どれだけ頑張ってもDJになれない奴もいるし、あっという間にDJとして世の中に出て行く奴もいる。 さぁて僕はどっちだ? 

ということで、別の学校の「ナレーター養成コース」が今日から始まるので、そちらも”頑張る”のではなく、100%吸収してこようと思う。 

僕の予想通り、2つの学校の日程は時間は夕方から2時間と一緒だが、曜日が違う。 これもLucky!

2005/10/12

数年ぶりの結婚式二次会

今週末は結構色々盛りだくさんだった。 8日にアメリカから友人が一時帰国したこともあり、成城にある「栄寿司」なる所に連れて行ってもらった。めちゃめちゃうまく、めちゃめちゃ安い。寿司屋からの帰り道に、いまだ未解決の「世田谷一家殺人事件」の住居の横を通った。 公園の中にポツリとたたずむこの家には警察官が今尚見張っており、早く解決してもらいたいと思うばかりであった。

9日は、お昼からボイストレーニングの講習を受けに青山へ。その後、友人の紹介で無理やり突っ込んでもらった某フィットネスジムの記念パーティーの司会オーディションに参加。この手のオーディションは生まれて初めてではあったが、緊張せずに自分なりの表現が出来たと思う。結果は受けていないが、司会進行が上手い下手だけの審査ではないのでどうなるか分らない。1回のボイストレーニングで、少し声帯が疲れているようではこの先にある様々な試練を乗り越えられない。所詮自分はこのレベルなんだからもっと努力しないとな。

オーディション終了後はその足で六本木に向かい、後輩の結婚式の二次会に参加。アイも変わらず、僕の代のMr.Fが裸芸を見せるなど2年ぶりの祝賀Partyは、2年前と変わらない面白い雰囲気であった。結婚式をするってどんな気持ちなのだろう?僕は未体験Zoneなので不明だが、すごいんだろうな。

10日に、アメリカでもお世話になった友人から夕食の招待を受けて自宅訪問。人生で生まれて初めて「ロールキャベツ」を食べたのはアメリカでこの友人から夕食をご馳走になった時で、今回もロールキャベツを頂き、なるほどこの「ロールキャベツ」という奴は、常に子供の大好物ランキング上位にいることに納得。

2005/10/07

体の話

今日はちょいと体の話。 今日血液検査の結果を聞きにいた。 もしコレステロール値が高い!なんていわれてしまったら、僕の食事はとってもつまらないものになりそうで、実は恐れていた。 草でも食って生きていくしかないわけだ。 でも、その数値はぜーんぜん大丈夫だった。 旨いものたくさん食べれるっていうことだ。

でも、30代になった一つの区切りとして1度検査する事を僕の友人にも勧めてみよう思う。ガン家系、循環器系の弱い家系(心筋梗塞など)、胆石家系、糖尿家系など家系にも色々あるだろうが、若くして大病する人間が自分の周りに全くいないとは言い切れないからだ。 僕の家系は、父親方の祖父が脳梗塞、母親側の祖父が心筋梗塞というやはり高脂血症等が原因で起きる循環器系の病気の家系であるので、運動もやめた今となっては色々食生活にはちょいと気を使った方がいいようだ。 ついでに、尿管結石もあるし。

まぁ、晴れて健康なので週末はあっちコッチに顔出すつもり。

2005/10/04

浅草という町

下町の代名詞といえば「浅草」。 僕はこの町が大好きで、帰国後は暇だなと思うと足を運んでしまう場所である。 嘗てよく足を運んだ表参道や西麻布。 今ではTRENDを追いかけた結果あちこちに似たような「Cafe」が並び、当初は個性的といわれた店の周りに似たような個性的な店が並ぶことによって起きた、「個性の無さ」を感じてしまい足が向かない。そこでなんとなーく「浅草」なわけである。

街も人も面白い。町で話しかけられる事も多いし、年配の人に話しかけると面白いように下町情緒溢れる暖かいリアクション。
ストリップで有名なロック座。昔の有名なAV女優とか出ているのかななーんて思って、今日のプログラムを見てみたが知っている人はいなかった。 そしてドラマ「タイガー&ドラゴン」でおなじみの寄席。寄席は1人2500円だから、今度行ってみようと思う。 なんだか電車で広告をよく見る「神谷バー」。 お決まりの、浅草寺の境内に仲見世通り。散策していると色々と面白い場所がある。 先ほど登場の芋ようかんの「舟和」はなんだかいたるところにある。 

おそらく、特に物欲がなく、でも何か面白いものを見つけたくて、1人でいるのもつまんないなぁってな気分の人には、2時間位浅草を歩いて回るのは刺激的に思える”かも”しれない。 少なくても、僕にはなんだか刺激的な街だ。

2005/10/03

2年ぶりの病院の結果と僕的いい話。

先日、運動不足から来るのか分らないが、背中が尿管結石でもないのに痛いのでとりあえず病院へ行ってきた。血液検査もついでにやって結果を聞けたのが先週末。 ((しかしあれだね。注射ってうまい人がやると、サクッと血管に入るからすごいもんだね。)) なんだか、調べた数値から見ると”コレステロール値が高そうだ”という非常に不明確な解答であった。まぁ、尿検査で蛋白が出なかっただけでも、小学生の頃から比べたらマシにはなっているだろうが、血液に少し脂肪が多いみたいだという。 おい!脂肪! 血液じゃなくて俺の体についてくれよ!!! 体脂肪9%しかないんだから。。。。と思いつつ、これから少し食い物に気をつけよう。 一番食べていけないのが、チーズらしいが、ヨーロッパでチーズばかり食ベていたからかもしれないなぁ。 一応、再度、コレステロール値に関して詳細の血液検査をしておいた。

今日、東京で元ナスダックで一緒に仕事をしていた方と昼食を取った。当時一緒に仕事をしていた別の方も参加しての昼食のメインの話は、新興市場に株式上場するベンチャー企業の過去と今。盛り上がった後、熱海に帰ってすこしSurprise. 先日送ったデモテープ。実はDJのコースがないので、ナレーター養成コースに申し込んでいたのだが、見事一次審査を通過して入学がきまった。中級から挑戦と思っていたら、第一志望 中級!で申し込みしたのだが、見事初級で入学。まずは吸収することが大事。。 おいらの実力はまだまだこんなもんだろう。 ってことで、気を引き締めて実力は磨くためにあるので、磨いていこう! と思う。

もう一個、11月から始まるDJ養成学校兼プロダクション。 まだ結果が来ていないが、合格祈願。 湯島天神でも行くか?

2005/09/29

そういえば占い師の話

先日占い師とあったというのは前回述べたが、思いっきり興味深い人で先週末も遊びに行った。 遊びに行ったとはいえ、一緒に遊んだ訳ではなく、その人の占いする場所まで行っただけではあるのだが。。。 これまでは、口コミで紹介された人を占っていたためにあちらこちらの喫茶店でやっていたのだが、これからはある程度軸となる場所を構えていこうとの試みから、新宿のとあるギャラリーの一部を借りて月に二度ほどやるという新しい試みなんだそうだ。
 
本物の占い師なのだが、今までテレビ等ではコミック系占い師キャラとして登場していた。アラブの石油王系のカッコで「パーカッション占い」などをしている人といえばこの人の事を”!!”と思う人もいるかもしれない。ある会社のコンビニで働きつつも、笑っていいともにお昼休みを利用して登場した人といえば分るだろうか? その反面、本格的な占い師として、とある大手企業の顧問占い師として、採用する人々の良し悪しの判断を委ねられたり、とある企業の重役からも相談されたりしている。

僕はこの人の占い師としてのパワーもさることながら、会話が面白いという事から色々学ぶ事がある。そして、真面目な中にある研ぎ澄まされたギャグセンスもだ。 占いなんて信じないとは思いながらも、今自分がやろうしている事を頑張る事に意味があると言われた事は嬉しく、ノリノリの僕がさらにノリノリノリノリという感じになれている。

人生は1度だから、まずは自分が思った”これ!”っていう方向に進んでみればいいんじゃないかと思う。

そういえば、アメフトのIBM BIGBLUEという僕が嘗て所属していたTEAMは二試合も勝って現在2連勝中。負ければ色々言われるのだが、勝てば勝ったで、ひがみやらねたみやらが掲示板とかどっかのWEBサイトに書き込まれていたり、WEBって怖い。 

2005/09/27

ビックカメラのビックの意味!

TOEICを受けに法政大学へ。思わず法政出身の友人に電話をして、「俺 今法政大学の55・58何とか校舎」などと意味不明の自慢をしてしまった。 あのテストは、毎回毎回リスニングとリーディングの難易度を交互に変える。例えば、あるテストでリーディングが簡単な時は、リスニングのトピックが難しいとか。 今回はリスニングが簡単なため、リーディングに結構引っ掛け問題があった。まぁどうでもいいや。終った事だから。

熱海に帰る日に八重洲ブックセンターに立ち寄った。暇つぶしの本屋というのは、小学校の頃のゲームセンター張りに楽しい。ゲームセンター嵐! 炎のコマ!!!!!!! ってな具合だ。 日本の童話をもう1度読みたいなと児童書ZONEへ。花咲爺さんや桃太郎のオチはおぼえていても、一寸法師とか藁しべ長者とか終わりを忘れてしまったからだ。しかし、3500円の児童書には手がとどかなかtった。

あっ そうそう。 日本語に関する本がたくさん並んでいるコーナーで凄い発見をした。ビックカメラのビックってビックリのビックではないんですって! あれは、BICという単語は米国で「中身も凄い」ってな意味があるらしく、それをとってBIC CAMERAなんだそうだ。 あと「あげまん」の「まん」は女性の大切な場所を指すのではなくて、「運気」のことだって。すっげぇぇぇぇぇぇぇぇ。

2005/09/22

もう一つ学校みーつけた

最近僕は熱海と東京をBack and forthしながら、デモテープを作ったり送ったりしている。学校に入るにしてもオーディションがあるので、これはこれで緊張する。 再就職活動の中でも、重要なのが履歴書よりもデモテープである以上、これまでの職務履歴が一次選考で生かせるという事はなくまぁゼロリセットという感じで面白いが緊張感もある。

あー僕は今就職難の真っ只中にいるのかなぁと思いながらも、履歴書をラジオ関係以外に出す気持ちはない。まずはこれ一本で行かないとチャンスを失いそうだから。

年内はこれに力を注いでいこうと思う。 来年? 明日は明日の風がふく ッテ感じだろうな

ちなみに明日から東京。今回は、保険の見直しとIBMの先輩たく訪問とTOEIC! TOEICの900点以上問題集で、正解率が100点中70点こりゃ先が思いやられるな。

2005/09/20

ウルトラマンセブン

じゅわっち! と御馴染みの掛け声のウルトラマンファミリー。いまパチンコ屋にはウルトラマンセブンがいる。かなり高い確率で777がそろう時には、モロボシダンがウルトラアイをつける映像が出て、絶好調の時は上から本物のウルトラアイが出てくる。 すげぇ。 水戸黄門という台で、印籠がボコーーーンと出てくる時も感動。と少しパチンコ面白いなぁって思う今日この頃。

以上

ちょいと調べてみた。日本の自殺率は世界でも10位に入る。 上位にいる国は、ロシアを含めた東欧諸国。 自殺率の低い国々はやはりラテン系南米の国々である。血だな。ほとんど自殺するヒトがいないのがイスラム教諸国という感じ。宗教的な支えがあるのだろう。 日本での自殺者の内訳は、以前から45歳以上の団塊の世代といわれる人々から、70代以上の高齢になった苦痛を理由に自殺する人々が多いのだが、ここ最近は30代の人々の自殺率も高まっているという数字がある。こわぃね。 それだけ。 

2005/09/18

占い

昨日テレビ等でも活躍している占い師さんと食事をする機会を得た。僕の彼女がずいぶん親しいということから、僕も一緒に食卓を囲む機会を得ることができたのだが、めちゃくちゃ面白かった。

いかりや長介さんと親しかったとのことで色々お話を伺い、いやー笑った笑った。占いの中でも、四柱推命や手相をみるのが得意とのことで見ていただいた。結果は胸にしまっておくことにしよう。

そういえば、先日僕の知人が秋葉原で仕掛けているメイドカフェに行った。もちろんメイドに興味があるわけではなくその知人に会いに行ったのだが、ドンキホーテ5Fにあるそのカフェの前にいってびっくり・。 とてつもない人だかり。そしてその人々の多くがいわゆる”萌え系”といわれるのかヲタクと呼ばれるのか分からないがそんな感じ。 まぁ、価値観は人それぞれだしみんな楽しそうだったので、それはそれでいいのだが、僕自身はその熱狂に耐えられず10分で現場から退散。結局その知人にも忙しすぎて会うことができなかった。 東京でも興奮探しをしているが、なかなか面白い事にめぐり合えている。こうやってどんどん視野を広げる活動をすることはいいことだなと思っている。そういえば来週TOEICだ。。。。

2005/09/14

アメフトの試合

今日僕はアメフトの試合を見に東京ドームに行く。 アメフトの観戦は正直スキではないのだが、観に行く。 なんで嫌いかって?そりゃルール複雑だし、痛そうだから。とはいえ、僕が社会人になってからも6年ほどお世話になったIBM Bigblueの試合で、2年ぶりに試合を観るので少し興奮している。 チームは僕が所属していた時に比べたら全く違って、とってもアメフトに集中した良い雰囲気のようだし、なんたって応援してくれる人々の数が増えているのが嬉しい事だ。

応援もさることながらあるものをゲットしに行く。 それは、「パンフレット」。 なっなんと、2003年6月30日 そう僕が会社を辞める最後の日に撮影した審判の服を着た写真が、今尚パンフレットで使われているというのだ。憶測だが、あのパンフレットで一番掲載枚数が多いのは「僕の写真」だろう。 久々に1番ゲット!

アメフトを引退した先輩後輩にも会いたいものだ。あとチアの選曲興味あり。 そういえば、今年から投入されるマスコット。
このなかに入らないか?というオファーを以前頂いた覚えがある。 明日誰が中に入るんだろう。 DJとして頑張れるようになったら、チームに貢献出来る事もあるだろう。 IBM BigBlue頑張れ! 

Linkは許可なしで貼れないから、 興味ある方は Googleで Ibm Bigblueと検索してみてください。

写真でも撮ろうかな?

2005/09/12

ベルリンの写真アップ

ベルリンの写真をアップ。アップしたのに表示されていなかった 北海道も一緒にどうぞ。 ちなみに、ベルリンはいま2006年のワールドカップでかなり熱いのだが、僕的には、新しい町という印象で歴史的建造物はほとんどなくて、観光には少し寂しい感じだった。

ここに今でも残る ベルリンの壁。そして、街中で売られている ベルリンの壁の欠片がはいっているはがきとか欠片そのもの。 結構高い値段で売っているのだが、本物かね? だれかがコンクリートの塊を作り着色したらすぐに砕いて売っていたりしないのかね?という疑問はいまだ晴れず。。 ミュンヘン出身のドイツ人に聞いてみたが、えっ まだ そんな欠片うってんの? といっていた。

Amigos!

英語圏の人やスペイン人のお友達がほしいなぁー。。。。熱海じゃ みつかんねぇべ。 この前熱海の町で外人を見た。 ロシア系のパブで働いている女性らしくお店の前で、あっちの言葉話していた。 ロシア語も必要だったか!!!!

2005/09/11

ナレーター研修

北海道の写真5枚アップ。(そのうちベルリンとバルセロナの写真をアップ予定)

そういえば、北海道行く前のナレーター研修の報告してなかった。 9月3日は声で仕事をしていきたいと願う僕の始めての研修。半日とはいえ、ラジオNikkeiが開くこのナレーター講習は評判がいいらしく、溜池山王のオフィスに行く前からドキドキしつつも、興奮していた。 新しいことを始める第一歩の音がまるで聞こえてくるみたい。

お昼過ぎから始まるも、少し緊張していたのと声出すのにおなか一杯だと楽器としていい音が出ないだろうということで、パン一つで済ませて、スタジオへ。 ざっと集まったのは15人くらいいただろうか。 JRA競馬の場内放送担当、あがり症を治したい女性、シニアアクタースクールの生徒、元放送局のアナウンサーなどなど様々。とここで、自己紹介もそこそこに ハーゲンダッツのCMのナレーションの吹き込みをみんなすることになる。 なんも分らない中でまずは吹き込み、講習の最後に改めて吹き込みなおすものと比較するというスタイルなのだそうだ。
やわらかい口どけ つづく香り ハーゲンダッツバニラ もう1度恋に落ちた このたった一行のキャッチコピーを読むのが本当に難しい。 その後、改めての自己紹介をして、発声練習。3時間発声練習。ものすごい大変だった。自分は腹から声出ているとはいえ、長時間となるときわめて難しい。これをプロはやる。だから僕も鍛えないと。

講習は19:30まで延長し、一人一人のナレーションをチェックしてみるのだが、これが楽しい。トレーニング前と後での声の距離感、幅などが全く違っていて、最初は下手だった人の声が、うまーくCMに溶け合って絶妙な組み合わせになっているのだ。この数秒の声で商売をするっていう事の大変さを実感した日であった。

2005/09/07

旅の終わりの世界遺産

この前のヨーロッパ旅行から「世界遺産」を回る旅が病み付きになってしまったのだが、今回の北海道の旅行では数ヶ月前に「世界自然遺産」に選ばれた「知床半島」に足を運ぶ機会を得た。”知床の岬に はまなすの咲く頃~”と加藤登紀子さんの唄を聴きながらフェリーに乗って崖っぷち近くを海から観光するコースは短時間とはいえ、日本3番目の世界自然遺産を見たいという人々でごった返し、氷河で削られた岩壁のすさまじい姿に目を奪われるばかりである。 ちなみに他2つの自然遺産は”白神山地””屋久島”。 辺り一面を包み込むような太陽の中で、本当に綺麗な景色を見る事が出来てLuckyだったのだが、ここで少し悲しい現実を見た。 知床半島の右上に広がるオホーツク海には、今尚色丹、歯舞、択捉、国後と北方領土が広がり双眼鏡で見る事が出来る。 双眼鏡の中に広がる一番手前に見える国後島では、家や工場の煙突のようなものが視界に入ってくる。日本であって、日本で無い島々。少し息が詰まった。

 丁度今は、鮭が産卵に来る時期であり、知床半島にある無数の川が彼らの故郷となるのである。4年もかけてアラスカを旅して子供を生みに自分の生まれ故郷に戻ってくる鮭の一生を”サーモンセンター”で学び、かなり感動。この”サーモンセンター”には幻の魚といわれているイトウもたくさんいる。これからの知床の旅のコースの中に入れてもいいと思う。

明日にでも写真アップ予定。

2005/09/02

ナレーター講習と北海道

明日は赤坂でナレーター講習に午後から。そして、明後日は家族がいる北海道は釧路に家庭の事情で行って来る。この「家庭の事情」って奴は結構便利で、「えーー家庭の事情で・・・」なんていうと、「そうかー」となるのだが、実際は大した事無いケースがほとんどだ。会社に思いっきりいきたくなーーーい という時、、「えー家庭の事情で本日お休みを頂きたく。。。。」「どうした?」「えー祖父が。。。(思いっきり元気です!)」 などということもあるでしょ?Huh? 家庭の事情で2-3日。。。 っていいながら、彼女と旅行でもいってしまおうかという算段などもあるはず。 僕の場合は、よく高校の時に学校に遅刻して、といってもすぐ近くのコンビニの横の小屋で朝からたむろってタバコ吸っていたのだが、「すこし、身内に不幸がありまして、、、、」を使っていた気ガする。なぜなら、おなか壊してトイレに入っておりました。といったら、「3時間もトイレに入っている奴がどこにいるんだ!」とカネカツ先生に切れられたから。 ということで、家庭の事情で北海道。

4日に行って7日には帰ってくる予定なので、その後ブログアップ予定。少し釧路のご紹介。釧路駅には「和商市場」なる魚市場がある。ここでは、入り口にどんぶりに入った白米が売っていて、中の市場に入ると、小分けにされた寿司ネタというか刺身が結構安く手に入る。「おじさん!うに頂戴!」 「あっこっちのマグロいい感じ!」 「あっあっちのいくらは安くて量がおおい!」なんて事で盛り上がるわけである。大体2000円以内で自分のお好みの海鮮どんぶりが食べれるわけである。ここは、嘗て相当有名だったが、今はどうだろうか?観光客目当てで結構変わったとは聞くけど。 ちょいと行ってみようと思うなりケリ。

鉄砲は数うちゃいってもんじゃないから、就職活動もゆっくりとしながらも確実に狙っていきたい。ってどうすりゃいいんだ???あはははは。 熱海は今日もいい天気!

2005/09/01

はかなき夢はあっても儚い目標はない

なろうなろうと思ってなれるものではないけど、なるんだ!と思ってMilestoneを決めて活動していけば、結構なれるものってあるだろう。なれないもの、、、、それは目標ではなくて結局は儚い夢ってことなんだろうか。先日のPride29のテレビ放送で、ミルコ・黒コップのお母さんがミルコに言った言葉が記憶に残っている。
「神様も貴方の全部の願いは叶えられないのよ」。。。  世の中甘くないって事だろう。恐る恐る同感。

先日随時DJのデモテープを募集している関西のRadio局にデモCD を送った。送ったばかりだし、オーディションを行うのもいつかも分らないから結果を知る由もない。っていうか、まだ着いてもいないだろう。3日には、あるラジオ局で開催される一日ナレーター集中講座なるものに参加予定だ。人に会って話たりしているけど、DJになるためのRourtっていうのはそういう学校を卒業してそういう仕事に昔から携わっている人という訳ではないのでチャンスはあるという事が分った。1%でもチャンスはチャンスだものね。RTM(Rourt to market)などと表現するのだが、逆に言えば、なるための方法が在りすぎて何だか暗闇の中でもがいているという感じだ。いやさ、熱海から虎視眈々と狙っているというポジティブ表現を活用したい。

自分を商品として世の中に送り出すって事は、強運と他者に負けない個性を持ち合わせるCompetitive advantageが必要なわけであるが、もっと動きながらも一生懸命魅力的に自分になるための方法を考えないとこの試合負ける。 Oh !Boy。

熱海の大きな問題に直面している。 ラジオを聴こうにも、ラジオが入らない。。。家の近くの山々が邪魔している。

夏の終わりのひと時を、人生を闊歩しながら楽しみたい。

2005/08/30

iPODとPODCAST

ipodを昨年偽者のU2に会った時から使っている。先日、ipodMusic Storeでやっと日本語サイトが立ち上がり、それに伴い先日の ipodの為のソフトである[iTune]で[Podcast] が提供され個人からの情報発信が可能になった。 ラジオのDJを目指すにあたり、2003年からやっている僕のサイトで僕自身も僕の日記を題材にした[Podcast]をやってみようと思っている。9月に入ってからは、自分の声の確認や練習のためにたまにアップをする予定です。

いざ[自分を話す]となると、結構ネタに困る。下ネタはたーくさんあるのだが、どうしようかね、。。。。放送禁止用語は使わないようにしながら色々考えてみよう。

2005/08/29

アメ横と動物園

週末を利用して動物園に遊びに行った。目的は 普通のサイとあの鎧を着たみたいなサイに似ている動物の呼び名が日本ではどう違うのかを知りたかったからだ。でも、、、、、、、、、、、、、サイは普通のサイしかいなかった。ネットでしらべてみたら、鎧のサイみたいな動物も「サイ」だった。名前はインドサイ。 ベルリンでみて、その大きさとカッコよさに感動したのだが、日本にはネットで調べる限り、多摩動物公園に3頭、名古屋市東山動物園に3頭、金沢動物園に2頭の計8頭しかいないという。インドサイみたいなぁー。

アメ横にも十数年ぶりに足を運ぶ。いまどき、わざわざあそこまで行って買わないと困る物って無いような気もするが靴を買いに行くにはいい所かもしれないと思った。嘗て、光Genjiが流行った時、光Genji仕様のローラースケート(マジックテープでとめるやつ)を観に行った記憶がある。(買わなかったけど) あと、メロンやスイカなどを道端でがぶり付けるという雰囲気はあそこならではだなぁと少し感動。たまに、あそこに遊びに行くのは、少し時代をトリップしたような錯覚と掘り出し物を見つけるという観点から面白いと思う。元々はヤミ市として誕生としたこのアメヤ横丁。昭和22年くらいからアメ横といわれるようになったんだとか。

今日はアメリカにいたら味わえないアメヤ横丁の話でした。

2005/08/25

僕の活動報告

就職活動とは未だいえないが、業界に関するいろいろな情報を教えていただくために、台風が近づいている中で東京へ。品川での面談は非常に価値のある情報を得る内容であった。今後の自分の活動が飛躍的に進むという内容ではないが、間違いなくこのMarketに僕が入り込むためのNeedsを匂いで感じる事ができた。甘くない! そう甘くない。そして、そう儲かる仕事でもない。でも、何かがそこにあるきがする。

今後のデジタル放送化、オンラインでのショッピングの更なる増加、携帯がマルチ端末化が更に進む中、郵政民営化なども関連してくると思うけど金融商品の多種化による資産運用に関する興味の増加へ変化してくると、それら複雑化してきた世の中全てを、「猿でも蟹でも誰でもわかるように噛み砕いて説明できる」ようなパーソナリティーの必要性が出てくるのではないかと思っている。そんな時に、輝けるように今の内にいろいろなものに興味を持って活動していこう。

熱海に台風直撃!すんごいよ!

2005/08/23

体育会系の体罰

部員を平手で殴ったり、合宿中にスリッパで殴って 野球部の部長が謹慎処分だとニュースでやっていた。 えっ? 何で?という感じだ。それって普通じゃない?とか思ってしまった僕はおかしいのだろうか? 親から学校に連絡がいって部員間のトラブルがニュースに取り上げられるって事も結構多いこの世の中。よわっちぃなぁ。

そういえば高校時代もそんなことがあって、僕の所属するアメフト部は、2度の休部を余儀なくされた。あっ!他に1度は廃部にもなった。 今思えば、そこから部活動復活のために、毎日ゴミ拾いをやった事が思い出される。高校までの通学路を2時間かけてゴミ拾いをして、学校帰りにタバコをすってその街にてポイ捨てしてたことなんかもあって、それが原因で退部させられた事も思い出してしまった。まぁそりゃ、僕が2000%悪いのだからしょうがないか。。。。あははは。ていうか、この話題に関係ないか。

時には体罰が必要な時もあるような。言って分らないときはなんとやらって奴か。 殴られて痛くて学ぶ事も多いのになぁ。 あっでも、体罰を受ける側の理由っていうのも無視できないか。

2005/08/22

蓼科の旅

土日の週末を利用して、彼女の実家である長野は蓼科へ遊びに連れて行ってもらった。八ヶ岳が連なるこの地域は、何千年も前に縄文時代として大変栄えた地域であり、今でも尚様々な遺跡が発掘されている場所である。といつものとおり始めたが、この旅は実家に行き、初めて彼女のお父さんに挨拶するという事で少しばかり緊張していたのである。 しかし、お父さんは大変面白い人で最初こそ「怖い!」と思ったものの、一緒にお酒を飲み、児玉欧州旅行記を話すうちに緊張もほぐれていった。

金曜の夜から入った翌日の土曜日、車山や八島湿原を訪れ、「北海道と似ているなぁー」と思いつつ大自然の風景を楽しむ。その夜の食事は、「さくら鍋」。馬刺しは食べた事あるが、馬鍋は初めてであるのだが、この「馬」っていう奴は、猪や牛よりも臭みの無い馬の鍋はかなり美味だったぁ。 そういえば以前北海道で、熊の右手っていう奴を食べた事がある。この右手というのは、熊さんが生前に蜜などを取るために使うそうで蜜がしみて美味しいということだった。味は良くおぼえていない。

最終日の日曜は、日本の歴史が大好きな僕にとって大興奮の「尖石遺跡」の竪穴式住居を訪問。日本は1万円前から2000年前頃まで、縄文・弥生時代であったのだが、その頃ヨーロッパでは古代ローマ帝国が地中海を支配しているなどという、今まで勉強してきた事が、点から線へ横へのつながりを見せてくると、歴史って本当に面白いと思う。

2005/08/18

国府津とは

国府津と書いても、この字を初めて見る人にはいくら土地の名前とはいえ、結構正解する人は少ないかもしれない。これは、神奈川は小田原近くにある「コウヅ」と読む場所で、ダイナシティという大きなモールがある場所である。今日は、家事手伝いが生活の一部となりつつある僕のお買い物の日。大きなモールがあると聞いて、ついつい好奇心につられ行ってみた。 買い物をするにあたり大事な事は、物欲であると思うが、海外での中途半端な貧乏生活のおかげで全く物欲がない。よって、何も買わずに終了。強いて言えば、マイセンのとんかつサンドを食べて満足!ッて感じだ。

国府津は茅ヶ崎にも近いという事から、熱海で買えない家族の生活必需品を購入するため茅ヶ崎へ。就職に関して現在大変お世話になっている方宅も茅ヶ崎にあることから少しお邪魔してスペイン旅行記を報告する。

そういえば、9月に開催されるというナレーター講習というものをある場所で見つけ、先日資料請求の後、資料が手に入ったので明日にも申し込みをする予定だ。 基礎が無い段階でなんだかいつも応用編に取り組まなければいけない状況にいつも陥るのだが、やはり基礎は大事だという事で、発声練習から学ぶ必要があると強く感じている。声で日本を150%元気にする目標がある以上、声自体を強くしなければ到底無理だろう。其れがなければ、ラジオのDJをアメリカでやらしてもらいましたという経験も何の意味も持たないだろうと思う。がんばろう!がんばろう!自分に対して がんばろう!と思う。 基礎!反復!反復!

2005/08/16

久々に申し込み

英語能力を落とさないためにできることは、英語が上達した時にやった事を継続する事だなと思って、映画をみたり、本を読んだりする、新聞を読んだりする事に取り組んでいっているのだけど、ここらで日本での就職には英語能力の指標の一つにTOEICがあるからと、9月のTOEICを申し込んでみた。去年11月末の860点以降TOEFL250点獲得に燃えていたから少しほっておいたけど、とりあえず900点以上獲得用の参考書で勉強する事にした。 時間があるうちに出来る事は、やっておこうと思っている。 もちろん900点以上取れればまぁいいが、落ちた場合の自分へのプレッシャーにもなっていいと思う。 知り合いの女性は、久々に何の勉強もせずに受けて940点などをとっていたので、負けじと其れが目標になっている。

週末は彼女が熱海の我が家に遊びに来たので、庭で彼女の髪をきった。ついでに、自分の指も切った。。。今日は熱海に別荘を持つ友人が来たので、3人で熱海観光。 今が帰省ラッシュのピークというが、熱海の小さい海も子供達でアフレかえり、海近くにある熱海マリンスパも混雑で入場に一時間待ちという騒ぎだ。 都会の喧騒に疲れたら、新幹線で35分位でこれる熱海はお勧めRelaxスポットだ。  ちなみに熱海はイタリアは最南端にある「サンレモ市」を国際姉妹都市になっているため、結構イタリア料理のお店があるのだ。かなーーり美味しいよーー。

京都市がフィレンツェと姉妹都市であるのは有名だが、鹿児島市がナポリと姉妹都市とは。。。。僕ナポリ嫌い。

2005/08/12

DJになるために必要な事

これまで、常に何かに具体的に取り組んでいた事もあり何だか熱海でゆーーーっくりしていると肉体的にも、精神的にもうずうずしてくる。 ということで、「今自分に出来ることは何か?」と考えた結果、語学力のKeep及びスペイン語の強化と情報収集が手短でやらなければならないことだろうと思っている。それとは別に、人の脈を頼りながらの面談の機会などを探りながら、人に頼らないところでやれる事は?と考えて、あちらこちらのナレーター学校やDJ養成スクールなどの資料請求を始めた。 無料体験レッスンなどにも申し込みを始めている。

こうやって動いて無いと何だか面白くない。もっと興奮探ししたい!つまり、何だか新しいことに取り組んで「ドキドキ!」したいということみたいだ。

ネットで探していて面白い検定を見つけた。 何の資格も持っていない僕は、資格マニアでは当然無いわけであるが、今後DJを目指すにしても、何をするにしてもおそらく「話す」という事からは避けて通れないだろう。そんな時、この検定の内容は面白いかもしれない。その検定とは、「話し言葉検定」である。ご存知ですかね? 僕的には「色彩検定」よりも興味あり。 ちなみに、学生と対象とした「DJ検定」なるものも存在しているのだ。

2005/08/08

デパ地下

スペインの僕が訪れた場所には必ずといっていいほど、コルト・イングレスという百貨店がありこの地下は食料品の品揃えでは、値段は別としても、最強を誇っていた。 特にチーズの品揃えといったら、これまたもの凄い臭いを出しているブルーチーズ含め良かった。 そんなイメージで、嘗て友人にご馳走になったお気に入りのスパゲッティの麺を探しにデパ地下に。が、探しているパスタの種類の1つである「ボカティー二」は見つけられず。 このパスタはロングだが真ん中に穴が空いているタイプで、これでカルボナーラを作ったりすると結構美味い。 

その代わりに、お惣菜を買って熱海への電車の中で食べる。 こういってはナンだが、デパ地下のお惣菜コーナーと洋菓子・和菓子コーナーはすごい! 隅から隅までつまんで歩くだけで、幸せ回転数500回転だ。ということで、僕も母親も大好きな船橋屋の葛餅を購入。すばらしい。 

そういえば、先日偶然も偶然だが目黒の区役所に国民健康保険の加入手続きに行った際、細い路地でばったり立教のアメフト時代からの先輩でIBMに入社、既に退社して個人で事業を立ち上げているMr.Shinkawaに会った。角を曲がってきたスクーターに乗っている小太りの人 知り合いに似ているなぁと思っていたら当人で、バイトのお仕事のネタかなりあるという。今度お願いしてみよう。 って、何でこうやってまるで待ち合わせたかのようにばったり会うんだろう?偶然て素敵。

2005/08/07

サイト移動にてこずらずりずー

プロバイダーに月2100円も払って接続サービス使っていないのがあほらしくなり、解約した。とおもったら、忘れていた。僕のサイトがこのプロバイダーの下にあったことを。ということで、カスタマーサービスとの連絡により、結局のところ復旧が難しいということから、新しいサイトアドレスにして継続することにした。 

いろいろな人と合うのは夏の終わりあたりからだろう。それまでは、活動報告と情報交換にいそしむ。ちなみに今日日曜日は、代々木で友人が企画・運営する1万人のファッションショーを観にいく。

今後ここでは、僕の従来の活動記録、気持ち整理のほかに、僕が大好きな和菓子系の話も気が付いたら掲載していきたい。たとえば、葛餅とかどら焼きなど。くずきりもいいね。

2005/08/02

デジタルラジオ

デジタルラジオ放送が来年2006年4月から開始されるというニュースを少しばかり調べている。AMとFMから5社が共同出資して設立する事業会社には2011年までに資本金400億円にするとか。興味深い。

日本のテレビを見ていると、どこのチャンネル回しても同じような番組で1時間前に違う局で見たお笑いの人が違う局で似たような番組をやっているように見えてしまうのは、僕だけのフィーリングじゃないはずだ。といってはみても、ウルルンから始まって世界遺産までの日曜日のひとつのパッケージみたいなものをどうやって作ればいいのかなんてアイディアはまだない。多分ラジオにおいても同じことが言えるのじゃないだろうか。

海を越えた向こうのアメリカの二大政党と違って日本は一大政党とその他という構成であるがゆえ、なかなかRepublicだDemocraticだという立場においての番組つくりやラジオ局のイメージつくりが難しいと思う。もちろん市場あっての番組だから、今はそういう番組を作っていく市場でもないのだろうか。 日本で左よりの意見なーんて言っていると、とどのつまり左翼を突き詰めたところにある共産主義という方向に思いっきり偏ってしまうのじゃないだろうか。そんな新聞や雑誌はあるけどなぁ。

ラジオで人々が求めているものは音楽情報や地域情報以外のものが存在しているはずで、それは明日への活力だったりしたらいいのになぁと一人考えている。2004年の広告費でラジオが1795億円に対してインターネット広告が1815億円と発表された事も記憶に新しいと思うけど、ラジオ業界における明日への活力になれたらいいなぁ。

2005/07/30

サンフェルミン

まだ、写真アップはベルリンと最後のバルセロナを残しているのだがちょいとアップする時間が無い。今日は東京へ。2日にタップダンス仲間が東京に来るのでちょいと街を案内する予定なのだが、なんと野球を観に行きたいという。僕は野球に全く興味が無いので、お付き合いできませんとお断りしたが、多分クロマティもしくはポンセ辺りを観に行きたいのだろう。

こちらに帰ってきて、結構スペインブームが訪れているような感を受けるのだがそうなのだろうか。 

ちなみに先日行われたスペインはパンプローナ地方でのサン・フェルミン祭り(牛追い祭り)では、参加者の10%近くが日本人という事であった。其れを知った僕の周りのスペイン人の人々は、「日本人はクレイジーだね!」とびっくりしていた。おばかな僕はCrazyと言われると褒められていると取るので、この場合日本人は最高だね!といわれていると思っている。

セビリヤで観た行事の中に、ものすごい重量のマリア像や宗教的に重要な像を人々が担いで街を練り歩くというイベントがある。これ日本のお神輿にも似たもので、ある場所からある場所までその像を担ぎ、十字架を背負ったキリストと同じ様に自分達も重荷をせおって歩くという行事である。 扇子もスペインでは良く使うし、多分、気質的にも文化的にも日本人とスペイン人って似ていると思うんだよなー。

2005/07/28

プラハの写真アップ

なんたって撮った写真が多いので編集に大変だが、風景画を多めにプラハの写真アップ。突然の雨に降られたりと陽気はロンドン見たいと現地の人は言うこの街の天気に翻弄。ユダヤ人の人々のお墓の写真は結構凄い雰囲気。 

今は熱海で情報収集。東京に住み始めるのはまだまだ先の話だろう。毎日毎日Trankiloな生活をすごし、温泉に入っていると僕は本当に日本に帰ってきたのか?と突然不安になる事がある。いい加減1週間も経ち、観光気分はないのだが、これが東京に住んでいるとなると結構カルチャーショックはすごいのだろうか?

東京でもこちらでも、街中で結構人とおしゃべりする機会がある。たいていはこちら側から話しかけるのだが、最初はドキッとされても、でもみんな正直話すのは結構すきなんじゃないだろうか?とも思い始めた。日本人はいいね!

2005/07/26

上京

熱海は静岡県。神奈川県だと嘗て思っていた人いるだろうな。僕はそう思っていた。

週末は、ここ静岡から東京へ上京。到着直後に大地震に見舞われるなど、東京はエキサイティングだ。 二年間いない間に結構回りの状況が変化していることに改めて驚かされている。30代になって改めてのスタートを切ろうと留学に踏み切ったボクサーの友人や、仲間内で新婚カップルが誕生したり。 サンフランシスコで出会って日本でも一緒に遊んでいる友人がパセド病にかかってしまったり。(今は落ち着いているみたい)

二年間ご無沙汰であったラーメンを食べにラーメン屋へ。でも余り感動なし。友人が働いているお店にビックリ訪問を試すも本人お店におらず。意味ねー・・・地下鉄の乗り換えを完璧に忘れ、何度か迷ったり。麻布十番から品川まで電車ってなかったのね^^。

しかし、東京というのは何でこんなにでかいのだろうか?1200万人住んでいるからかな? 別途紹介するがつい先日のイギリスの雑誌でのSurveyでThe cost of living 世界一に見事”東京”が掲載されておりました。ちなみに二位はオスロー(ノルウェー)。3位以降の話は後日。 明日はプラハの写真。

2005/07/22

写真アップ

ブダペストの写真をMy photo-2に13枚アップ。 時間あるときにどうぞ。

ブダペストに入ってから僕はユダヤ人迫害という歴史に随分を興味をもつことができ、温泉巡りで随分とリラックスできた。 ここには、あのエッフェル塔で有名なエッフェルさんがデザインした駅があり、この駅の中に入っているマクドナルドは世界一綺麗なマックとも言われているらしい。。ブダ側の宮殿のそばにある教会は何度も倒壊しその度にそのときの建築様式を取り入れて改築されていて、この教会一つに様々な様式を見る事が出来る。1度で4度くらいお徳。

明後日は、プラハの風景です。 ちゃらっちゃっちゃ ちゃーららーらーらー 世界の車窓から。

2005/07/21

日本完全帰国しました。

この日記を継続するかどうかなんて悩んだ事も無い。これは僕の日記だから、出来る限りずっとつけていきたいと思っている。

バルセロナを後にして日本へ到着したのが19日の朝の8時30分。飛行機は一睡も出来ず、部落差別や警察内部の乱れ等を題材にした映画”レディジョーカー”他3本ほど映画を見て到着。勿論帰国後最初の夕食はつばめグリル。これだけは譲れない。

2年間放浪の旅を続けてきたので、しばしの家族との談話を大事にすべく現在は熱海に帰ってきている。温泉に浸かりながら、今後のことを考え、しばらくは、ラジオ関係の情報収集および活動をしつつもやはり時間がかかりそうな場合、仕事を探していかなければいけない。という事で、アルバイトからはじめてみようかななどと考えながら気持ち入れ替えていこうと思っている。 

なんだか、またどこかに旅に出てしまいそうな雰囲気を持ちつつ、日本完全帰国。さぁていよいよ日本での新たな生活が始まる。 これも自分の人生の一つの物語だろう。

2005/07/18

My last day in Spain

180日間中90日の滞在を許されている観光ビザをフルに使って欧州見聞録を書くためにここにやってきた。そして今日が友人に会ったり買い物したりすると いう観点での最終日。とはいえ、日曜日は大きなマーケットも閉まってしまうので何も買えないってことで、やってきましたサグラダファミリア。8Euroで 中にはいり、塔に登って橋を渡って別の塔から降りるというシンプルな観光。ここは教会だが、まだ中心のホールもキリストを意味する塔も12人の使途の内残 り4人分の塔も建っていない。中は空洞といってもいいかな。でも歴史的重要建築物を見て回る最後が19世紀 20世紀の建築の天才ガウディの建物とはなか なか乙なものである。

ヘレンさんと合流してカサミラへ。 カサミラは観光名所でもあるが実際に人が住んでいる。海の波をイメージしたクネクネした外壁と海草を模したバルコニー の策。部屋の天井は渦巻きだったり、屋上にはこの家を守る兵士の像が建っている。子供的にいえば「すっげぇかっちょいい!!!」という表現。

最後の夕食を二人でとって家に戻りパッキング。なんたって、旅の途中何か新しいものを買ったら何かを捨てないといけない位の積載量100%出来ているので 大変だ。ビルへ二アさんが久々に戻ってきたので、楽しくおしゃべり。セビージャ出身ということもあり二人でセビジャーノを踊る。旅の締めくくりに僕が求め ていたものがここにはある。

明日ここを発ち日本に帰る。もう帰ってもいい時期だろう。2年の間日本を離れた放浪の旅のまとめは日本に帰ってから、写真をアップロードする際に頭を整理 する意味で書いていこうとおもう。この日記は非常に自己満足的 自己回帰的日記であるが、このたびの発見や経験を自己満足に留めないようにしようと思う。

2005/07/17

残り二日

今日は土曜日。すでに日曜日に日は変わっている。今日が観光や友人に会うという観点からすると最終日。なにしようかなぁーーー。 サグラダファミリアにもカサミラにもいってなかった。あっ お土産。。。各国を旅行するためバックパッカーになっていた僕のカバンに大きなものが入るスペースがなーーーーい。 お土産は旅のお話ということで。よろしくどうぞ。 

町をあるき、スペインの人々と話したり会話を聞いていたり、通りで人を見たりしていて気がつくこと。スペインにきてよかったなぁ。そして、大好きスペイン!

最終日は特にSpecialではない。この3ヶ月の毎日がすべてSpecialだ。んーーーいい言葉だな。 毎日はSpecialだ。楽しもう。 カサミラいかないと。ガウディガウディガーウディ♪

2005/07/16

LLANCA

LLANCAでの夜は、スイスの音楽団の教会での演奏で始まり、そこにはへスースの昔の彼女がその楽団にいて今もなお彼女が好きだというプチストーリーが あった。まぁ結局のところ、演奏が終わって20人近くのスイス人と共にきれいな海にいったのだが、彼の物語はあまり進展しなかったわけであるが。。。。

なにせ、暗くなるのが10時くらいなもんんだから、夜の海という表現はすでにAM1時位なわけである。へスースはこの海でライフガードの仕事をしているの で、翌日は朝からまた海へ。 ライフガードの集まりになんだか日本からのゲストということで参加してしまい、サルディーナ(カタルーニャ地方の踊り)を 踊っておいた。スペイン人本当に暖かい。おそらくへスースがいい奴だから周りの人々もその友人ということで暖かく接してくれているのだろう。そういう人々 のお互いの距離の近さが本当に心地よい。

昨日あった子供達は、この日も朝からへスース宅に集まりだして僕の名前に興味をもったらしく つとーむ つとーーむとうるさいくらいに叫んでくる。本当にかわいい子供達。子供らしい子供という感じ。

たった一日の滞在であったが、最後にはおばあちゃんが「電車で食べるものもっていきな!」と目が見えないにもかかわらずわざわざサンドイッチを作ってくれた。暖かいな。

LLANCA

LLANCAでの夜は、スイスの音楽団の教会での演奏で始まり、そこにはへスースの昔の彼女がその楽団にいて今もなお彼女が好きだというプチストーリーが あった。まぁ結局のところ、演奏が終わって20人近くのスイス人と共にきれいな海にいったのだが、彼の物語はあまり進展しなかったわけであるが。。。。

なにせ、暗くなるのが10時くらいなもんんだから、夜の海という表現はすでにAM1時位なわけである。へスースはこの海でライフガードの仕事をしているの で、翌日は朝からまた海へ。 ライフガードの集まりになんだか日本からのゲストということで参加してしまい、サルディーナ(カタルーニャ地方の踊り)を 踊っておいた。スペイン人本当に暖かい。おそらくへスースがいい奴だから周りの人々もその友人ということで暖かく接してくれているのだろう。そういう人々 のお互いの距離の近さが本当に心地よい。

昨日あった子供達は、この日も朝からへスース宅に集まりだして僕の名前に興味をもったらしく つとーむ つとーーむとうるさいくらいに叫んでくる。本当にかわいい子供達。子供らしい子供という感じ。

たった一日の滞在であったが、最後にはおばあちゃんが「電車で食べるものもっていきな!」と目が見えないにもかかわらずわざわざサンドイッチを作ってくれた。暖かいな。

2005/07/15

最後の訪問地 LLANCA

お金で買えない経験がここにはあった。以前電車であったスペイン人のヘス-スが僕を家に招待してくれた。以前にも一度訪問したが今回は是非一日泊まっていけというお誘い。 ということで、フランスとの国境から電車で15分のLLANCA(ヤンサと読む)に行って来た。

ここの水は水道水ながら最高にうまく、小さい町だがコスタブラバというエリアの一つでリゾート地として有名なのだ。とはいえ、電車は2時間に1回くらいし かここに止まらない。到着後、以前もあったAmigo達と再会。日本から梅がイタリアに来たときに持ってきてもらったお土産を渡して超感激された。ありが とう梅。一度彼の家に戻ろうということになりへスースのお母さんやおばあちゃんと再会。その直後裏の庭から子供が9人くらい出てきた。ラウラやアレックス 達・みーーんなかわいいスペインの子供達。

へスースのピアノが聞きたいということになり、子供達ピアノの前に群がる。そしてかかった曲は、なっなっなんと クレヨンしんちゃん とアニメ NARUTOの主題歌。 意味も分からないのだろうが、子供達が声をそろえて 歌の歌詞の一つ」「もう一回! もう一回!」とシャウトする光景に少し感激 した。 

一泊の旅だが、実はこの一日がとても奥が深い。ということで明日に続く。では。では。

2005/07/14

やっぱり良いねスペインは

いいねスペイン。 実はここに住んでいるときにはサグラダファミリア含むガウディさんの建築物の中に入っていなかったので今回は観光気分であっちこっち再度訪問。本日はカサバトヤ。大通りにあるこの家は最近中を見れるようになった。今後写真をアップ予定。その前にブダペストやらプラハやらの写真がたくさんある。

バルセロナの太陽を説明しよう。一言 白い!  太陽の下にいるとすべてが白くなるくらい日差しは強く危険度満載。僕のお肌もこげ茶色。
 
夜は2ヶ月ぶりにオランダ人の友人と夕食。 何でオランダ行かなかった?と怒られながらも楽しい日々。

2005/07/13

Berlin総括とバルセロナ

Berlinは新しい町だった。2006年のワールドカップに向けての準備で大忙し。ゲルマン民族はでかいなぁと思いながら毎日スナックでフランクフルト を食べた。そして最後に行ったユダヤMuseum。ユダヤ人というとどうしても戦争の際のホロコーストが取り上げられる中、古くからの彼らの芸術という観 点、改めてユダヤ教とはなにか?を前面に押し出し、非常に勉強になった。 何に驚いたって、あのクリームで有名なNIVEAはユダヤ人である一人の薬剤師 によって開発された製品で、今なおその中身は大きく変化していないなーんてすごくなーい?

ということで、昨日バルセロナに戻ってきた。Easyjetに乗って帰ってきたわけであるが、単なる安チケットサイトだと思っていたEasyjetは飛行 機会社だった。。。欧州でバリバリ飛んでいるので、欧州好きな人は当然しっている会社なのだろうが、僕には新鮮。 バルセロナに着いて一言。 やっぱりスペイン最高!   スペイン語は聞いていて心地良いし、人々はいい感じ。 ホストマザーのビルへ二アさん宅に戻って、学生と共に5人暮らしの始まり。 2ヶ月前に一緒にこ こに暮らしていたドイツ人のコルディちゃんとも再会。 いろいろ見て回った後のバルセロナは、住んでいたときと少し違う雰囲気。。何が?
あっちーーー。めちゃくちゃあっちーー。

2005/07/12

Berlin

I have stayed in Berlin for 3 days. Today is my last day here and I am going back to Barcelona tomorrow. Because there is one of the most famous character whose name is " Broken Jr." in the manga" Kinnikuman", I came here to meet him. However, he is not in Berlin. I think he is in Japan now. It is so sad. As you know, I gave up on going to Greece. My purpose for going to Greece was to meet " Saint Seiya". I think he is also in Japan. Jajaja.

Berlin was totally destoyed like Tokyo during the second world war . I saw some pics taken after that war at the exhibition displayed in front of "Brandenburger tor". Arround "Brandenburger tor" there was nothing in those pics. After the war, Berlin was separated and the wall was built . you know that. Yesterday I went to look around the area where there used to be "the Wall." I saw a long line from north to south. There are a lot of new builing around Potsdamer plaza and one of them is "Sony Center." Here is one of the hottest spot in Berlin. Today I went to Jewish museum. I want you to see my pics because I cannot say anything about that.

I don't know why a lot of tourists ask me about directions. Spanish, French,or American. In Tokyo I was asked a lot. Por que?

Anyway, I am going back to my third hometown " Barcelona." The host family has offered me to stay their house and my germany friend has allowed me to share her room. It must be really fun. I know about Barcelona a lot.

2005/07/08

Praha Day-2/Day-3

雨は冷たいけど濡れていたいの♪ 小泉今日子のこの曲から始まるDay2は雨。やまない雨は無いが、曇らない晴れも無い。ってことで、雨の中あっちコッチ傘もささず行ってきました。が、これから雨のDay3を散策しないと。 Sevillaに比べれたココはめちゃくちゃ寒い。 カフカー ゴーレムーー。

Day-2 カレル橋の反対側のエリアを散策。ブダペストの王宮の地下迷宮らしきものがあると知り、歩いて山の上までいくも、子供だましの鏡ばり迷路。。。。50クラウン(180円位かな)を払う価値もないかなと説明を良く観てみると、19世紀終わりに作られたという当時は話題だった場所だという。うーーん。。どうだろう。 有名な観光名所はこの日で見終わったので、明日からは”自分が見たい場所!”へ行こうと思う。 夜の散策に出かけ、どんな世界かなぁーと歩き回るもドラッグのバイヤーとビール瓶片手のアメリカ人の軍団を多く見かけた位。Undergroundな場所にこそ凄いものが眠っているのだろう。

Day-3 東欧を巡るのにナチスのユダヤ人迫害とソ連占領時代の共産主義は避けて通れない。という事で、ユダヤ人街でMuseumやお墓めぐり。中でもゴーレムの作家ラビやカフカのお墓は有名な場所だ。このお墓のある横の建物に入って大変驚いた。建物の壁全面に、黒、赤、黄色オレンジといった色で亡くなった人々の名前が羅列してある。その数数万。ナチス支配下での強制移住およびホロコーストによって94000人いた人々で生き残ったのは10000人程度との説明。
そういえば、Supermarketにいって色々なものの価格を調査してみた。何せ、街でも飛んでもなく物価が安いので気になっていたのだ。例えば、Pizzaが90クラウン。リップクリームが12クラウン。おいしいローススビーフとスープで180クラウン。マルボロが57クラウン。 130円を1EUROとして1Euroが30クラウンと考えて計算してみてもらいたい。しかし、海外のもの例えば靴などは普通に1600クラウンとかする。Euro通貨に統合できない理由がここにあるのだろうか。 ちなみにここプラハは自殺率は高い。

Budapest総括とPraha Day-1

一つの都市を見たからといってその国を評価するべきではないけど、いい意味でハンガリーは面白い。そして治安良く物価安く飯旨い。さらに言えば、この街は何で?というほどノーブラの人が多い。其れはどうでもよくて、この街では過去と現在を同時に見る事が出来たと思える。以上総括。

Budapestから電車で7時間。途中スロバキアの首都プラチラスヴァを経由してチェコのプラハに到着。10:10に出てついたのが17:30くらいだったかな。市の中心からちょいと離れた駅に着くも、この国に関してだけはGuide mapも触れていないので自分で歩いて情報収集しかない。といえどもここどこ?という感じからStart。 ホテル発見、地図GETでまずは散策。知らず知らずに一応の観光名所を歩いてしまった。いくら天邪鬼といえど人の流れる方向に一緒に行っているのはショウガナイ。橋の銅像野中で蛙がいて其れを触れば幸せになるというので探したが蛙がいない。その代わりにピカピカになっている場所を見つけたのでお願い事をしてみた。(そもそも蛙じゃない)

長年プラハに来たいと期待を膨らませてやってきたこの街は、期待以上に整備された非常に美しい町並み。歴史を把握して明日から価値ある散歩にしようと思う。

ハンガリーもチェコもEU参加国であるが、独自の通貨を使用している。街にはいたるところに両替所があるが、この6日間で為替の変動やよくないRateでの両替を実施して結構損している。証券と為替は連動しているとある人が言っていたが証券はわかっても為替は苦手。。。というか訳分らん。。SellとBuyでたまに混乱して損している。

2005/07/07

Budapest Day-4(Special!!)

忘れられない一日の日記は最後まで読んでもらいたい。
温泉で本当に長旅の疲れを癒しているここBudapest最後日は、昨日いけなかった”The house of terror”。ココは英雄広場へのアンドラッシー通りにある。ハンガリー政府のサポートで現在は観光の場所になっている。ハンガリーは復興において現在観光業に力を入れていて町中いたるところに歴史博物館や美術館があるが、僕的にはココがもっと有名になってもいいのではないかと思った場所である。
映像で振り返る第2次世界大戦の映像コーナーでは、ホロコーストの悲惨な映像が流され、焼かれた人々やガスで殺された人々がブルドーザーでまるで土でも運ぶかのようにまとめて手前の穴に押し込まれていた。。。。地下には、当時共産主義に反対する人々のための牢獄があり、中を見る事が可能。半畳ほどの部屋で床から10cmほど水が張られ中心部に突起物がある牢獄、人間一人立てるほどの広さの牢獄など。そしてそれぞれの牢獄で無くなった人々の写真。なんとも言えぬ気持ちになり鳥肌がそこにいる間中立っていた。 (ここから大きく一日が動き出す)

気分一新、初日いけなかったセーチェ二温泉へいくも綺麗で大きいが温泉の温度が38度とぬるい。ということで、トルコ占領時代から存在しているという500年の歴史を持つキラリー温泉へ。ココは、日替わりで男性Dayと女性Dayがある。丁度雨も降り出したので温泉温泉と喜び勇んでいく。水着に着替えてまずはシャワーとシャワー室に行くと大男が二人僕を見つめるくる。ナンだ?アジア人珍しいのかな? 笑顔でハローーハローー愛嬌振りまきながら、温泉へ。中に入るとでかいホールが。円形になっているので、端からつかろうとするとここでもまた色々な人からの視線。と、1人の叔父さんが睨む様にじっと僕を見つめながら風呂の中で僕の前を横切る。まぁ笑顔で返すと何だか笑顔になって近寄ってきて自己紹介をしてきた。ハンガリー人の医者だそうだ。ふーーんなるほどなるほどなどと関心していると、体を近づけてきた。そしてなっ!なんと!いきなり 体を触ってきた!!!!!!! なんだ???? NO!!!!!。。。

なんとなくこの状況を冷静に考えてみた。今日は男専用。そして先ほど受けた視線と今感じている周りからの視線。。知っている。僕はサンフランシスコのカストロ通りで感じた事がある視線だ。。。そう。ここは虹色天国Gayのコミュニティーなのだ。アジア人のあそこが小さいだのなんだのと言って来るので、逃げるようにサウナへ。おい!ソッチは危険だぞ!と頭の中で警告を発信した時には、既におそく扉開けしまい、みてはいけないものを観てしまった。。風呂にアジア人が二人いたので日本人かなと話しかけようにも、どうやらこの二人は既に知っていて来ている様子なので声かけれなかった。。。。。この360度から狙われている視線の中では行き場所が無いので、入場10分にして退場。ロッカールームの人にも何だか色々言われたがぼくの頭は錯乱状態だった。ふーーーまぁBudapestでは色々勉強になった。Going somewhere without knowing is sometimes dangerous. あはは。

2005/07/06

Budapest Day-3

Day3-- この日の僕の目的はユダヤ教会に行く事。これまで色々なユダヤ人の人々に会ったり、本を読んだりしたが彼らの教会というのを見た事が無いので興味津々。到着した教会には、あの三角と逆三角が組み合わさったマークがあり、入場する際にあの独特の帽子を頭の後ろにちょこんと乗せなければならなかった。非常に興奮したシーンだ。この教会の横にはMuseumがあると行った場所は間違ってしまいお墓だった。ココで僕は鉄でできた木を見つける。この木には鉄の葉っぱがついており、その一枚一枚にアウシュビッツでに送還され殺された人々の名前が掘ってある。またMuseumには、ホロコーストの現場などの写真やその当時彼らが着せられたという服などが展示されていた。色々観て回ったのだが、朝のユダヤ教会で受けた衝撃を引きづった1日であった。その日の疲れを癒そうと向かった温泉は、Gellert温泉というホテルの中にある素敵な場所。これが温泉かという洋式な温泉。

Budapest in Hungary Day-1 & Day-2

ハンガリーはトルコに占領されていたり、ハプスブルグ家繁栄の時代にはオーストリアと一緒だったり、第二次世界大戦中はドイツの傘下に入り、大戦後はソ連に占領され1989年まで共産主義国だった国だ。温泉街として有名であると共に、ブダとペストという川を挟んだ町並みは「ドナウの薔薇」と呼ばれ川沿いは僕の大好きな言葉である”世界遺産”だ。数々の国の支配下に置かれたこの国は、崩壊と再興を繰りかえし、至る所の建物に鉄砲で攻撃された穴があり、今尚戦後の復興を感じさせる

Day1--ブダペストのケレティ駅にはVienne(Wien)から3時間で到着。電車内では、3回以上もパスポポートチェックがあったりと結構大変だ。なんたって、スロバキアを経由するもんだから。まずは、散歩。世界遺産に登録されている大通りを通って英雄広場へ。嘗てココのエリアにはナチスが本部を置いたという。歴史ある古い建物が並ぶとおりを進むと、英雄広場に到着。このの近くにはペスト側最大のセーチェ二温泉があるということで行ってみたものの、海水パンツとタオルをもっていないためピックアップしにホテルへ戻る。ピックアップ終了後、ブダ側の温泉に行くも閉鎖中。別の場所に行くも17時でClose. 温泉にはいれねぇーーーー。 
Day2- 昨日風呂に入れなかったので, 朝からLukacs温泉へ、その後ブダ側の丘の上の王宮などを観光。教会や建築物は何世紀にも渡る破壊に新たな建築様式での立て直しのため大変複雑な見た目になっている。この街で一日を過ごしたのだが、なんといっても500年前に作られたという王宮地下迷路が僕を魅了してやまなかった。ランプを借りて小一時間迷宮を探索。是非このWEB観てくださいな。http://www.labirintus.com <-- Please check it out!

2005/07/02

60枚・・・

60枚もアップしてしまいました。 My photoから”2?Italy” ”3?Austria"をクリックしてください。実際はこの7倍くらいありますがね。

宮違い

本日も大雨。。。。気圧が下がると頭が痛いのは前から。。。過去の首に障害から来る持つ僕の持病。
宮殿に行く前に、僕のWienでの見ものである「Kunst house」を観に行った。現在ギャラリーとなっているその建物自体も彼の作品である。非常にカラフルで工場などのデザインなどを手がけた彼の作品はドイツに多く全部で30作品を残して世を去った。http://www1.kunsthauswien.com/ ココ参照の事。 

雨もなんのそので、いよいよ世界遺産の宮殿にお邪魔!と電車にものらずに歩いてその場所へ。庭に入ってネプチューンの泉を探すも見つからず、今はどの辺りかと地図を見るも何だか様子が変。宮殿。。。地図を再確認。。王宮。。。 宮殿?王宮? 違う。ここは宮殿ではない。と時計を見ると16:45. ここから電車で4KMの先の宮殿まで20分はかかるが1645には入館していないと無理なようで結局宮殿は諦めた。 今日はカツレツを食べに入った店がCUBA料理の店でカツレツある訳もなく間違いだらけの一日。長旅で疲労か?

大雨のため早めにホテルに帰り計画をねる。アメフトの先輩からアウシュビッツへ行くという提案を受けたがプラハからさらに東へ行くのはPlan上危険という事で断念。その代わりに新しいアイディアを考えた。ベルリン。そう、プラハからベルリンまでは5時間の電車と短い。そしてそこからのバルサへのAirも安い。どうやらこのプランでいけそうだ。ドイツ人の友達から情報集中。

自分のPCつなげる機会は余り無いだろうから、写真を超大量アップ。イタリアの旅から選んだ。

2005/07/01

行きはよいよい帰りは怖い

通りゃんせ 通りゃんせ こーこはどーこの細道だーと歌うこの歌少し怖いんだよな。夜眠れ無かった記憶がある。映画もあった。行きはよいよい帰りが怖い。。。僕の旅がまさにそれ。バルセロナから南にいって、飛行機でミラノに飛びイタリアを北から南へドバーーと下ったかと思えばそこから、北の反対側へ。そこから北東に上がってWien.これからさらに東やら北やらへ進むわけである。しかし、今後のPlanを検討するに当たり大変な事に気ガついた。、プラハまで行ってしまうと、バルセロナに帰るのがとんでもなく大変なことになりそうだ。まぁすでにWienからでも大変なのだが。電車だと数十時間。飛行機は激高で基本ダイレクト便なし。 
::僕の中に巣食っている冒険野郎が叫んでいる。:::
電車でアルプスとか越えてみちゃう? この際だから一泊ずつスイスのチューリッヒやフランスのどっかに泊ってみちゃう?いっちゃえよ。9日から12日くらいまで電車乗り継いじゃえよ。。。
実はExpedia.comで飛行機を見つけたのだ。WienからMadridでも予約プロセスの最後になってE-チケットでないため紙を送付するための米国での住所を教えろときた。よって頭にきて削除。其れ最初からいえよなーーー。

今日の出来事書こう。世界三大美術館の一つといわれている(色々説はあるが)美術史美術館にお邪魔。絵は自分にとって価値あるものを一つでも見つけれればいいなぁと考えながらジュゼッぺさんの絵に思わず立ち止まる。モーツアルトの像の写真を公園で撮っていたら3年使用したオークリーのグラサンを失くし、その代わりに別のグラサンを即購入。。(初の高額な買い物) Wienの新たな名所という、MQ(Music quater)を見学中に豪雨にあいしばし足止め。自殺率EU第二位の国とはいえ、Wienは街が綺麗だし、食事も様々な料理がある。そして、観光客慣れのせいもあって人もいい。Ciao!で入ってきて英語で会話してGracias!で去る変な僕に非常に親切に対応してくれる。ドイツ語は無理だ。。何にも頭に入ってこない。Danke.だけで終りますな。明日はハプスブルグ家の嘗ての宮殿遊び行ってくる。

2005/06/30

イタリアからオーストリアへ

オーストリアのインフラはしっかりしていると聞いたが、いきなりホテルの部屋で無料でネットが使えるとは感動!やっと日本語かけた。イタリアで取った写真も明日大量アップ予定!

ベネツィアの3日間は本当に素晴らしかったがすんごい暑過ぎね。日中歩いていると、熱中症が又出てきそうな感じになる。町中いたる所に流れる川と思いきやこれ海水なのね。。。どうりで体がベトつく訳だ。しかもネットカフェは30分で4.20Euroと高い。 2日目のビーチやベネツィアンガラスの島々を後に3日目はとにかく歩いていける島から島へ。まぁどこを見てもベネツィアンガラスの土産屋ばかりと思いきや、エミリオプッチを見つけたり、細い路地を抜けるといきなり広場に出たりと面白い。ココには、ベニスの商人でも取り上げられているが、ユダヤ人街があり、最終日の今日美術館もあるのでお邪魔してきた。アウシュビッツへの各国からのルートやどれだけ迫害されたかを数字で表したような表を目の当たりにしながらも残念ながらイタリア語で全ては理解できず終了。外には、黒い帽子を頭の後ろにつけている若者達がいて、そのとなりの喫茶店で僕はコーヒーをすする。

14:48発のヴェネツィア発ウィーン行きの電車に乗る。到着は21:40だ。と6席アル僕の2等級列車の座席指定の部屋に4人のオーストリア人が来た。余りオーストリア人との面識が無いのでさぁて何話そうかなと考えていたら、あちらから「日本から来たのですか?」と日本語で話しかけられた。ん???この人、オーストラリア人ながら草津に嘗て滞在して、東儀秀樹で有名になった篳篥を学んだという。おお、さすが音楽の都ウィーンだ。と関心して、色々話していたら、一緒にいる他の人々はウィーン交響楽団の一本目のバイオリニストだったり、ソロで活動しているヨーデルンの歌手兼アコーディオン奏者、ギタリスト兼うんたらかんたらと何だか面白い組み合わせ。6時間以上もある長旅でいろいろ話していたら、今回のイタリアからオーストリア移動の名所セメリンク鉄道を通過した。これ鉄道ながらユネスコの世界遺産。ちなみに、ウィーンも世界遺産の都市。あの風景はまさに”世界の車窓から”オーストリアの人々の解説付きという完璧なシチュエーション。旅は人との出会いが面白い。

2005/06/29

Night in Venezia

At night, here, Venezia, is so dark. The setting of the sun is 21:30. After that, there are not many lights. Yersterday I went to other islands. "Lido" has loooong beach and "Murano " is known as " Venezian Glasses.

Venezia is really quiet because of no car but there is no activity at night.... Drinking alcohol is only activity. ( I am light weight....)

Anyway, tomorrow I am going to go to WIEN!! It must be interesting. There are a lot of excitement in this world. Finding something which I have never known is terrific!

2005/06/27

Venezia

I am in Venezia.. It took 8 hours by train from Napoli to here... Here is so beautiful like my face... haha

I am going to stay here for 3 nights 4 days. Besides, I have already bought a ticket to go to next place.. Where is it?? This place is well-known as the city of Music... Where??

The next place is WIEN!! ohhhh I do not have time to write daily any more.... sorry.

2005/06/25

Pompei - Napoli

I am still in Napoli which I hate. It is said that people living in North Italy hate People living in South because northern cities make money but southern cities doesn't so. In Napoli, there are a lot of people, who are not working, on the streets . Moreover, staff of shops are not working because there is no customers.

I went to Pompei ruin yesterday. It was too hot and that place was very big to see around, I finally got heated disorder... Pompei was interesting. I want to show some pictures in Pompei but I cannot do it right now. I think I have six sense. Sometimes I felt really bad because I felt someone or something around me. For instance, here is the situation. There are bunch of people in this area and this place was really hot. However, I suddenly felt cold, then I took a picture. Despite the digital camera, this pics was not clear to see.
In Pompei I felt cold at one place....

I decided where to go. My next city is ....." Venezia!." I will stay there for 3 nights 4 days. I almost give up on going to Greece in this trip. There is a direct line which goes to Greece from Berlin. Hopefully, I have time to go to Berlin, I will go to Greece on around 7th July .

A lot of people can easily think what is going on in this week. In my case, I know where I will be in three days but I do not know where I will be and what I will do.... I am just one of the travelers in Europe.

2005/06/24

What a dirty city Napoli is!!

I am in Napoli.... Streets are dirty... Buildings are dirty... mmmm but my hotel is cheap and clean. Because Napoli was occupied by a lot of countries in its history, the looks of women living in Napoli are various.

Today, I went to Capri Isle to visit "Ao no Do-ku-tsu" ( I forgot its name in Italian). It took for 40 min from Napoli to Capri by ship. That place was extreamly amazing.. In that cave, everything was BLUE!! I cannot explain about it even in Japanese.

Now I am checking the price of the airplane for going to Athens(Greece). It is, however, very expensive. I can go there by ship but ,first of all, I have to go to other places to which I have to take a train for 4 hours and half from Napoli. Even if I go there like Bari or somewhere, I need to take a ship to got to Greece for looong time.... nnn I have to decide weather I go to Athens or not.

I have another idea. I directly go to Budapesto or somewhere.............. Do u Shi yo u kana^^

My trip is flexible. If I want something, I can do it. I do not want, I can decide not to do it. This is the word " TRIP". It is such a great word...

2005/06/21

バチカン市国

本日早起きでバチカン市国。人口1000人の世界で最も小さい国。 おおおーーテレビで見たことある景色が目前の広がるなか、先日死去された法王のお墓を見学の後、ミケランジェロの最後の審判を見ることができた。 

世界遺産めぐりの旅は、支柱を持たない聖堂として世界1のサンピエトロ大聖堂およびスペインはジローナの聖堂の二つを見ることができ、かつあっちゃこっちゃでスペイン語で会話をしているため、毎回「あれスペイン語話せるの?」なんてことから結構お店の兄ちゃんと会話弾んだりしている。

大雨に降られたトッティの結婚式から始まって、コロッセオ、フォロロマーノ、トレビの泉、スペイン広場の階段と長年イタリア行ったら見たいなーと思っていたものを見れて感動の涙がちょちょぎれ。ちょちょぎれ気味なのは暑さで脱水症状なのかも。。。というくらい暑い暑い。

最高に笑ったのは、ローマのホテルでチェックインにあたり、僕の予約がないと一騒動。なんだかんだ、調べた後わかったことは、僕が7月19日からの予約を入れていたこと。でもお値段そのままで提供してくれることになり西城秀樹ばりに秀樹感激。でもキャンセル料とられているっつーーの。

明日22日はいよいよ梅園との別れの日。彼はミラノへ戻る。そして僕は、、、、ナポリ!!ナポリを見ずして死ねずの言葉が本当かどうか確認してくる。 その後は、、、、いよいよ第4カ国目のギリシャ。ちなみに3カ国目はバチカン。

Roma no kyujitsu

I am in Roma. Yesterday we moved out from Firenze to Roma. It took 2 hours and half. We went to "the Colosseum" and some historical places. While looking around Roma, we ran into one big event in Roma . Yesterday, Tutti who is the most famos football player in Roma got married with a woman who I do not know at a church. When going down stairs next to that church, we saw a lot of people and some cameras. It was at 18:00. We noticed that thay were waiting for Tutti and we decided to wait for seeing his marrige. At 18:30, the weather suddenly changed and it was hard storm. We, of course, got sorked.....
At 19:00,,,,, It was getting better weather and it almost stopped rainning. Then ......... Totti!! Totti!!! I saw Totti!!!! We got a great position to see him. When it rained, we waited for him under storm, even though a lot of people left there at that time... Tutti and the Colosseum.... Yesterday was such a perfect day!!!!!

2005/06/19

フィレンツェ最高ざんす!

いやー今日ローマに旅立つ前に日記かけてよかったよかった。しかも日本語で。 ミラノからフィレンツェに移動して3泊。ミケランジェロやラファエロ、ボッティチェリなどの絵画をウフィッツィ美術館(元はメディチ家のオフィス)で見たのが昨日。革製品と牛肉がうまいというこの町で1.5KGのステーキを二人で食べたのも昨日。お気に入りのシャツをミラノに忘れてシャツを買ったのも昨日だった。

でも一昨日はフィレンツェを出てピサなる場所にいってみた。電車で1時間ほどで着くここピサ。人口9万人のこの町の名物はなんと言ってもオカマバー「プチシャトー」ならぬ、「ピサの斜塔」。これ一時は傾きすぎて入場お断りで工事していた場所。今は、斜めになりながらも入場可能。15E払って上ってみた。斜めになっているので階段上るのも一苦労。猛暑にやられて二人とも熱中症でDown. にもかかわらず牛を食う二人であるのだが。

イタリアでは、買い物というよりも世界遺産巡りと食事にFocus. でも、なんだか胃がおかしい感じ。正露丸をもらって飲んでいるのだが、こいつが本当に効くのでびっくりしている。日本の薬すごいな。征露丸という昔の呼び名に完璧マッチ。

僕の求めていたイタリアがこの町にはある。フィレンツェ大好き。でもセビージャが今のところNo.1

2005/06/18

Shun in Milan

Oh my god! I still cannot use Japanese..... Sorry for this.

Two days ago, I met my senior friend '' Mr. Shun Takizawa'' who played American football at Rikkyo univ with me. He has lived in Milan for 6 years, already gotten married and had a baby. He took us to a great restaurant. If I were Pinokio and if I said that this was bad, My nose would became long long long like 3m. sooo, it means this restaurant was very gooooood!

Now I'm in Firenze. My friend ''Ume'' has bought a lot of clothes but I haven't. We are going to go to Rome tomorrow. It must be fun!!! Anyway, tonight we are going to a steak house. yammy!

2005/06/15

Manola in Milano

The day before yesterday, we went to the street "Montenapoleone??" which is very famous as "SHOPPING". Yesterday UME went there again but I was not interested in buying a expensive clothing .Even though there ware bunch of shops, I took a nap^^ haha.
After one year, finally I met Manola who I met in SF in 2004. Her favorite artist used to be "Norah Jones" , but it is "PUNK" right now. I was so suprised at her look which was totally different from its before one year. She and her boyfriend took us to a Italian restaurant and a special place( oh! I cannot exprain about this place^^)

The next city is "Florence". We are gonna stay there for 3 days. While staying there, we plan to go to PISA? PISSA?( I don't know how to write.)

Anyway, I still cannot use Japanese.... Adios!

2005/06/14

Milano!

I am in Milano right now. Today My Japanese friend "Umezono" came to Milano from Japan. We are going to find "Net Cafe" to book a hotel in Rome or somewhere. We have not decided it yet.

I am gonna meet my italian friend and my Japanese senior friend here. I am so excited!! Ciao!

Hopefully I am gonna use Japanese from next daily.

Ciao!

2005/06/12

TORINO

I AM IN TORINO IN ITALY. YESTERDAY, WE CAME TO TORINO FROM SEVILLA IN SPAIN. AT NIGHT, WE ATE A REAL ITALIAN PIZZA AT A RESTAURANT WHICH IS VERY FAMOUS IN TORINO.

MASSIMO LIVES WITH OTHER 3 PEOPLE HERE. WHEN SPEAKING TO SOMEONE ON THE STREET , AT A STAION OR AT HOME, I USE MY SPANISH. WHAT IS INTERESTING IS THAT THEY CAN UNDERSTAND MY SPANISH AND I CAN UNDERSTAND THEIR ITALIAN A LITTLE BIT.

Claso! Japon, Italia y Espana son totalmente diferente. pero las he buscado algo simillar de cuulturas.

No tengo tiempo para escribir por que vamos a comer algo! Adioi Amigos!

2005/06/10

アルバイシンとアルハンブラ宮殿

なんだか、サンフランシスコから一変して旅行記になってしまっているが、旅行なのでしょうがない。昨日今日と学校終了後の午後を利用して、世界遺産にも指定されているアルバイシンという居住区域とアルハンブラ宮殿に行ってきた。不幸にも、アルハンブラでは共に行ったマッシモの急な体調不良にて1時間半ほどの滞在で終ったが、それでも全部見れたので大満足だ。 気温40度近い日射の中で4時間,5時間はとてもじゃないが歩けない。 3月から10月までは夜21時半から1時間ほど開殿しているみたいなので、又是非来たい場所だ。 ココはいついったって変わら景色を残すだろうから。
 
アルバイシン地区は、イスラム時代を今尚色濃く残す白い壁の道が入り組んだ町並み。こういうところでは、自ら道に迷ってみる事にしている。セビージャでもそう。大抵は、あーーここにでるのか!と思うところだが、今回は余りにも道が入り組んでいて全く不明。セビージャではフランス代表のデイビッドは迷ったら太陽と日陰の角度で方角を決めて歩いたといってた。でも夜は不可能だから道に迷ってしまったなどとも。そりゃそうだろ!
なぜか分らないが、アルバイシン地区では映画「魔女の宅急便」の舞台にも似た雰囲気を感じ久々に秀樹感激の連発。

明日セビージャの友人に会うべく、午後にセビージャに移動。夜はイタリアン。翌日から今度はイタリアだ! トリノ入りして、マッシモ宅に世話になった後、13日からミラノ。 ナポリでナポリタン。ボローニャでボロネーゼ。

2005/06/07

ちょいと拝借

家の周辺から電波をキャッチ!ちょいと無線LANつかわしてもらいまーーす。てことで、写真を大量アップ.

ここグラナダはスペインにおけるイスラム王朝最後の都市で、レコンキスタ完了における非常に重要な場所だった。なーんて歴史の本読んでいると面白いなーー。今触った大理石や大聖堂の支柱なんかは何百年も前に、誰かが触りながら「ココを何百年後に誰か触るのかなーー」なんて思っていたのだろか。

スペイン語の学習は、街でタクシーでホテルでスーパーマーケットで踏ん張りつつも、グラマーを勉強している。日本人がいないこの学校で、珍しがられている。

グラナダ探索

グラナダでの生活は、コルドバに比べるまでもなくすばらしい。今日やっとアルハンブラ宮殿のチケットをとって木曜日に行くことになった。以前から、グラナダという町へあこがれを持っていたのでこの町に実際にたった1週間とはいえ住んでいるということは生涯の思い出だ。

ふと街を歩いていて、松尾芭蕉の「月日は百代の過客にして、行き交う年もまた旅人なり。。。」を思い出した。また、旅は道連れというが、此の旅はすばらしいなぁとつくづく感じる。今週金曜日にはセビージャに戻り、旧デイビッド宅にてパスタDinnerの予定。

ここにはアメリカ人が多く、僕のアパートにも一人アメリカ人がいるのだが、こいつがまたテレビの前で酒のみながら、挨拶もなしに食い散らかし、人に興味を持たない代わりに、自分にも関わらないでくれという雰囲気を醸し出す、協調性のないやつだ。

グラナダの市街には川が流れて、アルハンブラとアルバイシンの方に歩いていくと、古い町並みが今なお残るすばらしい場所に辿り着ける。最高だ。

2005/06/06

コルドバは狂っている

木曜日、、フラメンコのクラスを受けてみた。1時間ほどの短時間であったが、金曜の夜から、3人でコルドバへ移動。違う町は違う顔を持っているという言葉が似合うこの町は、世界最大のモスク「メスキーナ」がある。思ったほど大きくなく、歩いて回れてしまうのだ。せっかくの金曜日ということで、3人で夜の町を散策。とその前に情報収集ということで、ホテルのおにいちゃんにディスコテカやバルの場所を聞いてみた。ディスコは3時から???なんで?

まぁ11時位から夕食を済ませ、いざクラブ活動と町を歩くも人がいない。そして町全体が暗い。ちょうど歩いてきたお姉さんに聞いてみると、今はまだ時間が早いからどこいっても人がいないよとのこと。時計を見ると、1時半。夜中1時半で早いというこの町はなんなんだろうとおもいつつ、クラブへ。まだ開いていない。時間潰しのため、隣の「Latin Brothers」へ。メキシカンか南米だろうとおもわれる人々が5人ほど。奥ではサルサを踊っているのだが、ちょいと危ない雰囲気。 1時間ほどして今一番熱いといわれているクラブ「アンダーグランド」へ。
お店は開いている。よし!と入ってびっくり。大きなホールに僕ら3人とプラス2人。

時計を見る。4時。 信じられない。この時間にして人が集まってきた。4時半。。50人位はいるだろうか。そして一番熱いといわれるこのクラブの選曲はハードロック。ありえない。。。

翌日、バルで兄さんにクラブ情報を聞いてみた。多くの人がここから30KMいった小さな町にいっているそうだ。車で乗せていってくれるといわれたが、行ったはいいが、帰れないなんてありえないので止めた。30KMといえば、自由が丘から志木位だろうか。

僕の常識を超えたところで生活しているこの街を後に、日曜日マッシモと二人でバスでグラナダ到着。ぶらぶら歩いてたどり着いてしまったのが、「アルハンブラ宮殿」。山の上に見える宮殿に今週中にいくぞ! ということで、今は学校。どんな人とあえるだろうか。

2005/06/01

イタリアーーノ

こちらにきて多くの人に「二人ともイタリア人か?」と聞かれる。どうやら僕がイタリア人ばりにボディーランゲージを使うからだそうだ。

セビーヤでのスペイン語学習は今週で終わるのだが、マッシモとの会話からアイディアを得てもう1週間スペイン語を勉強することにした。スペイン語を学ぶ場所は・・・・・・・・・・グラナダ! アルハンブラ宮殿のある街で1週間学校行く。要は、ホテル代がかかる事や暇な時間がおおい事などを踏まえると、学校の提供するpisoで朝から午後まで勉強したほうが充実した生活ができるということである。

グラナダからその後のスケジュールはすごいことになっている。今月でIBMを退職することを決めたサンフランシスコの僕の家にも遊びきた「ある日本男児(匿名)」と今度はイタリアはミラノで再会するのだ。11日にグラナダからセビーヤに戻る同日にイタリアはミラノからちょい西にいった「トリノ」のマッシモの家に宿泊。13日にミラノに戻り、ある日本男児と合流した後、12日ほど使ってフィレンツェ、ローマ、ミラノを探索。その後は、一人でボローニャなどまわって、ギリシャでもいってみっか!というのり。

洗濯は、ステイ先の洗濯機を使うと13ユーロかかるので洗面所で手もみ洗い。なんとなーくだがただ速く走ることしかできなかった前の自分とくらべれば少しはましになっている気がするが、クレイジーなイタリアンにYou are crazy!!!といわれるとうれしい。これが典型的な日本人だ!と言い張っているのだが。。。。

2005/05/31

フラメンコ

繁華街に人がいない月曜日。マッシモの作るカルボナーラを食べたのち、街へくり出した。Fiestaというわけではなく、フラメンコを見に行く目的だ。初日に、カルボネリアと呼ばれるこの街で有名な場所にいったのだが、有名なのは観光客が多いことでものすごい感動を得ることができなかった。ということで、川を越えた旧ユダヤ人街を抜けてかつてジプシーが住んでいたという場所に行った。小さな場所で夜12時半から始まるショーの客は僕らと他3人ほど。この街には隠れ家的なフラメンコを聞ける場所があるとは聞いていたが、こういう場所なのだろう。

そういえば、先週白い村を訪問した後、闘牛を見に行った。おおお!闘牛だーーと興奮して闇市でゲットした格安価格で入ったものの、目の前で牛を串刺しにする光景に牛2頭分の戦いを見て闘牛場を出た。首の付け根からだらだら血を出しながらも何度も立ち上がる牛とその攻撃をかわしながらぼこぼこ刺していく様を僕は見ていられなかった。ちなみに、カタルーニャ地方のバルセロナでは闘牛は現在閉鎖されている。そのうち、この国自体で闘牛を止めようという動きもあるようだ。一日に6頭が殺され、過去25年でマタドール(ひらひら交わす人)が1人 ピカドール(槍をぶすぶすさす人)が3人が死亡。牛の死亡数と比較すれば割が合わないか。。。。

この街は舞台劇カルメンで有名だから、カルメンツアーなるものが存在する。スペインの歴史とあわせながらタバコ工場で働くカルメンの生涯を実在する建物を巡りながら説明を聞くというツアーに参加してみた。お金は払いたい分どうぞというこのツアー英語の説明でわかりやすいのでお勧めだ。

2005/05/30

パルミジャーナ

典型的なイタリア人とはどういう人だろう。僕の中では、プレイボーイというよりもいつも女を見ているという印象がある。マッシモはその典型的なイタリア人といえるのだが、本日あったアレハンドロはもっとすごい。自己紹介もほどほどに目は通りを歩いている女性を追っている。少し話したかと思うと、「あの女性はきれいだ」「あの女性は一人で歩いている」だの。最高に面白い。

彼はパルマ地方出身ということで、チーズパルミジャーナについて聞いてみた。パルマに住んでいる人をパルミジャーナというのだが、どうやらパルマとその隣の町は仲が悪い。アルジャーナとかいったかな。だから、パルマ出身だからといってパルミジャーナの話をするとたとえチーズの話でも、俺はパルミジャーナじゃない!なんて会話になる。チーズはパルマかもしれないが、俺は嫌いだ!!!!なんて。

イタリア人同士が話していると、スペイン語と似ている部分があるのでたまに何を話しているか理解できる。イタリアが呼んでいる。イタリアに行ったら、スペイン語を話してみようと思う。英語よりも通じるかもしれないかな。、。。

ピカピカお肌

イタリア人のマッシモと二人で日焼けで赤くなった肌のためのクリームを購入。イタリア人の作るイタリア料理を食べたいという僕の希望で、レストランで働いていたというマッシモにアマトリチアーナつくってもらう。大事なのはベーコンのクオリティとどのパスタを使うか。出来上がった作品は、家庭的かつ絶妙のアルデンテで最高。トリノに住むということで、来月イタリアに行く際に訪問することになった。

食後は日焼けした肌を癒すためにクリームを塗ることにしたのだ、これが今日一番の話題となる。フランスはリオン出身の最高に面白いデイビッドを交えて、3人でクリームを塗ったのだが、なんだかおかしい。3人とも顔から体からなんだか見た目変なのだ。いい匂いだからと買ったニベアなのだが、このクリームはなんだろうか?と読めないスペイン語を3人で解読してみた。

最高の匂いときらきらしたラメであなたの体をシルクのようにします。。。。。。

体をよーく見てみると、なんだか銀粉のようなものがきらきら。。。。叶姉妹がつけていたような、あのきらびやかな雰囲気。女性もののクリームを買ってしまったようで、3人ともてかてかしてちょっと気もい。

2005/05/29

Pueblo Blanco

先週木曜日に、プエブロブランコに行ってきた。なに?とわからない人も多いと思うが、白い村という表現をすればわかるだろうか。アルコスデラフロンテーラというシェリーで有名な町から、東へ行ったところの多くの村が白い村と呼ばれる有名なエリア。
ここは、ユダヤ教の人々が、大都市から逃れて表面的にはクリスチャンという傍ら、実際はユダヤ教信者として生活していた場所だという。あまりにも暑いために、壁を白くしているというとおり、暑い暑い。

土曜日は、友人とともにバスで1時間ほどの場所にある海へ。クリームも塗らずに僕とイタリア人ははしゃぎすぎて本日日曜日は二人して体が痛い。。。。シモねたにフランスはリオン出身のデイビッドも参加してきて、もしかしたら3人でコルドバやグラナダに行くことになるかもしれない。2人とも僕の精錬された高等なギャグにしっかりと返しをしてくるので、最高だ。

日焼けはクリーム塗ろう。

2005/05/25

暑すぎるぞ。

学校がはじめって3日がたった。この学校は小さくて、生徒の人数も40名と少ないので、すぐ知り合いになってしまう。今は、イタリア人やフランス人、オランダ人、スイス人の男軍団と、イギリス人やドイツ人とつるんでいる。この町を留学先に選ぶ人々は暑い場所好きののりのりな人々でかなり面白い。僕のシモネタタ相手はイタリア人のマッシモだ。

セビーヤは暑すぎる。夜で26度。夜10時まで沈まない太陽の中では、子供も元気に11時ごろまで遊んでいる。多分日中は体感35度くらいか。食べ物は、こってりとしているので気をつけないと尿管結石がでるかも。

何とかフロンテーラという町を先輩が薦めてくれたので近々いくつもりだ。この町で、今なお残るシエスタの習慣。この暑さならわかる気がする。暑すぎて夜はばてばてだ。。あはっはっはっはっは。

2005/05/23

セビーヤ到着

寝台特急は響きがいいが、その実際はかなりエグい。現実はずいぶんと違うもんだった。夜10時の出発間まで、オランダ人のヘレンちゃんと時間つぶし。彼女は、こちらでインターンシップをやっており、スペイン語も英語もぺらぺらだ。悔しいが、すごい! 10時の出発でお別れをして、いざ電車に乗りこむ。11時間の旅の連れはどんな人だろうかと、列車に乗り込むと、早くも先客。50代のスペイン人。セビーヤ出身でフラメンコ暦40年。別途は4つ。出発後のタラゴナという駅から、これまたスペイン人2人が乗り込んできて、小さな部屋でスペイン語談話。あーー俺スペイン語しゃべっているーーーー。と感動しつつも、75%は理解不能。。

気が付けば、0時。みんな寝るような雰囲気だ。 よし寝ようと思って10分後。。。悪夢だ。 この小さな部屋が2人のイビキが交互に襲ってきて、年中無休のいびき地獄。あと何時間?あと9時間。。。。
枕で頭をくるんで、Ipodで耳をふさいでも、耳の中でいびき。。。。。最後に時計を見たのが4時位。それから1時間くらいごろごろして、眠りについて、気が付けばセビリヤに到着。

ホームステイ先に到着後、少しセビリヤを探索。といっても町は日曜日でどこもお休み。大きな聖堂や、スペイン広場などは開いていて、土地感を得ようと歩いてみた。バルセロナよりは危なくないというものの油断は禁物だろう。この町は小さいけど、面白いものがいっぱい詰まっている感じだ。ホームステイ先には、9歳のアントニオ君。あーーー言葉がわからん。。

2005/05/21

寝台特急

セビーヤへは本日22時にバルセロナのサンツ駅から経つ予定。11時間の旅なので、ベット席を取った。イタリアやギリシャには電車で行きたいなぁと思っている。南仏のどこかの駅で降りてもいいかなぁなんて思っている。これって、沢木さんの寝台特急に似ているのだろうか。彼の場合は、アジアからヨーロッパに入ったんだっけな。日本に帰ったら、ドンキホーテと寝台特急を読みたい。

ヨーロッパへの興味は、河童の見たヨーロッパという本から得た。この本は文章も手書きそのままで記載されていて、様々な国の様々な風景も描かれていて、本自体がヨーロッパっぽいなぁと思った本だ。帰ったらもう一度読んでみよう。

友人のメールに、成熟したヨーロッパというような表現があった。そう、きっとこの国はもうお爺ちゃんなのだろう。年をとると、安定したのどかな生活を求める。だからいろいろなものがゆっくり。日本はきっと40歳くらいなのだろう。ちょっと疲れたけどでもまだがんばらないと。アメリカは、20歳の若者かな。時たま切れて喧嘩を吹っかけるあたり。そして中国。この国は、輪廻転生を4000年の間繰り返し、いよいよ改めて赤ちゃんとして生まれ成長していくというところだろうか。まぁ、よく分からん例えだがまぁこんな感じでゆっくりとした時間をスペインで過ごし、再起動して日本で働こう。

シルクドソレイル

シルクドソレイルのショーを観に友人含め4人で行って来た。ラスベガスの「O」ショーを観てからというものすっかり虜にさせられてしまいバルセロナでやっているのも知っていたので迷わずチケットゲット。こちらで開催しているショーは「Dralion」というドラゴンをメインキャラにしたショーでラスベガスとはまた違ったコンセプトで120%楽しめた。中国雑技団からも人を雇っているのだろう。アジア人が見せる凄技に感動。なお、2005年春に始まったシルクの新いコンセプトのショーは10月頃にサンフランシスコで上演するという事だから、sfの友人には是非行って貰いたい。

昨日は最後の夕食会という形で、同じクラスの仲間ほかこちらで仕事をしているオランダ人やイタリア人総勢10名が集まって食事。といっても男は僕だけ。。。。両手に花といっても、各国から濃いキャラクターが集まって、イタリアンアクセントの英語でまくし立てられるとさすがの僕も萎縮。

学校というのは、始まって最初に仲間になった人々というのが一番親しくなりやすい。そりゃ、みんな寂しいなぁと思っている中で初めて知り合う人々だからそうなる訳なのだが、一言で言うといい体験が出来た。これでオランダにも遊びにいける。ちなみに、オランダ人の女友達二人は身長175cm。明日からセビーヤ。2週間スペインの家族のお世話になる。ネット接続はいつになるだろうか。。。。

2005/05/18

どこ行くか決めた!

少しお水の話。 ここバルセロナの水道のお水はのめるが少し臭い。そして雨があまり降らないので、水道水の出しっぱなしは良しとされていないようだ。 でも先週いったLLANCAのお水はびっくりするほどうまい。これ水道水?ときいたらヘススはキラキラした目で「ここのお水はおいしいんだ!」といっていた。そして山に囲まれて海に近いこの町には水が豊富にあるようだ。

今日学校のオフィスにいった。学校をトランスファーするためなのだが、その扉に入るまで、マラガかセビーヤを迷っていた。7対3でマラガだったのだが、、、、、セビーヤに行くことにした!今週末セビーヤに向けて電車でたつ!そして2週間ほど現地で学校に行くのだ!そんでもって、マラガには日焼けしに行ってきます。グラナダ、ゴルドバをまわって イタリアかな。

なぜセビーヤか。。フラメンコや闘牛の本拠地というのもあるが、歴史のある街だからという言葉が最適だろう。マラガのような観光地でスペインを知るというのが難しいだろうが、セビーヤには、フラメンコ発祥の地だけあって悲しみや情熱や様々なものが圧縮されていると感じている。それを肌で感じることが出来たら、人生にとって価値があるだろうと思っている。人に自慢するものではなく、自分の価値観のために。

2005/05/17

バルセロナ最後の週末

ここバルセロナでの最後の週末はFCバルセロナのリーグ優勝というBig newsから始まり、町では連日Fiesta fiesta! 石の具合がよくなってきたとはいえ、お酒が飲めない体なので太陽の出ている間の活動のみで終えている。まぁ9時半まで太陽かんかん照りなので、夕方6時でも日焼けできる有様。

ハウスメイトと共に歩いて歩いてモンジュイックの丘へ。Mi madreということでお水を買いなさいだとか、飲みなさいとかトイレ行きなさいなどいろいろだがとても面白い女の子だ。18時から広場でサルダーナと呼ばれるここカタルーニャ地方特有の踊りが毎週あるということで観に行ってみた。18時からというものの18時半になってようやく始まったその踊りは、年配の方々が真剣にでも踊り自体はかわいく、踊りたい人は輪に加わればいいというもの。どんどん輪は大きくなり約30分を経て終了。踊りたい気持ちもあったが、カタルーナの人々が大事にしているものを、そう簡単に旅行者が参加していいという雰囲気でもないのでやめておいた。

スペイン語だが、まぁ英語とあわせてSpanglishのような形で暮らしている。マラガをやめてセビーヤにいこうかなと検討中。セビーヤはアンダルシア地方第1の都市でフラメンコと闘牛の本場だ!

2005/05/15

独りウルルン滞在記

今日は最高の日だった。まさにお金に返られない経験を得た。友人と共に行くはずだったダリ生誕の地「フィゲレス」。ここにこの周辺にあるダリミュージアムの一つがある。先週電車であった日本に興味のある18歳の若者JESUS君と待ち合わせをして単独フィゲレスへ。ダリミュージアムの前で2時間後に待ち合わせをして、ダリ美術館へヘスス君も強引に誘って入る。

ダリ美術館の写真は後日アップする予定だが、その後ご飯のお誘いを彼の内で食べようということでフェゲレスから20分ほど電車で北上したところにある自然に囲まれた町LLANCAを訪問。周りは山と海に囲まれたきれいな町で間違いなく観光客はほとんどいないといえる町だった。先週彼のお母さんにも会っていたので、自宅に気持ちよく迎え入れられ少し遅めのお昼をいただく。ここで食べたスペインのソーセージ「サンチチョン」の味が忘れられない。彼の家には、スペインで実際に使われていたといわれる本物の刀が日本刀のように飾られ、ブルースリーが大好きでヌンチャクがおいてあった。家の前の林の前でヌンチャク披露されたが、これが本当にすごい。自分が試して頭にゴンとあたったときは死ぬかと思った。 こちらも太極拳やタップダンスを披露しその後、彼の友人宅へ。こちらでは、突撃訪問が当然だそうでもちろん突撃訪問。これまた、Amigas、Amigoはミーンナ日本の何かしらに興味があるのだが、少しシャイですごい気を使ってくれていたのが分かった。いつの間にやらスペインの人々に囲まれて、6人でワイワイ近くのビーチへ。そこには小さな町に広がる見たことも無い絶景が広がり、観光客としてだけでは味わえない興奮を味わうことが出来た。みんなで小さな町の小さなかわいい駅に見送りに来てくれて、かなり感激している。毎日が最高だが、今日は最高だ。

2005/05/14

色は関係ねぇな

本日金曜日はスウェーデン人のクラスメート主催のHomepartyに参加。今日はお酒を飲まないと決め手の参加でお水。幸いドクタースマが僕の横にいてしっかり監視しているので大丈夫だった。ドイツ人、オランダ人、イタリア人、オーストリア人、スイス人、アメリカ人、フランス人、イギリス人と並べたら今まで会ったことの無い国の人も結構いた。

こちらに来て僕の固定観念が大きく変わりはじめている。正直僕はアメリカの白人が好きではない。もちろんすべての白人のことをそう思っている訳ではないというのが大前提。こちらに来て、回りにいる多くの人は白人で、頭の中ではアメリカでの白人への僕的バイアスがあってそいつがなんとなく心のどこかで斜に構えていたような感がある。でも、一重に白人といってもヨーロッパの人々とアメリカ人はぜんぜん違うなぁと思う事を本当にいろいろ経験できている。「そんなの当たり前」と思う人がいるだろうし、アメリカ人最高という人もいると思うのでこれは僕的意見ということであるのだが。僕的には、ここに来て初めて一般的に呼ばれる『白人』と呼ばれる人々と共に互いに人間として接することが出来た。心のぬくもりを感じるというのだろうか。とにかく暖かい。カタルーニャの人々はというと、あまり多くの人に知り合う機会が無いのだが、日本人に似ているかなと思う。見た目保守的だが中に入ると暖かいというような感じ。ホストママは間違いなく面白い。でもワイン飲んで運転してはいけません! あぶねぇってば!

先輩が言っていた言葉を思い出す「ヨーロッパでは間違いなく僕らは国外からの人とわかる分、アメリカとは違った経験ができるよ!」 なるほどなぁー来て見るもんだな。と思う今日この頃。僕は本当にスペインにいるのだ。未だに信じられないが、いい経験だ。

明日は一人でダリ美術館へ。現地で先日知り合ったスペイン人のJesusと落ち合う予定。

2005/05/13

Tango

Tango&Sonを見に行った。タンゴといっても踊りではなくミニコンサート。出発5分前になって30分前にいたお母さんがいない。。どこいった?と息子のデビッドに聞いたところ「寝ている」。。。。。夜9時前にシエスタかよ!  足をくすぐって起こして、ドイツ人のハウスメイトで僕の母親がわりにいつも「務水のみなさい!」 「それは水?コーヒーでしょ。私は責任持ちませんよ!」といってくれる23歳のコーディーちゃんと4人でコンサートへ。タンゴはアルゼンチンだということは知っているが、ソンとはなにか?と気になった。コンサート終了後の隣のバルでのシンガーやミュージシャン交えたスペイン人の人々の小さなでも騒がしい打ち上げで、僕のつたないスペイン語で主催者に聞いてみた。ソンとはキューバの音楽でサルサのリズムにも似た非常に興味深い音楽である。ワイワイガヤガヤウィスキーのショットを「乾杯!」を様々な国の言葉やカタルーニャンでいいながら、尿管結石上等とばかりに飲んだ。隣のコーディーさんににらまれながらも。。。。。

2005/05/11

写真アップ

鋸山という名前をもつ「モンセラート」とスペインでも一番美しい石畳の旧市街をもつと観光ガイドに書いてある「ジローナ」の写真をアップ。モンセラートの黒いマリア像は有名。スペインをご堪能あれ。来週は少しバルセロナを探索し、ダリ美術館に行く予定。

ホストママに心配をかけているが、何とか石と仲良く生きている。石は僕の体の一部。一週間もすれば尿と一緒に出てくるでしょう。病気の中でもベスト3に入る激痛といわれる尿管結石、そして、ワースト3に入るほど大した事無い病気尿管結石。山椒は小粒でぴりりと辛い。僕のモットーと似ているこの尿管結石をスペインで堪能するとは。これまた粋でイナセだねーー。

2005/05/10

フラメンコ

石が痛いにもかかわらず、ホストママとのスペイン語TALKとともに、二人でタップダンスとフラメンコの練習。 ホストファミリーのママは、フラメンコの本場バレンシア地方の中でもセビーヤ地方の出身なのでフラメンコもタンゴも踊れる。ってことで、本場バレンシアに行く前に少しフラメンコの事前知識を習得しておこう。
なんとなしにやっている、踊りだって なんとなく呼んでいるマンガだって、何だって会話の種にはなるしそこから広がる話題っているのがあるんだなぁと最近思っている。 何からだって学ぶことはある。ヘボイ上司からだって、こういう風になったら人は自分をヘボイと思うのだと学べる、、、時もあるのかなぁ。

腎臓痛いので寝ます。9回目だか10回目だかの陣痛ならぬ腎痛には、正直慣れてしまったのだ。まぁ痛み止め錠剤も座薬もあるのでご心配なく。

岩山からもらった石

土曜日は岩山の中ほどにある修道院にある黒いマリア像で有名なモンセラート 日曜日は古都で有名なジローナを友人と訪れた。写真は明日にでも自分のpcを使ってアップ予定。 どちらも観光名所でバルセロナから1時間くらい電車で行ったところにある。
ジローナに向かう途中で面白い体験をした。電車に乗りこんで座った際のこと。一つ前の席に座っている若者の背中に「欠」の文字。あー漢字だーくらいに思って暫く乗っているとその若者の読んでいる本を見てびっくり。「カタカナ」の練習本だ。小学生の頃ならった、カタカナの書き順が4マスの中に書かれているというアレ。 向かいに座っているお母さんらしき人が、僕に気がついて微笑んだので日本から来たことを伝え、以降一時間弱の間友人のアメリカ人と2人で片言のスペイン語と英語で会話。何でも、日本のアニメが好きなのとアジアの文化に興味があるとの事で今は指圧の勉強をしているとの事。

実は、ジローナに行った際にそこから30分電車で北に行ったところにある「フィゲレス」のダリ美術館に行く予定だったのだが、発車時間に反対のホームで電車を待ち乗り損ねてしまい行けなかったのだ。よって来週末にも改めてオランダ人の友人も誘っていくことになった。 電車であったJesus(ヘスス)という若者はバルセロナではなくジローナ周辺に住んでいることもあって会える機会があると思う。

月曜日の夜、、、、腎臓が痛い。尿管結石君が頭を出したみたいだ。バルセロナの太陽で溶かしてみせる。 サンフランの友人たちは今頃どうしているのだろう。日本のみんなはどうしているだろうか。僕はアメリカ人のスマちゃんがお医者さんなので、心配しないでもらいたい。いつも心に太陽を!

2005/05/07

久しぶりの日本語

一人で旧市街地にてウィンドウショッピングをしている時のこと。ふと耳に聞きなれた言語が入ってくる。「あっ日本語だ!」と振り返ると、相手の女性二人もわかったらしく「コンチニハー」と挨拶。暫く3人で立ち話。こちらに3年以上すんでいる方だそうで、バルセロナの情報を教えてもらった。「僕アメリカよりスペインの方が居心地いいんですよ」という言葉に間髪要れずに「それっぽい顔しているもの」ってどんな顔かわからんが、15分ほど喋って旨いすし屋情報をGET! 僕が興味なくても、イタリア人やオランダ人の友達は一緒に寿司に行きたがっているのでこれはこれで僕の仕事。

花の金曜日ということで、仲間で食事をいただいた後軽く子洒落たお食事&バーのお店へ。と1時間もたたぬうちに、どんどんと席がなくなって入り口に行列ができる程のダンスCLUBになってしまった。金曜だけは夜2時まで電車があるということで久々に「クラブ活動」。30歳になっても頭の中はガキなので、ブレイクダンス踊ったりなどしてしまった。まぁ年は関係ないか。明日はのこぎりの形をした岩山の途中にある「モンセラート」だから、早起き。

2005/05/04

バルセロナはスペインにあらず!

バルセロナはスペインにあらず!は僕の先輩の友人でスペインをよく知る方のメールのキーワードだ。この方のこの言葉の裏には、レコンキスタの出発の地、北西のバスクやスペインといえばこの物語パンチョやロシナンテの登場する「ドンキホーテ」の生まれたカスティーヤラマンチャのような場所こそ、本場のスペインを味わえるという意味が含まれているのだろう。

昨日はホストファミリーのママとハウスメイトとパエーヤを自宅でパエリア。パエーヤというと黄色いイメージだがケミカルを使っている場合もあって、家庭のパエーヤはとにかくピーマンからイカから海老からアーティチョークからライスから何でもぶっこみ、色は赤茶色という感じだ。隣でムール貝を茹でてその茹で汁を使うのも秘訣なのか王道なのかわからんが、旨くなる。ムール貝だけでも100個位購入したので一人20個くらいは食べたろうか。3ヶ月という短い期間の留学なので、ホームステイは正解だと思っている。

奥が深いスペイン。歴史のある国の奥深さにどんどん深みにはまっていく。

2005/05/03

IT投資だ!

この街に来てずーと気になっていたことがある。街の至る所にある公衆電話や小さなインターネットカフェ。電話のユーザーは年配の人々でネットカフェは若者である。
昨日バルセロナのすし屋はどんなものかと、一人で観光ガイドに掲載されている場所に行ってみた。バルセロナの中心街から少し北西の方角に行ったところにある「新市街」にそのすし屋はあった。この辺りは日本領事館やショッピングモールがあると聞いていたのだが、なるほど行ってみたら横幅250mくらいあろうかという大きなビルディング。 とふとビルの丈夫にあるマークに懐かしさを覚えた。縞々の13本の線が入った英語三文字表記。そうIBMだ。このビルにはIBMバルセロナ支社が入っているらしい。
地下に食堂がありそこにカウンター風のおすし屋さん。残念ながら、日曜日は魚市場が休みということでおすしを食べれずなんだか月見そばなどというものを食べてしまった。そこで、つき一度発行されているという日本語の新聞をゲット。サンフランシスコで言う「ベイスポ」だな。
そこには、ITへの投資や研究開発への政府の投資額が著しく低く、多くのお金があまり収益を生まない建築や観光に当てられているという記事が。なるほどどこ行ってもワイアレスランをゲットするのが難しい訳だ。今後はIT投資にもどんどん積極的にとはいうものの、まだまだ時間がかかるのだろう。古きを大事にする国っぽいからそれでも僕はいいのだが、どこかでワイアレス使えないかなぁ。

2005/05/01

カテドラルと王の広場

2日前からホームステイ先にお世話になっている。2年前だったら、現地で学校や家探しなんて怖くてできなくて、前もっての準備でてんてこ舞だったろうが、今は屁の河童なんだよなー。成長しているってことなんだろうか。いや学習しているって事だ。誰でも場数踏めばなれるもんだ。
バルセロナは幸いにも交通の便がいい。電車も縦横無尽に走り、バスも夜中中20分置きに走っている。タクシーだって安い。 サンフランシスコと環境は似ているといえる。だから、こちらで免許をとろうなんて微塵も思わない。というよりも、また「取れませんでした」と書くのが嫌だからだろう。

昨日は、カテドラルや王の広場といったバルセロナでも有名な「ゴシック」エリアに行ってきた。近年開発が進んでいる碁盤の目のように構成されている「拡張地区」に比べ、このゴシックは旧市街と位置づけされ細い小道が入り組んでおり、歩いていると「なるほどここはヨーロッパだ」と思える。歩いていると突然目の前に広がる広場やちょっとしたところにある遺跡。さすがに歴史のある国というのは本当に興味深い。人々が気にしてない所に、ちょっとした歴史的何かがあるのだから。ちょっとした小窓、ちょっとした小道。南へ行けばいくほど、イスラム文化の影響を色濃く受けているのでその変化を見るのも楽しいだろうなぁ。グラナダのアルハンブラ宮殿なんてものすごいんだろう。
町を歩いていると、大声を出したり裸になって町を横柄に歩いている軍団を見かける。ちょっと耳を傾けよう。なるほど彼らは予想通りアメリカ人だった。ステレオタイプなのかもしれないが、アメリカ人旅行者のマナーの悪さをこうやって感じるのも面白い。

2005/04/29

ボカディージョとチュッパチャップス

ホテルで20回ワイアレスインターネットチャレンジしてもつなげなかったのに、今パスポート番号を聞いてくるところで、ゼロの代わりにOを入れたらつなげれた!今までゼロと英語のOを間違えていたみたい。この9年間くらい。。。。アホだな。

少し、バルセロナについて話したい。ここは、スペインでもカタルーニャといって、俗に言う、スペイン語(カステジャーノ)とは又違った言語(方言よりもっと独立している感じ)をもっている。街には、スペイン語表記と共にカタルーニャンが表記されていて、似たような似てないようなで見ていて面白い。外人が日本で日本語はなすと喜ばれますな。。。そんな感じで僕もココで楽しくスペイン語とボディーランゲージで会話している。スタバでコーヒーを頼む時に、名前は?と聞かれて「Japon(ハポン)」といって店の人々と大笑いしたりしている。ココには、英語を学ぶ必要が無い国の人々が来ているので、アメリカで会える可能性の低い国の人々と会う機会を得る事ができて、僕にとって非常に価値ある。そして、ちゃんと英語が役に立っている。
少し食べ物の話、、主題のボカディージョは、こちらで言うサンドウィッチでフランスパン風の硬いパンの生ハムのサンドウィッチはスペインを代表する食べ物だそうだ。いたるところで買えて、どれも旨い。生ハムだが、こちらではブタの足丸ごと吊るして売っている。そうそう、知る人は知っているのだが、「チュッパチャップス」というアメは、バルセロナに本社を持ち、あのデザインはダリがデザインしたのだそうだ。観光案内に書いてあったが、面白い内容なので日記に書いてみた。明日の風はどんな風だろう。

2005/04/28

やっと使えたよ!

どもども、4日ぶりです。なにせ移動した先のホテルが、内装最高、大きさ最高にもかかわらずインターネットがつかえないもんだから困った困った。いまは学校のネットを使っている。
月曜から学校が始まっている。アメリカでの学校と違って本日入校の生徒は50人くらい。そのうちアジア人と思えるのが、僕ともう一人の女性のみ。学校を見渡しても、アジア人は5人くらいしか見ていない。そして、女性がめちゃくちゃ多い。superビギナークラスから始めようと入ったクラスは8人。そのうち男は僕一人。ミーンナ金髪でござんす。
初日から僕と一緒にぶらぶらしてくれている女性はヘレンさんといい、オランダはアムステルダムから来ている。もう一人は、アメリカはN.Yから来ているスマさん。彼女は医者の免許を持ち、産婦人科で働くのだそうだ。日本語を話す機会は一度もなく、英語がお酒を飲みに行くにも、どこに行くにも友人との間での共通言語となっている。今の段階ではお互いスペイン語で会話するとすぐ終わってしまう。。まぁ僕にとっては英語の会話もいい勉強なのだが。また、一昨日から、ヘレンさんの友人でこちらでもう4ヶ月くらいインターンをしている友人と合流して、半分スペイン語半分英語で毎日楽しい夕食を4人で食べている。
そうそう、アパート探しの件であるが、短い滞在期間で語学力を伸ばすため最終的にホームステイを選択し、昨日その御家を訪問。スペイン広場のすぐ近くにあるここのお母さんは、とおり沿いから僕を見つけだし、素敵なお家を見せてくれた後、ママです!。お腹すいているならコーヒーとシリアル食べていきな!と。。ウルルンみたいな気分。
いつかけるか分からない日記なので、バルサを一言でいうと、めちゃくちゃ飯が上手くて安い!ここの生ハムは食べたら5回死ぬとか10回死ぬとかえなくてて、「ショック死」だ。

2005/04/25

オーラ!パエーヤ!

美味しいものを来週にと、アメリカ生活同様自炊してやろうとハムとパンとマヨを買った。一人旅って結構自由でいいと思ったが、どこで何を食べても食事だけは結構寂しいものがある。仕事上、1人で食べる時も多くて、其れはそれで慣れても、海外で入り口のカウンターに大勢人がいるバルに入るのは気が引けてしょうがなかった。 情報ゲットのためいろいろなサイトを見ると、一人旅は人が思うより孤独で、中には1人でしりとりやってしまう人もいるようだ。しかし、一方で「バルセロアナは食事が旨い!!」ともある。このまま、びくびくしていたら、これから行くかもしれぬモロッコやポルトガル、イタリアでもハムサンドで終る。。。それは、やばすぎる!そして、ビビっている証拠だ。

思い出せ!!日本で「結構危ない!」と言われた様々な場所に、何か面白い事あるかと思って1人で飛び込んでいったことを!

ってことで、大げさな表現ではあるがTAPASに飛び込んできた。頼んだのは、オニオングラタンスープと海鮮バエーヤ(パエリア)そして、カタルーニャ地方のデザート クリームブリュレ。うまし! パエーヤは少しオリーブオイル効きすぎだったが、全体として日本人の口にあうといわれるように良い感じだった。明日から学校。ホテルは別の安ホテルを25日から4日間取れた。それ以降は又探す。

今日のスペイン語。「お会計お願いします!」の「Me cobra, per fabor」を何を間違えたか、「guapo!」(ハンサム!)と言ってしまった。でも、食べれたし会計も終えた。これでいいのだ!

2005/04/24

まずは庶民的カフェから攻める!

日本からほとんど何も情報を持ってきておらず、ネットで情報を検索する必要があるので毎日2時間だけネット接続。今日は朝から、昨日のサンパウ病院に続くバルセロナにある”世界遺産”「グエル公園」に足を伸ばす。といっても、ホテルから電車で30分くらい。
ココも建築家ガウディが手がけ、タイル装飾はジョジュールという人が綺麗に作ったのだという。公園内には、ガウディが住んでいたという家がガウディ美術館として存在して、4ユーロで入れたので中を見てきた。家にある様々な家具がガウディ作ということもあって、クネクネしている。芸術のことは詳しく分らないが、この人の作る曲線の組み合わせは大好きだ。写真を後日アップ予定。今回は、脚立を使って、少し遠めで写ってみた。
おびえていてもしょうがないので、とりあえず小さな庶民的カフェに入ってオーダーをしてみた。「カフェアメリカーノあります?」というとことを、Hay(There is) をHoy(Today)と間違えてしまい、「今日カフェアメリカーノ!」と言ってしまった。「HOY?」と顔をしかめながらも、意味分らずもアメリカーノGET! 夜はバルで、小皿頼むつもり。
こちらのテレビで、ドラえもんがやっていた。クレヨンしんちゃんもスペイン語で主題歌が歌われている。アメリカだけでなく、こちらでも有名なんだな。さらに! コマーシャルでi-modeの宣伝がやっていた。テレビ見ることも勉強だから観ているが、難しすぎるね。BBCニュースで英語を聞くのが唯一の救い。

2005/04/23

美味いご飯は来週まで我慢。

スペインご飯が美味しいというも、中々スペイン語で会話できない事で腰が引けて美味しい食事にありつけない。開き直って英語で堂々と頼めばいいのだから店に入ってしまえとも思うのだが、コーヒー屋さんでコーヒーもスペイン語でまともに買えない事にちょいと落ち込みぐったりモード。 とその反面、昨日ネットで語学学校を見つけ本日飛び込みで来週からの授業を受ける所までもって行けた。しかーし、アパートの手配がギリギリすぎて手配できないため、独自でどこか滞在場所をしばらく確保しなければならない。
観光だけで来たのならば、滞在5日間で、英語を気兼ねなく使って、ご飯も美味しい所に飛び込んで、買い物してという行動を間違いなくとるのだろうが、「住むことで学ぶため、観光気分を脱していくぞ!と何か慎重に取り組みすぎているかも知れない。少し臆病になっている自分に腹が立つのだが、きっともう少ししたら笑える日が来ることを信じて、自分の気持ちに無理せずに行動している。
今日も5時間程歩いて、コロンブスの塔、バルセロナの海岸、オリンピック公園等を探索。世界遺産にもなっているサンパウ病院は屋根が綺麗な建物ばかり。その近くのサグラダファミリアに再び足を運ぶ。サグラダファミリアの完成は100年後もしくは200年後とも言われており、現在は外側に立つ聖書の12使途をあらわす12本の塔の内8本までが建っているだけである。本当に観ていて絶句という感。

2005/04/22

スペインから愛を込めて第一報

スペインはバルセロナから送る最初の「Edokko en Barcelona」。
有名なサグラダファミリアから徒歩10分ほどにあるホテルに到着後少し周りをと思ったが、スリ・強奪も多いというバルセロナでも人が少ないこのエリア夜道の一人歩き危険とSupermercado(スーパー)に買い物で終了。SF初日のマフィンを思い出し初日はサンドウィッチ。ホテルの部屋での食事は寂しすぎる、でもこれが僕的第一歩だと思っている。21日は、サグラダファミリアに徒歩で行く。遠くからでも100M近くある有名な塔が見えて、道に迷うことなく到着。と、いるいる観光客がたくさんいる。おそらくこの中でスリがターゲットを狙っているのだろうな。歩く事で土地勘を得るというモットーに伴い、5時間ほど歩く歩く歩く、そして当ても無くさまよう中でカタルーニャ広場やショッピング街のグラシア通りを見つける。語学学校にめぼしをつけて、その住所までいくもどうやら閉鎖されたようだ。んん。。。別にバルセロナで絶対に学校に行くという訳でなく、グラナダでもマラガでもいいので、後2-3日考えて、もしかしたら、この次の日記の時には、「グラナダに行く!」なんていっているかも。2ヶ月間はスペイン語勉強したい。この街には、オープンカフェがいたるところにあり、お昼に入ったいけてないカフェでもサンドウィッチが美味しくてびっくり。正直一人ではBAR(こちらでは”バル”といって居酒屋兼お食事処)に気が引けて入れないのだが、明日3日目には近所のバルに1人で飛び込もうと決意。でも今日はまだ時差ぼけで知らない街を緊張しながら歩く疲労のためか、マフィンならずワッフルとドーナツを食べて寝るつもり。
日本人多いかなと思いきや、アジア人自体を見かける率が圧倒的に少なく明らかにこの国民とは違う国の人という感覚を得る。日本でいう白人の感覚なのかも知れない。これから3ヶ月はスペイン語に触れる機会を多く持ちながら、あちこち観て回る。初日二日は至る所で「Hola!」「Gracias」「Perdon」そして電気屋での初のスペイン語会話。テレビを見ているが、さっぱり分らん。カフェの会話も分らん。分らん事だらけだ。まぁそんなモンでしょ。
とりあえず有名どころの建築物見たので写真アップ!!

2005/04/18

江戸っ子はしばらく離国しますがよろしく!

スペインでの最初の5日間だけの滞在先は確保。その後はあちらで何とかする。そして出発は20日の朝。明日19日はブログをアップを出来る環境ではないのでこの日記が日本滞在2週間における最後の日記となる。あっという間の2週間。週末は、彼女のお母さんと合流して3人で裏千家のお茶会の集まりへ。明治神宮内の開催場所における、礼儀・しきたりに厳しそうな人々がぴしっとお着物を着ている風景に、物凄く気持ちが落ち着いた。
夜は、兄と僕とお互いの彼女と計4人で、夕食。そしてこれを書いている今は熱海。
20日は朝10時過ぎの飛行機で、アムステルダム経由でバルセロナに夜20時到着。合計14時間の長旅で、ネットカフェや自分のPCでこのサイトにアップできるのが何時になるのかわからない。なるべく最初の一週間でネットでアップできる事を期待しつつ、その際にはホテルの近くのサグラダファミリアの写真をアップ予定だ。料理の美味いと聞くスペイン。この旅はいったいどうなるだろう。

今日からこのブログはEdokko en Barcelona! だ。 Vamos! Espana!

2005/04/15

猿と犬

猿が家にやってきた。そして僕の家の犬がほえまくった。犬猿の仲とはよく言ったもので、猿に余り犬がなつかない。ここで猿というのは、僕の親友で今もアメリカ行きにビザの関係から待った!がかかっている男「勝」である。(彼の滞在記に関しては、Linkのカツが勝つまで参考の事)

勝を実家において僕は、ラジオ業界の話を伺いに知人宅へ。4月20日からスペインに行ってしまうので動きにも制限が出てしまうが、動かないよりは動くほうが良いに決まっている。詳しい事はここでは述べられないが、予想通り道は険しい。実際に険しいと判っただけでもプラスだ。本当に険しい。戦国時代で例えるなら、上杉謙信の車懸りの陣を破るくらい難しそうだ。でも、「なる!」と思わなければ成れないだろうから成る!と信じるしかないなぁ。

自分自身、英語だとかスペイン語の習得自体は日本料理で言うところの、御新香位でしかないと考えている。お米は、僕のキャラクターだ。これをどう売り出すか。。。。一生懸命考えよう。人生は前向きがやっぱり楽しいね。

2005/04/14

まいったまいった

久しぶりのアップデートしようにもこのブログのシステムが毎日エラーになって書くものも書けない。日本に戻って一週間。英語はしゃべらないまでも兎に角英字新聞は読みつづけている。あと一週間でスペイン。英語のKeepは必須だ。なぜなら日本語からスペイン語を学ぶのはかなり難しいし、英語の文法は似ているからだ。ここ一週間での日本の感想はというと、「日本は便利だ! だからいろいろ高い」。 日記が書けない分、熱海や東京で美味しいものを食べている。最高のメンチカツ、最高のカツサンド、そして最高の大学芋。そして、カリフォルニアにも負けない陽気な年配の方々。あっちこっちで、おじいちゃんおばあちゃんと世間話している。しゃべりかければ皆おしゃべり好きなのねん。
テレビ番組はくだらないものが多くて見る気しないが、それはどうでもいい。
熱海の感想。魚が安くて本当に美味い。4人分のお刺身にうに、伊勢えび、あじ、まぐろその他たくさん船造りで5千円は安すぎる。そして温泉。東京から2000円弱100分で来れる熱海。今、どんどん変わってきているという。こちらにマンションを買っている独身女性も多いとか。癒されたい人にはいい場所だ。

2005/04/08

気分はラスベガス!

日本に帰ってきているが熱海にいるので東京で育った僕にとっては観光気分。中途半端に発展した熱海銀座や東海道五十三次の一つの宿場町であり温泉街の古さを感じる町並み、そして家の縁側から見える綺麗な山の風景は夏休みの田舎暮らしを髣髴させてくれる。でも良く考えたら、町にいる人の数や気候的にはサンフランシスコと似ているので日本になれるためのリハビリにはちょうどいい。明日は日帰りで東京。時差ぼけはいまだ直らずボケボケ。
ちょっとばかりスロットをやろうと家族で熱海駅の近くのパチンコ屋さんへ。日本でつばめグリルとパチスロがやりたかったので、「気分はラスベガス!」と行き勇んでいってみた。しかし、家族がパチンコで10箱つんでいる側で、僕はどんどんのまれてしまい大負け。。もうやらない。
其れよりもスペインだ!あれだけレコンキスタを完了した後大航海時代に突入、活躍したにもかかわらず、今はEU参加後の景気低迷からの脱出を図ろうとする一方で安定を求めているスペインの今を見るのは楽しそうだ。そして同じ国でありながらバスクやカタルーニャといった地方は独自の言語を維持している。面白そうだ。おそらく毎日言葉の通じない環境に落ち込みまくりだろう。其れがいい!毎日楽しい日々なんて続くもんじゃないんだからと思って、燃えてりゃ何かいいことあるでしょ。
最後に熱海について。お刺身を食べた。1年半こんなに美味い刺身食べた事無い。そして安い!魚と温泉の両方を満喫したければ、熱海がいい!東京から2000円弱で電車でこれるよ!

温泉桜鶯とくりゃ?ここは日本だぜ!

飛行場までアメリカに来て本当にいろいろ話し合った友人に送ってもらった。涙のお別れがあるかと思いきや、最後まで下ネタ連発で、涙よりは笑って分かれたかったのでこれで良し。僕らはともに日本人。こちらが特別な環境であって拠点は日本だからまた会えると信じている。 興奮して飛行機内ほぼ眠れず。到着後、初日の夢にまで見たつばめグリルのハンブルグステーキを彼女と一緒に食べて、美味さで児玉ギネスブック初の15回死亡を記録。

日本に帰ると逆カルチャーショックを受けるなどとよく言われるが、日本とアメリカは国が違うんだから当然いろいろ違うって言い聞かせてショックを吸収しようとしている。それでも、短パンTシャツの僕の5倍くらいあるお尻の白人や、アジア人やアフリカンアメリカンのような有色人種に囲まれていたのんびり気候のスーツ姿を余り見ない環境から数時間で、日本人だらけのスーツ姿を沢山見かける状況はなんとなく視覚的に圧倒され、自分がオノボリサン的な印象を受けている。何見てもすっげぇえええ!てなもんだ。一年ぶりに見るウォシュレットと、和式のトイレを見て「日本最高だな。」と感じてしまった。

今日7日から熱海の実家に移りしばしの休息。家で温泉に入れるって凄い。風呂場の裏には竹林。ホリゴタツと縁側に桜と鶯そして家族。「和」を思う存分満喫。8日からは時差ぼけを直していよいよラジオ放送局へのアプローチのための下準備開始。また、20日からのスペインチケットも本日支払い完了。「Edokko de Barcelona」の前に「江戸」を楽しむ。

2005/04/05

アメリカ最終日

たった1年半の滞在でアメリカを語る気は無い。ただ自分の事だけを見るなら、渡米最初の日の英語が話せなくて食べたマフィンと苦労なく映画を理解できる今では英語の理解力は違い、人種や言語に関係なく北米、南米、欧州に友人が出来、前向きに燃えることの大切さを学び、そして何よりも日本の文化が大好きだと思える事が出来た。これだけでも、正直IBMでこれまで1年半仕事するよりも、僕の人生では非常に価値がある。その一方で、この留学を可能にしてくれたIBMに感謝。自分勝手で口だけの人々からも学ぶ事はあったし、心優しい人々からの言葉ではない愛情に涙。

今友人の家に居候(Joe、Mio,Hiro有難う)。東京でも居候。基本一旦江戸っ子児玉は熱海に戻る。1年ぶりの日本で温泉につかってゆっくり、でも手続きでバタバタした後、いよいよ20日からは生半可なスペイン語でバックパッカーとしてスペインに乗り込む。ヨーロッパの今を、スペインの今を少しでも肌で感じる事が出来れば、そこで初めて点だったものが線になる気がする。多くの人々には、スペイン留学終った後、留学終了の報告をしたい。まだまだ、興奮探し終わってないから。

最終日を少し報告。色々な手続きを終えて、トルコ人のトゥーバちゃんとお昼。KPFAに顔出して、アパートのDEPOSIT受け取り。1900ドル戻ってきた。そして最後のタップ。最後のRoutinを踊った後、Private Dance Timeで踊らされた。カレンは僕の最初のタップの先生。最高だ!

2005/04/04

まだまとめるには早い

1年半を振り返るのはまだまだ先の話。
今日は日曜日。日々仕事をしているもしくは、大学院に通っている人々と合える時間。ラーメンツアーに連れて行ってくれた大木さんとシカゴピザでガツンとお昼、スペイン語の僕の先生であり友人のアドリアーナとKPFAの近くのカフェでさくっとお茶(その際KPFAのGMのRoyにばったり出会う)、そしてYMCAの初日からの友人ネパール人のMr.ラジャンとニーハオ!と台湾料理を食べる。夕飯には早すぎたので、ラジャンと二人でアルパチーノの新作「ベニスの商人」を観る。さすがシェイクスピアの原作だけに、使われる英語難しすぎ。いっつもラジャンと会うときは、映画なのだが映画好きの彼はほとんど新作を見てしまっているので、僕と見るときは大体マイナーな映画を選ばされる。さすがに、特大ビッグスクリーンでのスパイダーマン2だけは強引に観させた。明日は米国で眠る最後の日。携帯解約、請求書支払い、銀行口座閉鎖、トルコ人の友達とお昼、モデム返却、アパートのDepositの回収、KPFAと学校に挨拶そして最後の夜を飾るのはもっちろん「TAP DANCE」。アメリカの締めくくりはやっぱりアメリカの文化的何かと相場はきまっている。 今日からサマータイム。日本との時差は4時間。

2005/04/03

お別れのParty

さ”み”し”い”!。今日友人がHOME PARTYを開いてくれた。日本人の友人も集まってくれて、友人の彼氏ダニエル氏の家で夜9時過ぎからのParty。初っ端から、僕の下ネタで始まってしまったので、最後の最後まで僕の周りの会話は下ネタばかり。でも、下ネタを話している時、僕は一番ほっとするのはなぜなんだろう。特にタバコを吸う男性3人だけの会話は、ココにかけないくらい下ネタであり、かつ興味深いものばかり。 皆からお手紙を、アキコからはすばらしい写真と写真立てを頂いた。 人間その人に会おうと思えば何とかして会えると信じ、「今生の別れではない」と思っているのだが、今日集まった人は、僕のこの留学生活の支えになってくれた人達ばかり。だから、しばらく会えないのがさ”み”し”い”!。そして、本当に有難い。
まみこ、あきこ、みお、わたる、ひろあつ そして、 ダニエル、バイロン、メルセデス、ジェームス 本当にありがとう。

2005/04/02

思い出がいっぱい

4月1日は最後のラジオ局での出社日。誕生日にケーキをプレゼントしてくれた皆へのお礼にと、近くのおいしいケーキ屋で丸ごと一つ購入。受付のアナスターシアさんに局内アナウンスをかけてもらって、16人くらいでケーキを食べた。たった7週間だったけど、僕しかいないオフィスに、常に誰か顔出してはおしゃべり。仕事にならないけど、嬉しい時間だった。受付のアナさんは超巨大で、「貴方の人生で一番大きなハグになったね」と体にうずまってしまうくらいの大きなハグをくれた。
今日は務の最後の日だからという理由でのみに行こう!ということになったが、僕自身、こちらで友人と合える時間が限られている中、本日は夕食の約束があり、「おれいけない」とキャンセル。しかし、「いいのいいの!飲める理由が出来たから、務をしのびながらたらふく飲んでやるぜ!」ってことで解散。 
その後、リトルイタリーにて大学院を出て、こちらの会計事務所で働く事がきまっている友人のMikiと激ウマの夕食の後、最高のティラミスがあるカフェへ。Mikiは本日、大学院の卒業式用の衣装を入手。「おれもアメリカ卒業だから、あの四角い帽子かぶりたい!」という希望に応えて、本人もかぶっていない帽子をいち早く僕にかぶらしてくれた。 写真を明日にでもUP 予定

2005/04/01

引越は疲れる

朝っぱらから洗濯をして、1:30入りで20時までの仕事をこなす。夜8時から9時まで ラジオ事前録画用のスタジオを借りてデモテープつくりに専念。ようやく日本語でもラジオ用の自分の声というのをなんとなく見つけれている。本当にこのラジオ局にはお世話になっていて、スタジオが空いていたらいつでも使っていい許可をもらっている。       
収録終了後、友人にピックアップしてもらい車で我が家まで。夜9:30からの最終の引越しを完了。今日までの家はぴっかぴかに綺麗だが、今いる友人宅には迷惑にも大きな荷物とマットレスが運び込まれてい迷惑をかけている。ココで5日間宿泊の後日本へ。しかし、この1年半で引越し何度しただろうか。しかも今後も今考えるだけでも、これから日本へ引っ越して、今度は日本からスペインに引っ越して、7月には日本に引越。職がきまれば、その場所へと熱海から引越。最低4回は待っている。今年は、一箇所に落ち着いてられない年なんだろう。来年は日本の大地に根を張って生きることにする。
なぜかキン肉マンの話題になるとアクセスが多くなる。みんなそれだけ好きなんだろうな。うんうん、最高だ。別のブログでも立ち上げて、毎回1超人ずつ説明でもしていくか。実は、そんな暇でも無い。

2005/03/31

今二世が熱い!

友人からたまに情報が舞い込んでくる。日本の状況。そんな中、僕を虜にして話さない話題が一つ入った。「キン肉マン二世がタイムトリップして、タッグトーナメント再開!」。。。。。最低だ。最低だというのは、気になる情報なのに、キン肉マン世代の僕らの人々がキン肉マン二世について取り扱っているサイトを持っていないのが最低だ。さすが30代の大人達だ。どうなるんだ? 僕の人生に大きな影響を与えているあの「キン肉マン」は出てくるのだろうか?キン肉バスターとドライバーのマッスルドッキングは見れるのだろうか? ロングホーントレインは? 登場4コマでやられたビッグボンバーズは? 
ちなみに、キン肉マンのホームページで500問以上のクイズに答えて、登場する40人位の全てのキャラクターの壁紙集めた。以前、個人運営のサイトのキン肉マンクイズで「全問正解者第1人者 児玉務」と載りました。実は、足が速いだの、記録もっているだのより、何よりもこれが自慢なのだ。
以前女性から、「私はブロッケンJrが好き」「私はロビンマスク」などといわれ感動した。でも其れはメジャーだ。「ドクターボンベ!」という人がいたら、その人は僕よりオタクだ。 しっかし、知らない人にとっては全く訳分らない会話。これがBLOGの醍醐味だ。 ちなみにうちの祖父はラーメンマンが好きだった。 これがアメリカ1年半追える間際の日記か?YES this is.僕の人生はキン肉マンで変わったから。

2005/03/30

つばめグリルまで後7日。

ダンボール5箱に洋服とエアーベッドを詰めて発送した。そして今日レンタルしていたDVDを返そうとしたが、中身が無い。あっ、、、、DVDプレイヤーも一緒に送ったので、その中だ。あーーあ、もう返せないってことで、弁償12ドル。 
街を歩いていると、女性の髪形が気になる。というのも、「はい!私バリカンでばっさりいっちゃいました!」という髪型の人が多いのだ。日本、着物、女性といえば連想させるのが「うなじ」。こちらの人のうなじは、スパっと真横に一直線だったりする時もある。それってどうなの?僕の方がまだマシにカットできまっせ。さらにびっくり第一位は、先日も書いたが、街中での女性からのすかし屁ダイレクトアタックだ。アレは、ヒザに来たね。元野のタックルよりヒザに来た。

自殺する勇気で生きろってなもんだ

練炭で集団自殺。先日知らない人の日記をネットでみていたら、ある日の日記に私これから睡眠薬を飲みます。後日、「気づいたら病院。死ねませんでした・・」僕は思わずMailを送ってしまった。死ぬ覚悟できたならもう怖いもの無いですね。と。。 かつて、僕が自律神経失調症になった時に、その病気にかかって自殺で友人を失った女性からこういわれた。「人間は、通常なら生と死の天秤のはかりは、自動的に生に傾いている。でも、辛い辛いと思っていると、生きる事が辛いという気持ちから、一瞬天秤が死に傾く事があるのだから、気をつけてください。」と。
でもそんな言葉もすっかり忘れて、死って奴を1分位考えた事もある。母親が一番其れを心配していたと後で知った時、僕はなんて親不孝なんだと感じた。まぁそれはいいとして、「練炭で集団自殺!」の記事を見て、あーこうやって死ねるんだな。って考える人が世の中に何人いるだろう。実際に連続的に起きている現象を配信する側はどう思っているのだろう。ビルから飛び降りるのなら、まずはそのビルの屋上まで壁を登ってみたらどう思うだろうか?壁を登るツールから作ってみたらどうだろうか?練炭を使うなら、まず木を切って練炭を作ってみたらどうだろうか?思ったより大変だろう。命を捨てる事よりも、何か形になるものを生み出す事の方が難しくてでも達成感があるんじゃないだろうか?死ぬ事のために死ぬほどパワーを使って疲れて死ぬことなんか忘れてるってんだ。死んだら、何を言われても何も反論できない。。親からもらったこの命は、捨てるためではなくて燃えるためにあるのだとどうやったら人に伝えられるだろうか?自分の声で日本を元気にしたいと思うとき、こんな事も考えてしまう。

2005/03/29

色々あった生放送

3時間終えて、今は本日の仕事を仕上げて早めに家に帰る支度。単独ラジオ生放送3時間はいろいろあった。CDに傷がついていて曲が流れなかったり(アレだけ確認したのにい)一箇所で噛みまくったり、水が切れて、口の中ビガビガで発音が変だったりCDStartしてもかからなかったり、でも一番笑ったのは、一番最後。
5時55分からのニュースに振って一件落着と思いきや、後任が遅刻。6:00からの番組へのQueだしを任される。ここまではOK!でも、ニュースが予定よりも2分早く終了。取りあえずその覚悟はしていたし、イメトレもばっちりだから58分にMainStudioにマイクが戻った直後、アナウンスメントを1つ喋った。ココまでも問題なし。アナウンスをしながら時計を見る。5:59。しかし少し混乱の僕の頭のなかは、5:59:59に見えてしまったので、ここだ!っていうことで次の衛星からの番組の音量をアップ。・・・・・・聞こえない、、なぜだ6時なのに!!と時計を確認。げーーまだ5:59だー。まだ1分もーーー。ッてことで、別に用意していたアナウンスをゆっくり呼んで、一言入れて6時の番組につなげた。僕にとっては、沈黙が10秒にも20秒にも感じているのだが、聞いている人には多分普通にちょっと音が無くなった。位なんだろう。この緊張感病み付きになりそう。日本で聞いてくれた人有難う。中には涙した人もいるとか。そんなコメントで僕も涙でそうです。

今回も電話いただきました。「えっと私遅れるので6時の番組のQUEよろしくね!!!」でしたが。

2005/03/28

最後の放送まであと何時間?

放送まであと6時間半
CDに曲を焼いて、早めにバークレーについてラーメンでも食べよう。怖いのは、誰かの手違いで、朝3時から5時まで誰かがDJをする事になっていたらやだなってことくらい。楽しそう!

放送まで後30分強
10時半にスタジオ入り。ちょこっと調べものしていたらあっという間に、30分前。 入ってきたとき、いきなりDead Air(放送が聞こえなくなるアクシデント)があった。伝わるかなぁこのわくわくする緊張感。あー楽しい。こういうの最高だ。アメリカに届けー僕の声と日本の曲。でも、実は日本の人々に聞いてもらいたい。北カリフォルニアで今現在1ラジオ曲でかかっているのが日本の曲であることを知ってもらいたい。 LIVE放送、なんでもありあり。まずは自分が楽しまないと、その楽しさは人々には伝わらない。自分が本当に伝えたいと思わないと、其れは人に伝わらない。伝えたい事は、音楽を通して「日本はスッゴイいい文化をもっている!」ということ。
では、皆様Enjoy listening to my radio program " Music from Japan". "samurai"とか”Ninja"じゃ無くて、もっと根本であるJAPANだ。日本最高! 君がーー代ーーーは!

2005/03/27

言った者勝ち!ってことで

一応28日のスケジュールを記載しておく。もしお時間あればOnline KPFA.ORGで聞いてください。
サンフランシスコ 3月28日 3時AM - 6時 AM  kpfa.org listen online にて
日       本 3月28日 20時PM- 23時PM
Early morning JazzとEarly morning musicという番組の二つにまたがるので、なんと題しようか迷っている。【Music from Japan】がいいかな。今回はDJ Kodamanで行くつもり。 
今回流す曲はほとんどが日本に関係あるものばかり。僕のお友達の名前も数人出してしまおうかと思っている。海外で活躍するアメフト選手だったりDJ(皿回し)だったり。あと赤穂浪士についてや、無意識下の意識の中に確実にある日本人魂みたいなものを語ってしまおうかなどとも思っている。一体何人聞いてくれているか分らないのだが、まずは何人かが日本の音楽や文化に興味を持ってくれれば嬉しいと思っている。ただ知らないだけよりは、知らないと気づくことの方が絶対価値があるだろうから。

やっちゃいますよーー!言っちゃいますよーー。思いっきり楽しんでしまおう! You are ready for this?^^

2005/03/25

プレゼンどーんとこい!

今日は学校でプレゼン。先生は生徒30人くらいの前でインターンシップの説明。特段緊張するわけでもなく、普通に10分サクッと終ったのでOK!

ネパール出身のラジャンから電話をもらった。ラジャンは、僕が寂しいなぁと思う頃にいつも電話をくれるタイミングのいい奴で、こちらに来てすぐに知り合ったYMCAからの仲。Green Cardも持ってて、ネパールとCanadaで大学を卒業し、今はMBAコースに行っているのだが、頭がいいというより、回転が速いので面白い。僕の最初の英語の先生といえるだろう。

会社で一緒に働いているLawtonは、NEWSグループで働いているがたまに時間があると僕のところに遊びに来てくれて色々話をしてくれる。この放送局はマルチエスニックな環境で、結構日本に興味ある人もいて話すのは結構楽しいねぇ。大好きな日本の事をもっと知ってもらいたい。僕の個人的な意見だが、African Americanの人々には本当に心が暖かい人が多い。僕の白人嫌いは直らないままこの旅は終りそうだ。ってもしかしてこれについて一度も触れてなかったかも。まぁ、個人的な好き嫌いだから特に関係ない。

2005/03/24

オポチュニティーゲッター3

合計8時間のBoard operationを経て、昨日ウィルよりBoard operationに関しての認可をもらった。よって28日の単独3時間生ラジオ番組をGET. これが最後になるが、いずれにしてもGETできたので嬉しい。

其れと共に、6日にスペイン行きの前に1度日本に帰ることに決めた。熱海の実家で家族とゆっくりするのと、いろいろ更新しないといけない事もあり、スペイン出発前のちょっとの間は日本にいてもばたばたとして会いたい人にも会えないと思うが、7月には完全帰国するのでその時には挨拶周りというかお茶だったり飲みにいったりしたい。
今日を最後に相棒のウィルが3週間の休暇をとる。その間、しばらく彼のDaily workの一部は丸々僕がやる事に。。。マヤが手伝ってくれるので嬉しい!

おい!そこの人! 坂道で歩きながらオナラをするな!風下にいる僕の鼻にダイレクトで入ってくるだろ!と注意しようと思ったときには、証拠が空気に溶け込んでいた。。。目の前には女性が二人。どちらかだな。

2005/03/22

ほえー「Period」

 僕のダンス仲間チェリーさんが最近ダイエットに挑戦している。「痩せてきたじゃないですか!」「あら!そう?本当にうれしいわー。でもPeriodだからかもー」「????、、、何ですか?Periodって?」と聞いて「ぷっ!」と笑われてしまった。すかさず横からマイクさん登場で「つとむ。Periodってーのは、ほら、女性の、ほら、月ごとのほら、あれだよ」ってことで遠まわしに説明され、「あーーーっ」と理解した。女性には身近な言葉かも知れないが、男である僕には全く関係の無い言葉なので分りません。「Period」 今日は一つ学んだ。
でもチェリーさん、いくらココはアメリカだからといって、電車のホームで、「Periodって日本語でなんていうの?」って聞いた後「せいりーーーーーー!」とか大声で言ってはいけません。この言葉二度と忘れないけど使わないなー。

さぁそろそろこちらでお世話になった人にお別れを言うためにスケジュール入れていこ。

2005/03/21

スッゴイいいことあった。

このままだと栄養失調になるので、友人を誘って中華を食べにいった。入り口狭く、チョイ見た目余り良くないのだが、中に入るとお客さんは中国人しかいない安くておいしい場所。以前ネパールの友達と二人で来て舌鼓を打った場所だ。中国の揚げパンをちょっとドキドキしながらもオーダー。何も味が無いのだがおいしかった。そこで会話に話題に上げったのが、パスタの話。アメリカでは、パスタを茹で上がった後、水で洗う人がいると以前聞いた事がある。パスタの箱には「洗わないように」という記載もある位。つまり洗う人がいるからそういう記載がある。友人の話ではお米を「洗剤」で洗う日本人の友人がいたというのだから、まぁ驚くべきではないのかもしれない。フローラルの洗剤で洗ったお米は、フローラルの香がするのだろうか?ある意味香ばしい。でも食べたくない。

天気でもイベントでもない気持ち的に最高にいい日になった。今日の日を迎えるまで、ずっと1人身で頑張ってきて良かったなぁと思えるそんな一日の最後だった。

そんな訳で、まだまだ2週間あるので頑張りまーーーす。

2005/03/20

Code nameはマルチ

5時から6時までのラスト1時間もDJ Looの曲のネタが尽きた事で僕にチャンスが回ってきた。計3時間。思えば、同じ曲続けてかけちゃったり、イベントアナウンスのフェーダーをオンしてしまったり、途中でノリに乗りすぎて曲の出だしに入る言葉を僕も一緒にOn airで歌ってしまったり。でもOK! だってもう終ってしまったのだもの。

今日は11時からアメリカがイラクに侵入して2年が経ったというAnniversaryという事で、SFは人でにぎわった、んだと思う。僕は8時帰宅後16:30まで爆睡。そりゃそうね、3時間も緊張の中Board Operation任されて、喋り、音出し、音楽の選曲見直し、当日のインフォいれたりと、同時に複数のことをするマルチタスクやっていれば認めたくなくても疲れるな。日本語でだってムズイもんなー。

起きてから引越しの準備。エアーベッドやらスーツやらを梱包。面倒くさい。毎日バークレーとSFを電車で往復している間、いろいろ考える。アメリカのこと。アメリカに暮らす人々の事、ここに暮らす日本人の事。そして日本のこと。でも、まだ1年半は振り返らない。それはもう過去だから。スペインの具体的日程も立てねばならぬ。日本でのラジオのオーディションの事も考えねばならぬ。宿題山盛りだから、夏休みを思い返すのはまだ先だ。

2005/03/19

どうなることやら。。。

今日のプログラムは本当に臨機応変に対応なのでどうなる事やら。 音楽の用意はしたが、何人かCD持ち寄りで来る形にもなっているので、僕だけのコンセプトだけでは無く、色々MIXになるだろう。 今日は15:00で仕事終えて、家でCD編集して電車があるうちに又このオフィスに戻ってこようと思う。

一眠りしてCD作ってオフィスに戻ってきた。ここにはいまDJをやっている人と僕しかいない。。。これから2時間。暇だからCDのチェックでもしておこう。Script準備する必要が無いだけに、不安だけどあと6時間したら全ては終っているのでまぁいっか。。って6時間かぁ 長いな。

DJ Looが遊びきたので、彼に最初の二時間を終了してバトンタッチ。今はこれからツナサンド食べてまた戻るところ。 ふぅーーー楽しかったがいくつかミスをした。明日にでも反省の日記書く予定。

2005/03/18

海外で活躍する友達

すばらしい知人・友達と親しくさせていただいている。日本で活躍するベンチャーキャピタリストからベンチャー企業の社長の皆様、海外で活躍するスポーツ選手からテレビ等で活躍するニューハーフやトランスジェンダーの人々まで。ラジオはさておき、僕の親友がのりに乗っている。

今年の2月でIBMを辞めて、いよいよ本格的にアメフトで世界を目指す男「元野 勝広」。 お互いいろいろ似ていると感じるところが多いせいか、ハワイで待ち合わせして遊んだり、二人でハワイに修行しにいったり、毎年ハワイに行く機会を立てたりしている。ってハワイばっかりじゃん! 彼の入社当時は、練習中のタックルが激く痛いので怖くて嫌いだったが、僕と似た病気にかかった以降お互いいろいろ相談しあう中になった。ハワイの海に敬語を忘れてきてしまったこの男は毎年アメリカのアリーナフットボールへのチャンスを実力で得て頑張っている。そして今年も行く事がきまった。いろいろビザのこととかあるけどがんばって欲しい。 そういえば、もう1人9月までサンノゼに来ていた”石田力哉”という男も、NFLヨーロッパ参加のためのキャンプに現在アメリカに来ている。こうやって世界で羽ばたこうとする人々活躍する人々は本当に凄いと思う。すっげぇ!
カツの勝つまでブログはここ! http://kattsun.exblog.jp/ 

2005/03/17

留学一年半の結果を掴み取れ!

再三再四の変更だが正式に日時が決定。僕の第2弾は
米国太平洋エリア時間 19日土曜日 深夜2:00-6:00
日本時間         19日土曜日  夜19:00-23:00
ブログの調子が悪く、一言のコメントが変更できないのでここで報告。

4時間分の選曲をするのがかなり大変だ。一つのコンセプトで行くには長すぎる。。ただこれで上手くボードを扱って進行をスムーズにする事ができ、さらにラジオ局から当局での番組進行のためのサウンドボード単独での操作のテストを受けて許可がでれば28日の早朝?(日程は未定)だが3時間任されるという事なのだ。。 これは題名に「オポチュニティゲッター3」を書き込める日も近いかもしれないという事だ。家族の皆様へ たった1年半でもものすんごい実のある留学になりそうだ!

ちなみに僕の選曲のアイディアにアドバイザーのウィルが一言。「務の選曲は完全に米国のGayサウンドだぜ!」とのこと。さらに、「まぁ俺と二人で進行していけば聞いている人は務も含めて二人ともGayだと思って聞くだろうよ」とのこと。それならどう思われてもいいから俺の好きな曲かけてやるぜ!かえってTargetが見えて分りやすいってもんだ。

先日の放送に関してリスナーからラジオ局へThanks EMailが届いた。沖縄ソングが最高だったとの事。有難い。有難い。終らないと人々の声が分らないところも興味深い。

2005/03/15

オポチュニティーゲッター2

寝ようと思ったところで電話が鳴った。相棒のウィルからだった。そして会話する事2分。
ウィ「今日はお疲れー。よくやったね!んでもって、その調子で今週金曜日いってみる?」  こだ「えっ?なにそれ?」  ウィ「もちろん俺も一緒にいるけど、2時から6時やってみない?」
こだ「うーん、やるにきまってるっしょ!」
ってことで、多分今週金曜から土曜日にかけだと思うけど、4時間もらえそうです。今回は音楽だらけの番組になりそうだ。詳しい事は明日にでも。 こういう番組用の構成はちゃんとある。80年代から90年代のハウスだったりヒップホップだったり。 カナダ帰りのDJコンチその際には相談よろしくね。 さぁて、1:46 ふろ溜めて寝ます。今日のお風呂は登別カルロストシキ&オメガトライブ。 (オメガトライブとかラジオでかけちゃう?)
ここからは追加情報(現在3月15日15:25)
決定! 今週土曜日朝2:00AM-6:00AMの4時間 ウィルと共にMusicShow!!!! (日本は19日土曜日の夜19:00からか)今回は外部から電話を受けたりとFree Talk.Scriptの無いLIVEをどう自分が乗り越えるかというハードルだ。何が起こるか分らない。かけるのはReggaeを中心といいながらも、僕は80’や90'のHouse,Technoを2時で閉店するダンスクラブ帰りの人々に「なつかし-」と思ってもらえるようにかけるつもり。僕が全体をProgramする訳ではないが、、、、って、音楽メイン番組なら選曲する僕がメインか、、、がんばろうっと。

スーパーサブ登紀子

今家に帰ってきました。現在13:47。実は昨日一睡もできずに、Live Showに流れ込みそのまま10時までメインボードの担当(NEWS,音楽,リスナーからの電話接続などLIVE番組編集一連)を経験させてもらったので、疲労がピーク。 

Onlineで聞いてくださった日本のみなさん そしてMailを送ってくださった皆さん有難う。とりあえず今から寝ますので、タップから帰ってきたら個別にメールするつもり。まずは寝かせてくれー。

もし、ご興味ある方はhttp://www.kpfa.org/archives/music/archives.php?id=45で聞けます。

放送中にあるアメリカ人のリスナーの方から「すばらしい曲を有難う。 貴方の選曲超好き!すばらしい!これからもがんばってね。」「僕これが初めてなんです」「これを最後といわずどんどん又良い曲かけてね!」という電話を頂いた。 初めてにしては、ミスも無くできたと思う。緊張した最初や途中の英語の発音が不満足だが、最初から完璧なんてありえないのだから今日の自分に100点満点。そして登紀子! あのままでは番組が短くなってしまうと見極めた時に、サブで用意していた加藤登紀子の曲をかけて、番組55分ぴったりに収まった。登紀子はスーパーサブだ。では3時間ほど仮眠。後タップダンス! 家に帰るまでに、すでに入手済みのCD=ROMを学校のキャサリンさんにお届け。大家とも長話。ねむい。。。

2005/03/14

Online での生放送の聞き方

www.kpfa.org を 開いて TOP Pageにある 「Listen Online」をクリック。 Win ampなどのソフトが入っている場合は、そのままそのソフトが自動で立ち上がる予定。 もし開けない場合は、 Listening Helpというところをクリックして手順に従ってソフトをダウンロード後自分のPCにそのソフトをインストールしてください。
うううーー 後45分。 眠いやら興奮やらで複雑だが 後1時間45分すぎればもう終っているのだから、思いっきり楽しもうっと!

2005/03/13

練習あるのみ

今日は、友人と先日お邪魔したJazz Bar Yoshi'sのよしさんが先生をするお茶室に行った。裏千家を習っていた友人は、お茶を頂いた後、サインアップしていたので習い始めるみたい。その後、昨日他の番組をいくつか聴いて僕なりに作り上げたScriptと音楽の構成を持ってラジオ局で練習。人が少ない局で機材の扱いと共に吹込みの練習。だけかと思ったら、いきなり18:30からの番組の最初で流すStation ID(You are listening to KPFA 94.1.。。。。)を20秒間Liveで話す機会を得た。行って見るもんだ。明日は日曜日。日曜から月曜日の朝方にかけては声の調子、脳みその回転等を維持するためにも寝ないでいよう。 明日は、サンノゼのキャロリンさん宅にお邪魔予定。

下の日記の情報が重要なので今日は短め。3月14日DJデビュー戦

2005/03/12

オポチュニティーゲッター!

聞いてくださいませ~。ガーガーガー、、サンフランシスコでの月曜日早朝5時より5時55分まで「Early Morning Music」ショーにてDJ KODAMANがいよいよ誕生。しかーーも、あらかじめ録音できると確認しつつも「LIVE!」を自ら選択して、自分を追い込んでしまいました。 朝方にかける曲として、大太鼓とかかけてみようかなぁとか日本の曲を少しかけてみようなどと考えております。 日本時間で月曜日22時から。 お時間あれば、http://www.kpfa.org のTOP Pageから【Listen Online】で僕のアウェーでのデビュー戦聞いてみてください。

昨日10日からアジアンフィルムフェスティバルがここSFで開催されており、放送局で頂いたチケットを片手に友人とカストロにある「Castro Theater」に足を運ぶ。このイベントは、様々な映画を、あちらこちらの映画館で放送するというスタイルをとっているようだ。見れる映画は、制作地インドの195分の映画。つまらなかったら帰るつもりだったが、非常に内容は濃く21:30から、途中休憩を挟み1:30まで観てしまった。この「Castro Theater」は前々から良いとは聞いていたが、中に入ってびっくり。非常に古い建物で、パイプオルガンがあり、放映前に生のパイプオルガンを聞かせてくれた。

2005/03/11

ティモテーティモテーティモテー♪

ティモテー ティモテー ティモテー♪ 言葉”デモテープ”から連想。
自分の声をいつでもどこでも録音できるようにIPOD用のVoice Recorderを先日購入。これ自体は良い製品だと思うけど、下階の咳や屁が聞こえるこのアパートでは中々腹から声だして音が取れないのが悩みだった。 本日は夜7時からのアジアンコミュニティを取り上げた番組「Apex Express」のLive放送立会い。夜ラジオ局にいるメリットとはを考え、ふとある事を思いついた。「自分のデモテープ作るために空いている放送室借りて制作をさせてくれ!」とウィルに相談。 「よっしゃー自分で吹き込みたいなら、機材の使い方も必要だから教えてあげるよ」ってことで空いているStudioにて機材の使い方を習い早速吹き込み開始。機械系の扱いには少し自信があるのとScriptは事前に作ってあったので、ささっと5分程の内容の吹き込み完了。 

本日木曜日は、ラジオ業界への就職を目指す研修生のための講習があり結構大勢が当放送局にいる。その横を通り抜けて個別の指導が得られるなんてインターンやってて本当に良かった。早速日本語で吹き込んだ僕のテープをウィルと聴きながら内容について話し合い。引きこもりの人々や病気で寝たきりの老人に僕の声を届けて日本を今より150%元気にするなんて話をしていたら、何人か集まってきて、引きこもりの現状などについての談義。

何でも言ってみるもんだなと改めて理解。自分の留学物語が終盤になって拍車をかけて面白くなっている。いつか来るピカピカに輝けるチャンスを逃さないためにも、片っ端から経験できるものを吸収したい。さぁて今日も歯軋りしよう。

2005/03/10

教授とサルサ

男児玉結構興奮しております。もしかして、、もしかしての話なのだが、来週末の月曜の午前3時から6時までの早朝に番組を任せてもらえるかも知れないのだ。本日僕のオフィスで「ちょっと景気づけにラテンの曲でもいきますか!」という僕の提案で、DJ風に曲を紹介しながら仕事していたところ、ウィルさんが一言。「なんならいっちょ番組でもやって見ますか!」ってなことで、番組編成のヘッドに駆け込む。新しく始まったその時間の番組はDJがきまっていないとの事。3時間自分のかけたい曲かけていいとのこと。「なぁウィル俺喋るのかい?」の質問に帰ってきた答えは「もっちろん!!!」「おおお!」。あったらいいね。

夕方日本の某大学経済学の教授がKPFAを訪問。お互いウィルから紹介を受けて初めて日本人だと理解してしばし久しぶりの日本語での会話。こういったフォーマルな場所では、日本語の敬語のすばらしさを改めて感じる。昨今敬語もろくに使えない人が多いとかいうのはまぁどうでもよくて、挨拶から自己紹介から、会話の内容そして二人の間にある雰囲気すべてから「日本最高!」を感じた。

そして、8時までの遅番を終えてサルサレッスンへ。築地=寿司 カリフォルニア=サルサってことでちゃんと行きましたよー。16XCmの僕に190Cmの人のお相手はしんどい。基本的に皆さん 背大きすぎですよーー。隣に並ばれた時、僕がロードオブザリングのホビットにみえた。

2005/03/09

188回目の日記

2003年9月から書き始めた日記もこれで実は188回目となる。やっぱり200回がEdokko in San Franciscoの最後としては切りがいいだろうが、やっぱりこれは僕の日記でしかなく、書きたい時に書けばいいだろうが ”ってやんでー”ってことで、ノリノリで書いていこう。ちなみに、スペインの旅行記ももちろん書くつもりだ。その題名も決めてある。「Edokko de Barcelona このブログに付け足していくか新しくするか検討中。

今日友人に聞かれた「こだまんも悩むことあるの?」 これ結構昔からよく聞かれる。少し位はある。でも、くよくよ悩むだけなのはつまらないという事を、子供のときに祖父に教わった。「おい務!なんか悩んでるそうだな、んじゃちょっと一緒にいこう!」と連れて行かれたのはパチンコ屋。そして一言「ほらこうやって玉を見ていれば、余計なこと忘れるだろ。まずは余計な事考えないことだ。そうすりゃ結構すっきり見えてくることもあるぞー」と。ふーん。へー。あっ大当たりきた。。。。ちょっと例が悪いが、実はこういう記憶が前向きに考えさせてくれるきっかけだったりする。 パンチコかー。最近のスロット面白い?
もし本当に悩み事がたくさん出てきたら、そのときこそロッククラミングの壁でも登ろうと思う。気分が落ちるくらいなら登ったほうがマシだ。後ろ向きに考えても、人生は前向きにしか進まないものね。おっ こりゃいい言葉だね。僕的格言においておこうっと。

2005/03/08

最強のアイスクリーム

アイスクリーム同士のトーナメントが開催されたら優勝するのはコーヒーアイスだ。といってもその辺にあるコーヒーアイスは、レディーボーデンのバニラに撃沈するだろう。僕がここで言うところの最強とは「コナコーヒーアイスクリーム」なのである。 子供の頃食べた味が忘れらなかったのだが、一体何のコーヒーアイスだか分らずにいたところ、昨年マウイ島に行って食べたアイスがまさにそれだと知る。コナコーヒー自体は余り味が濃くないのが特徴であるが、このアイスもさっぱり味だが1度食べたら2度と忘れらない味となる。 昨日チャットでの内容でそんな会話があり、そういえばハワイもアメリカならSFでも手に入るかとチェック。そして見つけたブランドは、SFに近いRichmondに本社を持つアイス屋さん。そして、そのアイスを置いてあるお店がSFにもバークレーにもあるという事を地図で確認。

偶然にもKPFAで一緒に働いているウィルとマヤさんと3人でお昼に出かけた場所がそこに近いということもあり、3人でデザートはコナコーヒーアイスだ!と喜び勇んでその場所へ。 1510のGというアドレスからモールの中の一つだろうと向かった先は、スタバの生みの親「Peets Coffee」の1号店の裏。 小さなショップが並んでいる場所で3人でGを探す。 マヤさんと僕で AとBあった! Cあった! D見つけた。あっあそこにEだ!!と叫ぶ中、ウィルが一言「おいGは閉鎖だぜ」とポツリと一言。 はい閉店というか撤退済み。 窓ガラスはヒビ入り、扉に鍵。うおおおおお、SFにもそのアイスおいてあるというのだから、行ってみよう。Reportは後日。

2005/03/06

物を片付けられない男

引越しの準備を早い段階からしたいのだが、何も進まない。いろいろ考えても手につかないので、洗濯しながらエアーチケットの手配のためサイトの確認をしている。 こちらに置いていく椅子やテレビ、マットなどは友人が引き取ってくれる事が分ったのでそれだけでも今日は良いとしよう。その後、二回目の洗濯も終了して、East Bayの友人宅での夕食会に参加しお手製料理を堪能。最近納豆と焼きそばとパスタ生活の多かった僕には天国だった。 お誘いを受けた友人のハウスメイトはサルサレッスンにほぼ毎日通っている以前からの知人のエイミーさん。という事で、ちょっと教えてもらったのだが、やっている途中に、「はぁー」とため息をつかれ落ち込む。再度挑戦するも、エイミー様の目が怖すぎてうまく踊れず。なんとなくのコツもつかめない。イメトレと現実がこうも違うのは、相手のいるダンスだからだろう。タップならいけるのに。くやじー。

何事も経験積んだもの勝ちなのか?よく会社でも経験が無いだのあるだのいわれた。個人でやる事なら、未経験でも時に開花できる事があると信じて取り組んで結果出せる自信あるけど、相手のいる事になるとやはり経験はものをいうのだな。サルサ踊りたい人がいるので、ここはぐっとこらえてがんばらないと。おい俺本当にがんばれるのか? うううう 頑張ってみる。ウウウ本当?まずは今よりちょっとだけ進歩しよ。

2005/03/05

やらいでか!

「やらいでか!」この言葉知らない人もいるのかな?
昨日は遅番で、夜7時からのアジアの情報をメインに取り扱った番組【APEX EXPRESS】の生放送のStudioで、機材の使い方などを学ばせて頂く。かつて友達間の流行に乗って、専用のCDプレイヤー二台とミキサーを買ってイジッていたのだが、ふーんこれはその大きい版なのだと理解。

ご存知の通りここベイエリアには非常にHomeless people(以下Hpと略)が多い。これは、最高で月400ドルをSF市が彼らにあげるという今までの制度のため、各地から片道切符で集まって来たといわれている。新市長に変わった現在はお金よりも住居の提供を実施している。住居そのものの数だったりそこでのHp同士の窃盗などの他、アルコール/ドラッグ依存症によるメンタルプロブレムをもっている人も多いのが現在の問題なのである。2005年度のSF市調べでSFには6000人以上Hpがいるという。 また、サクラメントの刑務所にもかなりの割合でHpがおり出所してもムショに戻りたくて犯罪を犯すというケースが多いという。その理由は、栄養の取れた食事と当刑務所の最新の医療設備や充実した様々なリハビリプログラム(瞑想/ヨガ/Unger control/drugなどなど)だそうだ。ある日のサンフランシスコクロニクルで取り上げられたHpの1人は親族にあの「YMCA」で一斉を風靡したビレッジピープルのメンバーの1人いるという。SFでは、Hpが非常に身近なためこういった情報には関心が高い。たまにはこんなのもいかが?

2005/03/03

やさしさの棚卸

インターンシップやってますよー。たかがインターンシップを簡単な作業を任されて「つまんねー」って言いながらやるのと、みーんなと挨拶交わしておしゃべりしながら情報収集して単純作業をもっと簡単作業にできる効率化を図るのは、同じ内容でもぜーんぜん違うから僕は楽しんでいる。結構便利な性格だ便利便利。

あっそうそう、そろそろ人から受けたやさしさの棚卸をそろそろしないといけない時期だ。棚卸とは?お世話になった方々との人間関係の中で、あって当然ではなくてその人の優しさであたかもあって当然のように存在していた”何か”を見直す事だと思ってる。それでも見落とす事も多いけど。日本にいる人々には長い年月かけて宝払いってな感じでいかがざんしょ。特に僕のおばあちゃーん。目の病気で入院しなくなってよかったね。孫はその話を聞いて100倍元気出ました。おおおおおおおおー帰ったらつばめグリルにハンブルグステーキ食べに行きましょ。 つばめさん熱海にあるのかな?

悲しげな言葉はタン壷にでも放り込んで、前向きな言葉で自分をラップしてホイルしてチン!みたいにスペイン行きの具体的プランをはよ立てなければ。わっせ!わっせ!

2005/03/02

あっ!思い出した

いま日記を書こうと思ったが、家賃を支払う日なのに銀行にお金がないので、振込みに行かなくちゃ!後ほど。 とここからは、帰宅後。
銀行行ってきました。 家を出ようと思ったら雨。いっつも外に出ると雨。 どこぞのすごい雨男か雨女がサンフランシスコに来たのだろう。銀行の近くのコーチやグッチでは、日本からの旅行者を多く見かける。観光シーズンなのかな?でもサンフランシスコは雨季だから天気には恵まれていないね。まるでマウイ島にいって3日間連続大雨食らった僕みたい。

今日は僕のボスが休暇を取るという事で、僕もあわせて取らされた。突然の休暇って、心の準備がないのでいっつも寝てしまう。ロッククライミングに行こうかと思ったのだが、なんだか足が向かない。やりたくないのかも。調べによると日本にはあまりクライミング用の壁が多くなくて、長続きできなそうな趣味だからかもしれない。まぁ やりたければやりゃいいんだし、やらなくてもいい。誰の命令でもないから。

と今気づいた。ひょっとし僕は雨男?一昨年LAに行った時も、滅多に振らないLAに雨が降った。マウイでも。うーーん、どうやったら晴れ男になれるのだろう。Dr.グラッポにでも通うか。

2005/02/28

あ‘‘???

気がつけば今日は2月27日。インターンシップをアメリカ留学の締めくくりとして選んだといことで、あと1ヶ月チョイでこのアメリカともおさらばになる。多くの人を見送る立場から、今度は自分が去る立場になる事が近づいている事を思うとちょっとさみしんぼパパ。1ヶ月なんてあっという間だもんな。

と寂しがっていても、時間は過ぎるので前を向いて、スペインの情報を収集中なのだが、これ又大変そうだ。日本から来る時は学生ビザを申請したが今回はツーリストビザで行くつもりなので諸手続きは少ないものの、最初の宿泊施設の確保や学校選びで面倒そうだ。なんなら学校など行かないで、あっちコッチ電車でぶらぶらして気に入ったところに滞在するっていう方向で考えてもいいかもなーんて。 沢木耕太郎さんの深夜特急の逆版で西から東へ行ってみることも可能なんだよなーと思いながらも、一応学校探し。 保険や運転免許の更新、銀行預金残高証明書などの取得を考えると1度日本に帰って手続きする方が楽は楽かもしれないと考える30歳。

KPFAを聞いていると、自分がProgramしたアナウンスが設定した時間に流れてきてちょっと嬉しい。

2005/02/26

ティラミスと扁桃腺の複雑な関係

アナフィラキシーショック。これはアレルギーで様々な症状が連鎖的に起こる状況を示し、最悪死に至ることもあるという状態も含まれているとのこと。 何でこんなことを調べたかというと、昨日友人の誕生日という事で、お茶をした際に、先週も行ったカフェにて、5回死亡できる旨さの「ティアラミス」を再度食べた。チョコアレルギーだけど、上にかかっているカカオパウダーでは湿疹が出ないと確信して2週連続で食べたのだ。その際に、友人がオーダーした、チョコムースでシュークリームの生地を包んだデザートが余りにも美味しそうだったのでほんの2mmくらいの大きさ食べた。

家に帰って寝ようと思ったら、扁桃腺が痛い。朝余りにも痛いので、キャロリンさんお宅訪問は来週へ延期させてもらった。とふと考えてみる。乾燥していて寒いので扁桃腺は痛みやすいのだが、もしかしたらチョコアレジーやナッツアレジーからもそういう体調不良を引き起こす事があるのだろうかと。ネットで調べによると、湿疹や吐き気や呼吸困難以外に、扁桃腺炎などを引き起こす事もあるのだという。そういえば、ナッツの味もチョコムースのデザートからは感じたし、以前にも扁桃腺炎を連鎖的に引き起こした際に、時たまホワイトチョコを食べていた。もしや、、、ティラミスも危険なのかもしれない。しばらく、ホワイトチョコも食べるの辞めとこ。あーーー大好物が食べれないのは苦しい。

疲れが抜けない30歳に物申す

30歳になって始めての1週間が終了。前半に二つのクラスを受けたのが尾を引いて随分ヘトヘトになりながらも後半戦。昨日のサンマテオにある「サンタ」でのラーメンに友人の誘いを受け挑戦し景気付けして乗り越えたのだが、やはりこの二週間で、仕事をするための語学力の未熟さにがっくし肩落としトホホ。とよく考えると、それら理解できない会話の多くが、スペイン語での会話である事に気づく。スペイン語を習っているからと、どんどんスペイン語で話しかけられるのだが、No entiendo(わかりません)。そりゃわかるわけないか。そうはいっても、やはりわからない会話があるので、自分に腹がたつ。未熟者め! 今日は5~6行くらいの英語翻訳吹き込み。RADIOから聞こえてくる声も少し安定してきたようだ。自分が話した内容は、後日ファイルをネットから引き出して、その部分だけ録音して保存。

明日は、久々にサンノゼのキャロリンさん宅にお邪魔。引っ越して、内装を日本風にしたんだそうで、家のチェックに来いとのこと。はい喜んで!!!

疲れが抜けないのは歳のせいではなくて、運動不足になっている証拠なだけだから、来週からはビシビシと張り切っていきましょう。